On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

2016年07月

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 2014年10月10日発売。例のごとくこちらも誤って2冊購入した雑誌です。以前、このWFS別冊の12-13シーズンガイドをレビューしましたが、クリケット移籍初年度の当時よりも、さらにトロント大特集の装いです。ジュエルズの別冊フォトブックで話題の田中宣明さんがトロントに同行して写真撮影を担当しています。



 羽生君のインタビューの他に、クリケット・ファミリーからはブライアンとシェイリーンが登場。二人のインタビューは画像を開けば全文読めると思いますので、シェイリーンの一部発言のみ取り上げます。

  「私の最大の関心事は、彼の本質である軽やかさを取り去ることがないよう気を配ることでした。彼は羽のように軽く美しい。けれども、このプログラム(オペラ座の怪人)に限って言えば、少し重さを感じさせるだろうと思います。スケーティングのなかで、こうした変化や新しさを見せていくことが、私にとっての焦点になりますね。」

  二日前にジェフのインタビューを取り上げましたけど、彼が羽生君を評した、「熱情」「若さ」「がむしゃらさ」「すべてをなげうつような潔さ」というキーワードと、シェイリーンのそれとはある意味で対照的で面白い。だからこそ、ブライアンが彼女を起用したのかなとも想像します。

  「彼は新しい4回転も練習していますね。エレメントのレベルという意味でも大きく向上するでしょう。でも、そこだけを強調したくはないから、「いまからジャンプが来るぞ」という感じの振付にはなっていないんです。」

 これは、荒川さんとの対談で二人の意見が一致した点でしたが、羽生君に関しては、スケーターとしてどうありたいかというビジョンに、シェイリーンをはじめとするトロントの振付師たちは相当に与えてるんだなと思います。

 羽生君のインタビューはQ&A形式になっていて、「最近のマイブームは?」的なものは別にすると、これはけっこう珍しいと思いました。いくつかピックアップしてみます。

  ――オペラ座の怪人について。

  「本当はオリンピックのシーズンにやろうと思っていたんです。ただ、やっぱりオリンピックのときは、「オペラ座の怪人」よりも「ロミオとジュリエット」をやりたいという希望があったので。・・・最終的に、オリンピックが終わったら「じゃあ、次のシーズンは『オペラ座の怪人』にしようね」と、最初から決まっていた。」

  ――スランプの時期というのはこれまでありましたか?

  「ぼく、ノービスのころにスランプがありました。練習のリンクが1回、経営の関係でなくなってしまったときに、ちがうリンクに行ったりもして。練習時間が、たぶん半分以下になった。そのときに、まったくジャンプが跳べなくなりました。2アクセルしか跳べなかったにもかかわらず、2アクセルもうまく跳べなくなったし、自信もなくなりました。そのなかで、周りの、それこそ日野龍樹くんとか、田中刑事くんとか、そのふたりはもうトウループとか、サルコウとか、どんどん跳べるようになっていって。ぼくはなんも跳べなくなっちゃって、っていうのが、ぼくのいちばんのスランプです。ちっちゃいスランプで考えると、いまもそうですけども。いま全然跳べないです。」

  ――どういうふうにスランプを越えていくんですか?

  「まあ、でも、スランプがあって当然だと思うんですよ。みんなそうだと思うんですけど、スランプになるぐらいまで調子を上げたんですよ。オリンピックとか、世界選手権まで、ダーって上げていって。為末大さんだったかな、調子のピークってゴムみたいなもので、下に下がれば下がるほど、うえにも上がる、と。たぶんその切れてる状態がいまだと思うんですよね。世界選手権までで終わりにして、そこからちゃんともとの調子に戻せば、切れることはなかったんだけど。結局、ショーまでずーっと伸ばし続けてたから、いまプチって切れちゃって、すごい低い状態にいると思うんです。そういう状態にあるんだと、自分のなかで気づくこと。いま、この状態だから、じゃあ、どこらへんまで自分の調子が上がればいいかっていうことを、いま、計算してやってるので。それが、いちばん必要かなって思います。」

