On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

カテゴリ:羽生結弦選手 > 書籍

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 Continues初日を現地観戦予定なのですが、記事を土曜0時に間に合わせられる自信が無いので、別のテーマでお許しください。その代わりの「暫定版」と言っては何ですが、羽生結弦展のように「現地からのツイ」はする予定ですので、ご覧いただければと思います。

 これまでの、本書のレビューはこちら(「1」「2」「3」)。

 Continues予習として、本書のプルさんのインタを読んでみました。田村さんによる独占インタビューで、場所は昨年10月下旬のニューヨーク。「アイスシアター・オブ・ニューヨーク(ITNY)」出演に際してのもので、プルシェンコが12年ぶりにNYのアイスショーに出るということでした。

 (1)現在の男子シングル

  「今の男子には、お礼を言いたいと思っている。男子のフィギュアスケートを20年分進化させてくれたから。2010年には、誰も4回転ジャンプを成功させていなかったでしょう」

  「今のトップ男子は(アクセル以外)すべての種類の4回転をやるようになった。ユヅは5本。ネイサンは5種類跳べる。ショウマは4本、時には5本。中国のボーヤンもすごい。彼らになら4+4もできるでしょう。ぼくも現役の当時は3アクセル+4トウループもやっていました。今の世代ならもっとできるはず」

 (2)平昌オリンピックの予想

  「ユヅ、ショウマ、ネイサン、ハビエル、パトリックのうち誰が勝ってもおかしくない。でも金メダルはおそらく、ショウマ、ユヅ、ネイサンの間で争われるでしょう。ハビエルも可能性はあると思う」

  「ただネイサンはジャンプの質がすごく優れているけれど、すべてがちょっとコンパクトにまとまってしまっている。比較するとユヅル・ハニュウはすべての動きが大きいです。ハビエルもスケート、ジャンプともすごく質が高い。4回転の種類は少なくても、ミスなく滑ったら優勝のチャンスはあると思う

  「ボーヤン(の金メダル)はおそらくないと思う。彼はとても優れたスケーターだけど、ショウマやユヅとは違ったレベルだから。まずトランジションが圧倒的に足りない」

  「パトリックのスケーティングはぼくは大好き。とてもクリーンで、美しい。すごく自由で滑りが大きい。4回転はトウループだけだけど、決まれば質が高いし」

 (3)ルールについて

  「今の選手には4回転だけでなく、もちろんトランジション、スピンのエッジチェンジも求められる。彼らがやっているのは、新しいフィギュアスケートだと思う。でもぼくに言わせると、もっと時間が必要だと思う。15秒か30秒プログラムの時間を長くして4回転を跳んだら、少し息をつく間が持てるようになる。もちろん身体は疲れるだろうけれど、逆に楽かもしれない

 当然ここで、田村さんは「男子フリーの30秒短縮とジャンプが減るルール変更」について訊いています。

  「そんなことがうまくいくとはぼくには思えない。もっとジャンプ、コンビネーションを増やしていく方向に行くべきだ。フィギュアスケートはバレエではない。もっと激しいスポーツになっていくべきだとぼくは思う

 これについて、少し補足します。昨年4月発売の「Number PLUS(銀盤の革命者)」のインタで、プルさんは「フリーは30秒~1分長くした方がいい。その方が、ポーズを取ったり、表現したり、振付を意識したり、さらにジャンプをするのも楽になるでしょう」とコメントしていました。

 私の解釈では、これだけクワドの進化が進んでいるのに、演技時間が短くなれば、よけい表現・芸術面がないがしろにされてしまうのではないか?、プルさんはそう警鐘を鳴らしているのではないかと。

 本来、フィギュアスケートは技術と芸術の両面を表現するスポーツであり、おそらくプルさんはこれを「バレエとは違う激しいスポーツ」と言い換えているように見えます。フィギュアスケートが、フィギュアスケートとしての体をなすなら、時間がまったく足りないよ、ということなのでしょう。

 平昌五輪は羽生君やハビが出ていたからともかく、ミラノワールドの後、ネット上では「フィギュアが4回転にトライするだけのスポーツでいいなら、スノボを見るわ!」という書き込みを見かけましたし、ガンディさんも「(曲をBGMとして流しているだけに等しいので)振付師は廃業してしまう」とまで苦言を呈していました。

