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 4月20日に、婦人画報の中谷ひろみさんの最新コラムがアップされました。バックナンバーのレビューについては「こちら」をどうぞ。

 私のような素人のブログの「感想」とは違った、プロの物書きの「着想」に感心しきりでした。

  「今回、どの演技にも漂うオーラがあった。何度も目にしているプログラムでも、明らかに込められた思いが強かったように感じた。メンバーひとりひとりが、羽生選手からのリスペクトを受け、それに応えようと最高のパフォーマンスを見せてくれたように思う

 その通りなんです。前人未到の五輪連覇を果たした、フィギュアスケート界の「生ける伝説」羽生結弦自らがオファーして、紹介VTRによって「絆」が紹介され、超満員の観衆が迎える。スケーターとして、燃えないわけがないですよね。

  
「人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり。自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強めて行う者は志を有す。『足るを知る』という言葉で有名な一節が浮かんだ。自分を知り、自分に勝とうと努力をする羽生選手の本質的な強さがここにある。足るを知るというのは身の程をわきまえることではない。自分に足りないものはないと知り、そのことに感謝をしてさらに努力することで志が遂げられる――。まさに、彼の生き方を表しているように思う」

 老子ですね。格調高い話が出てきて、ビックリしました。「足るを知る」の後に続きがあるのは、比較的よく知られています。ググればけっこう出てきます。以前、加島祥造さんの一連の老子訳を集中的に読んだことがありますが。この思想の基本スタンスは、「『他人と比べて、自分はここが足りないから、自分はダメなんだ』という発想はやめなさい」というものでした。ここを押さえておかないと、意味がわからなくなります。

 だって、「足りないものがない状態」、つまり「満足している状態」を知っているなら、というか、もし現在そういう状態だったら、それ以上の努力をする必要がないじゃないですか。満腹状態なら食べる必要がないし、ガッツリ寝た後にまた寝る必要もない。

 したがって、老子が言っているのは、「足りない」の基準、「満足」の基準を、他人に求めずに、自分自身に求めて、それを得るために努力しなさい、というのが、私の理解です。

 では、羽生君自身が、自分の置かれている状況を「足りないものがない状態」であると、そのような主旨の発言をしたことがあるでしょうか?

 今回の通訳の新村香さんや、平昌五輪では田村明子さんに、深々と頭を下げて感謝している彼ですし、身の回りへの気づかい・気配りという面を見れば、「足るを知る」という状態なのでしょう。自分を取り巻く環境、そして「絆」につねに感謝する人です。

 でも、フィギュアスケーター羽生結弦を、彼はどう見ているか?

 例えば、かりに、「4Aを成功させるために、B級試合しか出ない」と彼が宣言したならば、それはもはや「趣味の世界」ですけど、CWWでテレ朝に恩義を感じて(?)、GPシリーズに出ると言っている。この世で最もリスペクトしているスケーターのプルさんから「北京もやるよね?」とハッパもかけられている。きっと「圧倒的に勝ってやる!」と燃えていると思います。

 さらなる周りの期待によって、自分自身にプレッシャーをかけていく。スケーター羽生結弦について、彼は決して満足はしていないでしょう。

 羽生結弦という人は、目標のために突っ走る爆発力がとにかく凄い。「明確な目標」を失った時、つまりスケーターとして「足るを知る」状態になった時の方が、個人的にはやや心配です。だからこそ、しっかり怪我を治して、はやくシーズンが始まってほしいと願っています。
 
 では、また明日!

 Jun

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