 いやぁ、でも、「上がればいい」「もとの調子に戻せば」というような見通しを立てて、トレーニングを続けられる精神力を持つことがそもそも難しい。

 比べるのもおこがましいですが、私の場合、TOEICがいまスランプで、こういう時は、「上がればいい」という確証がまず持てませんからね。それで周りの人が満点をポコジャカ取ってるのを見ると、「この人たちにはスランプはないんじゃないか?」「いまの自分はスランプなんかじゃなく、そもそもこれが限界なんじゃないか?」、極端な話、もうやめよっかな・・・ってなってしまう(やめませんけども)。

 どうしたら継続できますか?どうして「上げられる」という確信が持てるのですか?とインタビュアーにさらに突っ込んでほしかったんですが、このQ&Aは共同取材だったようで、そこまで求めるのは贅沢というものですね。

 いてもたってもいられなくなったので、さらに脱線します。為末大さんといえば、『諦める力』や『逃げる自由』という刺激的なタイトルの著書からも分かる通り、いわゆる筋肉バカのスポーツエリートとはまったく違ったタイプのアスリートです。私も、中学・高校の6年間陸上競技をやっていた人間なんですが、私から言わせると、こんな「挫折の連続」的な本など似つかわしくない、為末さんというのは、正真正銘の陸上競技の天才です。



 しかし、例えば、室伏広治さんには父の重信さん、高橋尚子さんには小出義雄監督と、何十年に一人という才能の持ち主を優秀な指導者が鍛え上げて、偉業を成し遂げたケースとは違います。為末さんは、中学・高校と200Mや400Mで各年代の日本記録を次々と塗り替える実力者だったものの、大学入学を機に400Mハードル一本に絞って(この辺りは『諦める力』に詳しいです)、コーチ無し、全部自分でメニューを組んで、海外遠征もしつつ、それで世界選手権で銅メダルを2度獲得しました。

 黒人有利、長身有利のこの種目で、ハードルをギリギリで越える技術と、前半ぶっ飛ばして最後根性で粘りきるレースプランで、世界と戦っていたのです。彼以降、日本人選手はメダルはおろか決勝さえ誰も残れていません。メダルの色こそ金ではないですが、いま見ても胸が熱くなります。





 2005年の銅は、2001年で金を獲った2レーンのサンチェスが途中でレースを止め、1レーンのクレメントも最終ハードルをミスって諦め気味だったのでラッキーといえますが、4年後に再びファイナルに戻ってきてしっかり3番に滑り込むのは素晴らしい!

 話題を替えて・・・。ガーナとモンハンのキャンペーン、もはや懐かしさすら感じます。チョコもアイスも山ほど食べまくったんですが、今年の夏は無いようですね。ガーナに関しては、個人的には、羽生君と松井愛莉ちゃんの二人だけでやった方がよかったんじゃないの?と、ブツブツ・・・ブツブツ・・・。

 明日は、ジュエルズのフォトブックについて少し語りたいと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 2014年10月4日発売。昨日レビューしたWFS65号の1か月ちょっと後の出版で、内容的にはかなりかぶっています。ただ、羽生君の写真の質、そしてショーのレポートの読みやすさの2点で、WFSを上回っていると思います。逆に、WFSにあったブライアンやジェフのインタビューは収録されていないので、そこは一長一短という所でしょう。

 このDaysのアイスショーのレポートは、時系列的にナンバリングされて並んでいて、どのショーに誰が出て、どういう主旨のものだったか(ひろみGO!登場の幕張FaOI、サラさん出演の新潟FaOIとか)、パラパラめくりながらすぐに分かる、すばらしいレイアウトです。しかし、この号を最後にDaysが休刊とは・・・。