 GOE11段階制導入があまり効果が無ければ、いよいよ技術系と芸術系の2種目分離ということが現実味を帯びてくるのかもしれません。

 (4)4Lzについて

 上記のように、このインタは昨年10月末に行われており、羽生君がN杯で故障する10日前だったといいます。「なぜ、いまや4Lzを跳ぶ選手が何人も出てきたのか?」という質問が投げられます。

  「ぼくも練習では成功していたんですよ。でも当時は、試合では必要なかった。それにしっかり練習するような時間がなかった。1年試合を休んでジャンプの練習に集中したら、できていたと思う」

 ちなみに、プルシェンコの全盛期の「オフシーズン」はどうだったか。アメリカではフィギュアスケートの人気が今よりも高く、「チャンピオンズ・オン・アイス」なるツアーが行われていて、招待されたトップ選手は、世界選手権終了後からおよそ2ヶ月~3ヶ月に亘って、全米ツアーの長い興行に出ていたと、田村さんは注釈をつけています。

  「毎年新しいプログラムを作って競技に出続けていた当時は、本当に時間に余裕はなかった。それでも練習ではトウループ、サルコウ、ルッツ、ループの4回転を成功させました。フリップはついにダメだったけれど。ルッツ、ループ、トウでは、コンビネーションも降りました。・・・(4回転アクセルは半回転足りない)前降りしたことはあります」

  「ユヅルの回転なら、4アクセルを成功させることができるでしょう。彼のスピード、高さなら。でもとても危険ではありますね」

 (5)ハードスケジュールの代償

  「手術を受けたのは15回。お天気が悪いと、その一つひとつの傷をすべて感じますよ。今朝も起きたら、首が回らなくなっていたんだ。枕が高すぎたのかもしれない。マッサージクリームを塗って、痛み止めを飲んでここに来たんです」

  「I need to skate. 滑り続けないと、逆に筋肉が痛む。これからも、エキシビションで滑り続けます。・・・でも競技はもう十分だけど」

 羽生君には、どうか無理をしてもらいたくないですね。ボルトを何本も入れて・・・という状況を、私は想像したくないです

 Continuesのトークショーでは、「ユヅ、いつまで続けるのか?」という話が、プルさんからだけでなく、他のスケーターからも投げられると予想します。羽生君の性格ですから、マスコミ向けとは違った、本音を語ってくれそうです。いまの怪我の状況も含めて、聞いてみたいような聞いてみたくないような・・・、この点については、ちょっと複雑な気持ちです。

 では、また明日!

 Jun

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 田村さんの『挑戦者たち』については、すでに二本レビューを書いているので、そちらの方もぜひどうぞ(「1」「2」)。

 なぜこの本をまたご紹介するかというと、「Continuesも、もう間もなくだし、そういえば、この本には、都築コーチの章があったな・・・。読んでおくか」と、開いてみたのです。すると、この章の内容は、都築コーチのパーソナルストーリーではなく、「都築コーチの見る羽生結弦像」でした。

 田村さんが都築コーチを取材したのは、昨年8月17日。羽生君が横浜銀行アイスアリーナでレッスンイベントを行った翌日でした。

 (1)佐野さんへの指導経験が基礎に

  「佐野が誕生していなかったら、羽生(という選手)は生まれていなかったかもしれない。佐野によって、新しいものが誕生した。ある意味で羽生の存在は先輩たちが残してくれた結果が力になっていると思います」

 以前、宇都宮直子さんのSportiva連載の佐野さんについてのテキストをご紹介したことがありますが、都築コーチが佐野さんを指導していた1970年代は、全てが試行錯誤だったといいます。

  「当時の合宿は山梨だったのですが、羽生(の環境)に比べれば何もないところ。その中でしゃにむにやってきた。教える技術も、日本には手本が何もなくて、そんな中で無駄のある練習の仕方をさせました。当時の佐野は1日8時間も氷の上で練習をしていた

