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 Sportivaの続きです。バックナンバーのレビューは「こちら」。

 羽生君以外の現役選手の記事は、写真と簡素な試合レポートという感じで、特に目新しい情報や証言はなし。

 その後に続く、荒川さんと本田さんの企画を読んでみると、二人が持っていた「オリンピックへのイメージ」がまったく対照的で、興味深かったです。

 ともに、1981年生まれ(本田さんの方が一学年上)。初めての五輪出場は長野(98年)で、荒川さんは13位、本田さんは15位。

 本田さんは、高校生の頃からアメリカやカナダを拠点にトレーニングを積んで、ソルトレイク(02年)で4位。荒川さんは日本で高校・大学生活を過ごして、ソルトレイクには出場できず、トリノ(06年)で金メダル獲得。

 「天才」の名を欲しいままにして、「日本男子フィギュアにメダルを!」と期待された本田さんと、国内に強力なライバルがいてそこまで注目が集中しなかった荒川さん。どちらかというと、のびのびやっていた荒川さんの方が金メダルを獲るというのも、ある意味で運命なのかもしれません。

 以下、本田さんに集中しますが、ソルトレイクの頃の男子はヤグディンとプルシェンコが強すぎた部分もあって、ソルトレイクでの本田さんはSPで2位発進だったものの、フリーでミスが出て総合4位。コーチのダグ・リーと相談して、当初フリーのクワドはサルコウとトウループの2種予定だったところ、トウループ1種類に「落とした」ら、ミスが出てしまった、と。本誌の宇都宮さんのエッセイの中では、本田さんは「悔いなし」というトーンですね。

 そこで、ジュエルズの「Vol.06」を読むと、当時監督の城田さんは「2種類跳ぶべき」と主張していたが採用されず、「1種類にした時点で、メダルはすでに消えていた」と回想していますね。

 いま改めてこの部分を読んでみると、平昌五輪での最終決定権がどこの誰にあるのかは、やはり気になります。

 羽生君とは違って、ソルトレイクでの本田さんは怪我明けのぶっつけ本番ではないし、城田さんの立場も、当時はスケ連の監督、現在はANAの監督と状況は違う。

 でも、何より違うのは、羽生君の性格と本田さんの性格ですよね。

  「僕がヤグディンやプルシェンコに勝てるはずがない」

 ジュエルズで城田さんは、「それが本田の口癖だった」「勝てる技術があるのに歯がゆかった」とまで言ってます。

 逆に羽生君なんて、他の選手なんて関係ない、自分が最高の演技をすれば、「圧倒的な内容で勝てる」とまで言っている。

 なんか、Sportivaよりもジュエルズのレビューになっていますが、当時の本田さんの4Lzや4Fは「ネイサンよりも質が高い。今の時代でも十分戦える」と城田さんは評しています。これは、ネイサンのクワドの質にダメ出しをしているとも言えますね。

 逆に、Sportivaが優っているのは、本田さんの孤独なアメリカ時代の苦労話ですね。アメリカとカナダってそんなに違うんだ?と思うと同時に、だから城田さんは、羽生君をお母さんと一緒にクリケットに送り込んだのかな・・・と、本田さんの時の経験が生かされているような気がします。

 今月から来月にかけて、宇都宮さんの本も出るし、城田さんの本も出る。両者の連載を読み比べてみても、持ち味がかなり違うので、いまから楽しみです。

 では、また明日!

 Jun

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