 特に夏のショーは、いろんな名前のツアーが全国様々な場所で開催されるので、けっこう混乱してしまうんですよね。このレイアウト、Daysが復刊しないのであれば、どこか別の雑誌で採用してもらえないかと、切に願います。

 羽生君のインタビューも紹介しましょう。2014年6月21日、別府のショーの後、長谷川仁美さんが取材しています。

  「(五輪の後、燃え尽き症候群にならなかったか?→)あー、僕、ありました。ありました、です。過去形。五輪の後、やっぱりフリーが(パーフェクトに)できなかったんで、落ち込んでいる自分がいました。五輪の直後、世界選手権の前です。そのあと世界選手権が終わったときは、ショートが(パーフェクトに)できなかったって落ち込んでいる自分もいて。でも、やり切ったっていう(思いの)自分もいて、結構、燃え尽きていたと思います。」

  「震災後初めて、津波の被害のあったところまで行き、そこの中学校を訪問させていただきました。・・・金メダルを持ってきているってことにまずすっごく喜んでくれたんです。そして、僕に会っただけでもすごく笑顔になってくれました。・・・そのときにやっぱり(スケートを)やっていてよかったなって思ったんです。自分の演技がどうであれ、こうやって(五輪金メダリストになったという)結果を持ってきて。・・・僕が行ったことで(被災された方々が)辛かった気持ちを一瞬でも忘れてもらえたってことは、すごく有意義なことっていうか、意味のあることかな、って。だから、また、次のも取りたいなって、その時思いました。」

  ――次の、ピョンチャン(平昌)の金メダルも、取りたいなって?

  「はい」

 ソチ五輪、そしてさいたまのワールド、いずれも満足いく演技をSPとFSで2本揃えられなかったにも関わらず、結果は出てしまったので、燃え尽きてしまった・・・と。ただ、故郷のファンは、本人が思い悩むほど演技の細かい部分を厳しく見ているわけではないと分かったことで、羽生君は気持ちを切り替えられたということですね。

 私個人の意見としては、とにかく続けてほしいという一点。そしてその過程において、羽生君自身がスケートを楽しめるように、いろんなチャレンジをしてほしいですね。

 長谷川さんが「スケーターと振付師」について2ページの記事を書かれていますが、かなり駆け足的な内容ながら、最後、羽生君の尊敬するプルシェンコが演じた「カルメン」をぜひ羽生君で見てみたい、と締めています。

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 ジュエルズの別冊の写真集、私も入手しました。初めて見る写真も多く、とてもいい内容だと思います。最後にプロトコルが無機質な感じで並んでいるところは、さすが硬派路線のジュエルズ!とニヤリ。

 新刊本の中身の画像は貼らない主義ですが、内容については後日軽めにレビューしたいと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 2014年8月29日発売。表紙は大ちゃんですが、ゆづ度もかなり濃いです。ものすごいボリューム。しかも両面ポスターもあり。その割にユーズド価格がさほど上がってないのはなぜでしょう・・・。

 ところで、画像がこれだけの枚数になると、スマホで閲覧されている方は2ページになってしまって、記事が読みにくくなるんじゃないか?と。「記事よりも画像重視なので構わない」「いや2ページはやっぱり迷惑」等々、ご意見いただければと思います。

 さて、本号は夏のアイスショー特集で、新プログラム情報もインタビューで解禁になっているので、カテゴリを14-15シーズン扱いとしました。

 羽生君参加のショーは、Together on Ice(仙台)、Dreams on Ice(富山・横浜)、Fantasy on Ice(幕張、富山、新潟)と多岐に渡ります。新SPの「バラード第1番」は6月下旬のDOIで解禁となりました。