  「それに比べると、羽生の練習量はその3分の1。私には佐野の経験があったので、短期間で吸収させることができたんです

 佐野さんに3回転を教えてきたことが、羽生君を指導をする上での大きな基本になったそうです。

  「特に羽生の正確性を持った3アクセルは、彼が小さいときに2アクセルからやったことが基本になった。まあ、一応私が教えたような気がします」

  「羽生が世界に出ることができた武器は、あのすばらしい流れのある3アクセルだった。あれを武器にして、強豪を相手に勝ってきました。それが4回転の基礎になったんです」

  (2)羽生君の技術習得の特長

   「羽生の場合は最初から覚えがものすごく早い、という生徒ではなかった。でもできあがったときは、どんどん並行してほかのものもマスターしていった」

  「羽生は4回転をやるようになってから、あっと言う間に2種類か3種類の4回転ができるようになった。早いですね。その高いレベルに挑戦できるような精神的、肉体的なバランスをとっていくのが課題になると思います」

  「羽生は小さいときから、イメージというものを大事にするスケーターでした。何かを習得するときにはまずイメージ作りをしてから練習をすると、確率の高い仕上がりになるんです」

  「目から入ってくるものを感覚的にとらえて、それを自分の動きに取り入れるような能力を持っているんです」

 子供の頃に羽生君がよく見ていたのが、プルシェンコのビデオ。そして、現役時代のプルシェンコは、驚くほどミスが少ない選手だったそうです。羽生君は繰り返しそのイメージを焼き付けることで、羽生君の中にあったもともとの能力が覚醒していったと、本書では書かれています。

 そして、このイメージトレーニングというのは、平昌五輪を「ぶっつけ本番」で、ベストパフォーマンスを披露する原動力になったのだと、私は思います。当時、プロスケーターや医療関係者は、本番のどれぐらい前に氷上練習を始めて、どれぐらいの時期からどんなジャンプを跳べていないと間に合わない、そんな持論を展開していましたよね。あとは、フィジカルトレーニングやスタミナの話等々です。

 ただ、彼らの口から「イメージトレーニング」という言葉を聞いた記憶が、私にはほとんどありません。リンクの上でやることが練習。バレエレッスンを受けることが練習。ジョギングやエアロバイクのような有酸素運動が練習。しかし、これらを行うにはしかるべき環境が必要です。

 もしかすると、日本のフィギュアスケーターにとって、リンク不足というハンデに風穴を開けるのが、徹底したイメージトレーニングにあるのかもしれませんね。リンクを貸し切って何時間もダラダラと練習できる環境があっても、汚いジャンプをコケてばかりの選手もいれば、一方で、羽生君のような氷上練習を制限された中でも、本番できっちり決められる人もいる。

 リンクはカネがかかる。でも、イメージトレーニングはタダです。羽生君は一刻も早くこのイメージトレーニングの方法を体系化して、しかるべき時期に、ぜひ指導の現場で役立ててほしいですね。オーバートレーニングによる怪我も防げます。良いことずくめではないかと。

 (3)羽生君を王座に導いたもの

  「彼はかなり精神的に強くて、負けず嫌い。負けるということが嫌いな人間です。環境づくりをしてあげれば、必ずできるようになるので、コーチからするとものすごく安心するんです」

  「彼は自分というものを、かなりしっかり持っている。それだけある意味ではコーチから見るとわがままに見えるかもしれないけれど、私から見ると、それは彼が持っている能力。モチベーションがものすごく高いんです。ジャンプにしても、表現にしてもかなりのモチベーションから創り上げてくる。それは素晴らしいものだと思う

 いわゆる、都築コーチが佐野さんに課したトレーニングというのはスポ根的な指導方法なんですが(宇都宮さんの本にその辺りは詳しいです)、イメトレの重要性をこのように語ってくださっていたり、だからこそ、まもなく80歳にして指導現場に立っている理由のような気がします。

 「結弦が怪我がちなのは鍛え方が足りない」なんて絶対に言いません。むしろ取材時の昨年8月、こう心配していました。

  「羽生は(精神的な)強さを持っていると思うんですが、彼の場合は体がダメージを受けるときがあるので、それがぶつからなければ。いつも大会のたびに何かが起きてるから、それがなければいいなと思っています

 恐れていたことが現実になったわけですが、それももう過去の話です。本書の都築コーチの章はわずか20ページほどなんですが、面白い話が随所にありました。もしかすると、Continuesでの佐野さんとのフリートークでは、この辺りのさらなる裏話も出てくるかもしれません。楽しみですね!

 では、また明日!