 インタビューはFaOI富山(7月上旬)の際に行われたもの。まず羽生君のインタビューから、以下、ほぅ!そうだったんだ!と思った部分のみ拾います。

  「(FSの振付師について)シェイリーンです。ブライアンとの間で勝手に話が進んでて。(笑)ぼくが頼もうと思っていたわけじゃなくて、ブライアンが去年のうちからシェイリーンのことが頭にあったみたいで、1月にはクリケットクラブに来てもらったんです。だからいつの間にかシェイリーンになっていた感じです。・・・彼女とやるのは初めてだったので、実際難しかった。最初にいちばん大変だったのは、「あなたはどの動きが得意なの」という話から始めたこと。SPの場合はジェフが前に1度振付けてくれましたし・・・新しい振付もすごくやりやすかったということはあります。」

  「(新プログラムについて)本当に「あ、自分はこんなに音が取れないんだな」っていう発見がありました。4拍子の音楽や、ミュージカル音楽、映画音楽は、アクセントがついているので、音を取りやすいんです。だけどピアノ曲、それもワルツなので、1つ1つの鍵盤をたたく音までちゃんと拾えるようにしなくてはいけないと改めて感じました。だからこそ、自分の幅が広がるなという感じがします。フリーのほうは、シェイリーンの振付なので、激しいんですよ。でもシェイリーンは、いろいろなアイディアを出してくるんです。いろいろアイディアを出してもらったなかから、自分で「これがいい」「これはいやだ」と積み上げてきたものなので、自分たちで突き詰めてきたプログラムだという思いがある。」

  「(ショーを連戦していることについて)グランプリの試合を毎週やれって言われたら、無理です。(笑)でもたぶんそれはフィギュアスケートというスポーツのルーティンを知っているからであって、もしかしたら、違う時代、違う世界で、「フィギュアスケートは毎週戦うスポーツです」と言われたら、やると思います。そういう環境があればやるんですよ、きっと」

 FaOIの振付担当で来日していたブライアンも、シェイリーンの件についてコメントしています。

  「彼(ユヅル)が新しいスタイルを探求するうえで、シェイリーンが助けになることはわかっていました。3冠といえども、彼はスタイルを固定化するにはまだあまりにも若いし才能がある。違うコリオグラファーと仕事をすることで、スタイルを広げていくことができます。この組み合わせがうまく作用し、彼を成長させることに自信をもっています。もちろん「オペラ座の怪人」はさんざん使われてきた曲ですが、今年はヴォーカルを入れられるという、だれも競技でやってこなかった違いがあります」

 そっか・・・ヴォーカル入り解禁になったから、あれだけ「オペラ座」がかぶりまくったのか・・・と納得。ジェフのインタからもいくつか紹介します。

  「(なぜバラードになったのか)ピアノの曲がいいと聞いたとき、すぐにショパンがいいと思って、エチュードやノクターンを聴いてみたけど、どれも結弦じゃなかった。昨シーズンのSPにあふれていた彼の熱情を失わずに、新作を作りたかったんです。あれこそが彼の真髄だから。ところが、「バラード第1番」を聴いた瞬間に、彼が身につけるべき成熟を備えながら、彼らしいがむしゃらさ、すべてをなげうつような潔さも備わっているとピンときた。音楽のほうから「選べ」と言われたようなものです。

  「(曲の冒頭身動きを取らない振付について)最初のピアノは力強い。最初はいくつか動きを試してみましたが、どれもはまらなかった。最初の20秒でプログラムのテーマを伝えるのは困難なことです。それで、じっとしていることを試してみた。あれでプログラムの基調が決まります。氷の中央の彼に全員の注意がぐっと集まり、ピンが落ちるかすかな音さえも聞こえそうになる。これこそが、ぼくが描きたかったメッセージなんです。オリンピックのあと、彼は本当にひっぱりだこで、あっちからもこっちからも要求が集中していた。曲の導入部を聴いたとき、彼があらゆる方向へと引っぱられ、張りつめている姿が浮かんだのです。だからぼくはただ音楽そのものに語ってほしかった。そして彼が動き始めた瞬間に、どれだけ義務を負っていても、彼の時間と体力を要求する仕事が多くても、氷の上にいる彼だけの特別な瞬間が始まって、そのほかのことは全部どうでもよくなる。」

 あえて赤字でハイライトしませんでした。すばらしい内容です。感激しました。当然この雑誌が送られて、羽生君はジェフのこのインタビューを目にしたことでしょうけど、プログラムを作りこむ過程において、はたしてジェフはこのような想いを羽生君本人に具体的に伝えていたのかどうか・・・。

 しかし、スケーターとしての羽生君に対する理解だけでなく、ソチで勝った後、彼をとりまく環境が一変したことへの気づかいも感じられます。もう一つ、興味深いコメントがありました。

  「(14-15シーズンに向けてのルール変更について)正直言うと、技術的なことは何もしらない。(笑)全部コーチにお任せして、ぼくはクリエイティブな面に集中しています。ただ演技時間を短縮するという提案が通らなかったのは安堵しました。演技が30秒減るということは、振付がまったく消え去ってしまうことを意味します。あとは、演技でヴォーカル曲が使えるようになったことにはものすごく興奮しています。ヴォーカル曲を含めて、音楽の選択肢が格段にふえますからね。」

 オリンピックメダリストのジェフでも「何もしらない」というのは、謙遜なのか本心なのかはともかく、これだけ情熱を注ぎ込んで取り組んでくれる彼に、やはり、今季、そしてその翌年のオリンピックイヤーもお願いしてほしい!と強く思うわけです。

 では、また明日!

 Jun

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 2014年6月10日発売。7月号なんですが、これも13-14シーズン本ですね。2014年に入ってからの春のアイスショーのレポートと、羽生君の仙台凱旋の様子も収められています。

 これまでブログでご紹介したWFSと比べると、これだけ大量の羽生君の写真が掲載されているのは異例です。ただ、写真そのものを見てみると、「応援ブック」や「通信」のような羽生君の報道用写真を網羅した雑誌がある今となっては、特に最後に貼った「羽生結弦クロニクル」もそれほど価値は高くないのかなーという気がします。

 表紙や中身の写真からもお分かりのように、この時期のショーの羽生君は「花になれ」と、アンコールで「パリの散歩道」を披露。さいたまのワールドの一週間後、4月5日・6日で「世界フィギュア2014 大阪エキシビション」というショーが、なみはやドームでおこなわれています。

 なんやこれ、デニス・テンはゆづ君の袖を思いっきり引っ張っとるやないけ!

 と、思わず、チッ!と舌打ちした方は私だけではないはず・・・。

 インタビューはほとんど無いのですが、仙台のパレードの際にこのようなコメントを出しています。

  「(地元の後輩4人がオープンカーに同乗して)ちょっと不思議な感じがありました。もちろん後輩にも続いてほしいなというふうに思います。ただ、この結果を獲った感想としては、やはり環境というものがものすごく大事になってきました。トロントは州の単位で200くらいスケートリンクがある本当に恵まれた環境の都市なので。日本は土地があまりないですし土地の値段も高いと思いますし、難しいとは思うんですけども、ぜひこれからたくさんの通年のリンクができることを祈っています

 でも、カナダからすごい選手出てないよね?という見方もできなくはないですが、シングル男女ともに金メダリストを輩出したわけですから、将来の子どもたちがいつでも日本国内のどこにいてもフィギュアスケートにチャレンジできる環境を整備してほしいですね。

 羽生君はこの点、荒川さんの背中を見て、単なる指導者という枠を超えたセカンドキャリアを見据えているような気がします。それにしても19歳で金メダルを獲ってもまったく浮かれていない所は改めてただものじゃない!と感じます。これはやはり親の教育もあるでしょうね・・・。

 最後に、春の園遊会での天皇陛下とのやりとりも。

 「震災に遭われてから苦労が多かったんじゃないですか」

 「はい。ただ、たくさんの方々に支えられて、スケートをやることができているので本当に幸せだなと思っています」

 隣の葛西さんの方が緊張感のある表情をしているようにも見えます。

 では、また明日!

 Jun

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 2011年12月16日発売。羽生君の2011-2012シーズンといえば「ニース」であり、日本を拠点としていた最後のシーズンでもあります。Planner/Writerに青嶋ひろのさん。写真は能登直さんのものが多めですが、すべてではありません。Cutting Edgeといえば、インタビュー以外の企画もいつも面白いものばかりで、この号もその点は健在。それにしても、この時点ですでに羽生君にかなりのページ数を割いていることに驚きます。

 ここに収められている羽生君のロングインタビューは、3月の東日本大震災から、11月のロステレコム・カップ(GPロシア杯)で優勝してGPファイナル出場を決めた辺りまでを振り返る内容になっています。

 以下、インタビューの気になった部分のみをピックアップしてみます。他のおもしろ企画については、画像をクリックしていただけると読めると思います。

  「(60回のショーに出演したことについて)これはさすがに・・・しんどかったですよ!ショーって、試合以上にノーミスしなけりゃいけない。もちろん試合もだけど、ショーのほうが純粋にお客さんに見ていただくものだから、『クリーンないい演技をしなきゃいけないんだ』ってやっぱり思うんです。」

 ショーこそノーミスが要求されるという話は、今年1月の荒川さんとの対談(放送は2月)でも出てきてました。こちらの記事もご参照ください。

 で、このインタビュー中に気になる一節が。

  「7月頃、東神奈川と仙台を行ったり来たりしてた時に、風邪気味で胃が痛くなっちゃった。それで2日ほど練習を休んだけれど、それくらいでした。(「ううん、まだあったよ」とお母さん)。ああ、ドリーム(6/22-24)滑って、ファンタジーや福岡のチャリティ(7/2-4)を滑って、プリンスの東京公演(7/15-18)を滑った後に、『もう、練習やだあ』ってなったりもしましたね(笑)。」

 そりゃあ、羽生君のママは事実上のマネージャーで、インタビューに同席していることも容易に想像できるとはいえ、雑誌の中でその存在のみならず発言も一部収録されていたのは、初めてかもしれません。このように常に横で目を光らせているわけですね。

 リンクがなくて普段の練習ができない中、4回転の調子が落ちなかった理由について、こう答えています。

  「まずは、無良選手です。いつもアドバイスをもらってるんですよ。豊橋でサルコウを教えてくれたのも無良選手ですし、ザ・アイスの大阪でも名古屋でも、アドバイスしてくれました。いつも、『一緒に練習しようよ』って声をかけてもらえるし、僕のアクセルもすごく褒めてくれて・・・嬉しかったです。それから本田武史さんや、総司先生(田中総司コーチ)も。武史先生には、横浜をはじめプリンスでは毎回教えてもらったんです。仙台のリンクで教えてもらっていた総司先生とも、プリンスの公演中はずっと一緒でしたしね。」

 記事を書きながら、青嶋さんの手がけた『蒼い炎』もチェックしているんですけど、単行本の方ではかなりカットされている感じです。



  「何が何でも、プログラムには4回転を組み込まなきゃって、僕自身が思ってることもあって、『NEW結弦=4回転』みたいに思っていただくことはとても嬉しいですが、4回転ばっかりじゃないぞってところは、見せたいと思ってます。ちっちゃい頃の僕は、あんまりジャンプが安定しなかったので、どちらかと言うとジャンプではなく、スケーティングなどで評価されていたんです。だからやっぱりシニアになっても、ジャンプだけの選手にはなりたくない。他の部分でも評価される選手になりたいなって思っています。

 羽生君といえば震災。羽生君といえばジャンプ、4回転。未だにいろんなところでこれらのテーマついて、同じような質問がループ状態でされてますが、この11-12シーズンの時点でしっかり自分なりの答えを導き出しているんですよね。感心します。

 次に、11年9月のロシア合宿について。「羽生結弦が見たロシアにおけるコーチング」という感じで、興味深い内容です。やや長いですが、お付き合いください。

  「1週間のモスクワ合宿だったんですけど、選手は僕ひとりなんですよ。先生は、ボブリン先生とナタリア先生のふたり(1981年世界選手権男子銅メダリストのイゴール・ボブリンと、カルガリー五輪ダンス金メダリストのナタリア・ベステミアノワ。二人は夫妻)。・・・とにかくジャンプなしでプログラムだけ、スケーティングだけを、1時間半の間ずーっと滑り続ける。間に20分ぐらい休憩をして、その後また1時間30分、ガーッと滑る。ほぼ3時間ぶっ続けで、死ぬかと思いましたよ・・・。ジャンプの練習よりも、スピンとかステップとかを延々繰り返すほうが、実際はしんどいですね。

  「それほど厳しくはなかったけれど、すごく丁寧におしえてくださいました。ステップは・・・クロスをしている脚は必死に動いていても、上半身は何事もないように美しく、優雅に、『まるで白鳥みたいにね』って教わりました。そんな指導を、ふたりの先生たちが実際に動いて、『こっちの動きのほうがいいね』『いや、違うね』なんて、意見を交わしながらやってくれる。自分はロシア語がわからないから、何を話しているかはわかりません。でも、『こうやったらいいんじゃない?』『いや、こっちのほうがいい』みたいな会話をとことんしていて、そのなかで最良のものを選んでくれる。 そんな試行錯誤、プログラムを練って練って作る様子が見られて、それは本当にすごいな、と思いましたね。やっぱりロシアは、"ロシアのフィギュアスケート"というものが、しっかり確立されてる。そしてそれが、世界に通用するものなんだな、と。

  「嬉しかったのはそんなロシアの先生たちに、自分のスケート、とくにビールマンやイナバウアー、柔軟性を褒めてもらえたこと。イナバウアーは、『もっとできるでしょ!』なんて言われて、背中の反りやすい手の位置を教えてもらいました。・・・ビールマンも、『もっと頑張りなさいよ!』って言われてるんです。男子はシニアになるとビールマンができる選手は少ないし、 『君くらいうまく回れる選手はいない。だからもっと練習しなさい!』なんて言われました。柔軟性は僕の特長として頑張って伸ばしてきた点でもあるし、一番って言われてることを目指してやってきたから。そこをロシアの先生に褒められて、頑張ってきてよかったと思いました。」

 「厳しくはないけど丁寧」というのは、文字だけ見るといまいちピンと来ないんですが、「長所なんだからもっと練習しなさい!」、その長所をのばすためにこうしてみよう・・という流れを見て、「丁寧さ」の意味と意図がストンと腑に落ちた気がします。

 一般論で言いますけど、いわゆる日本的な教育環境って、「キミはそこがダメなんだから、まずはそこを人なみにできるようになさい!」「すでにある程度出来ている部分をどうするかは、それからの話だ!」ってガミガミ言われがちですよね。70点の数学と、90点の国語なら、数学の勉強をまずやりなさいと。

 ただ、このロシアの先生の発想は、90点の国語を、95点、100点にするためにもっと勉強しなさい、というもので、面白いなぁと。

 12年のニースの快挙の背景に、羽生君がアイスショーを実戦的なトレーニングの場として活用し、技術的な精度を落とさないように努めていたことは多くの人の知る所だと思います。

 それにプラスして、無良君や本田先生たちに代表される仲間や恩師たちからの協力、そしてこのロシア合宿も無視できない要素だったんだなと、これらは個人的に新たな発見でした。

 Cutting Edge、そして現行のQuadrupleのロングインタビューは、いつも期待を裏切らない、質・量ともに他の追随を許さない貴重なものが本当に多いです。

 では、また明日!

 Jun

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