 Jun

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 税込価格「1,980円」。全96頁。アマゾンでは取扱されておらず、ご注文は「ヤフーショッピング」からどうぞ(※別途、送料全国一律「60円」)。

 ブログ読者のjadeさまから本書についての情報をいただき、入手いたしました。ありがとうございます!

 奥付を見ると、「写真」の欄に、スポニチのカメラマンの小海途良幹さんと椎名航さんのお二人、「構成」に長久保豊さんの名前がクレジットされているので、写真自体は二人のカメラマンが撮影したもののようです。本書の出版までの様子は、長久保さんのツイに少し情報があります。また、スポニチのHPに氏のコラムもあるので、こちらもどうぞ。

 本書の作りについては、まずNumber PLUSのようにカバーがついていて、一枚目の画像はそのカバーの表紙です。本体の表紙は、最後の画像のスポニチの一面。カバーは、Number PLUSのような両面ではありません。

 誌面は、本書のタイトルの通り、純粋な写真集然としたもので、コラム等のテキストは無し。選手の名前と、小さい文字で写真についての説明が付けられている程度です。

 写真の並びですが、さすがに「Memorial」のような「ゆづぶっ通し」というわけではなく、まず1~25頁で、羽生君のSEIMEI・バラ1・表彰式。そこから、6ページを宇野選手の写真が挟んで、32~33頁に、フリー滑走順抽選のショットで羽生君再登場。34~45頁に、ハビ、刑事君、知子ちゃん、花織ちゃん。

 そして、46~59頁が羽生君で、現地空港到着、サブリンク・メインリンク練習、記者会見、EX練習(サブリンク)のショット。60~81頁は団体戦、ペア、アイスダンス、女子シングル。82~87頁に平昌スワン、88~91頁に他の選手のEXショットを挟んで、92~93頁にホタレックさんに担がれての集合写真。94~96頁は成績一覧と奥付です。

 さて、羽生君の写真は何ページあるだろう?と数えてみると、計49ページが羽生君のショットなので、半分強ということですね。これを多いと見るか少ないと見るかは難しい所ですが、羽生君以外の部分はそれほど「宇野成分」は濃くなくて、知子ちゃん、花織ちゃん、かなクリ、みうりゅうは、大きくて良い写真をしっかり収録。テサモエ、サフチェンコ・マッソー、メドちゃん、EXでのトラ柄ザギちゃんが氷上で怪しく寝そべる写真と、今大会のハイライトをしっかり抑えています。

 写真自体はさすがプロの仕事で、羽生君以外の写真もハイレベルなんですが、レイアウトがどこか懐かしさのある「余計な装飾を極力省いた」もので、海外の美術館の写真集のような、そんな雰囲気があります。

 そうそう、一つ気づいたのは、仁川空港到着時の写真って、実はフィギュアスケート専門誌ではあまり収録されていないんですよね。「マガジン」ぐらいかもしれません。フリーのスポーツフォトグラファーはすでに会場入りしていて、わざわざ空港まで戻る余裕はなかったのかもな・・・と。

 もうひとつ、パラパラとめくっていて思ったのは、羽生君の会見時の表情の違いなんですよね。11日に現地入り、12日にサブリンクで練習。13日にメインリンク練習の後に記者会見がありました。この13日の会見時の表情はやっぱり硬いですね。SP後の滑走順抽選やメダリスト会見とは、当たり前なんですけど、はっきり違う。この辺りの気づきがあったのは、個人的に収穫でした。

 以上、羽生君の写真をある程度たくさん収録しつつ、海外のトップ選手もフォローしてあり、今大会全体を写真のみで振り返るという意味で、本書はオススメです。ただ、写真重視系の雑誌はすでにいっぱい出てるし、これからの出費も考えると・・・激推しはなかなかできないのがツライところ。でも、とってもいい本ですよ。

 では、また明日!

 Jun

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 昨日の続きです。「プロローグ」(1~5頁)、第9章「平昌オリンピック」(159~205頁)、そして「エピローグ」(207~213頁)を読んでみました。

 第9章自体は、前半部分は団体戦のレポートなどが入っていて、羽生君は170頁から登場します。今日読んだ部分で描かれている羽生君は、バラ1・SEIMEIについてのレポートも含めて、フィギュアスケートの本らしい内容になっています。

 (1)予定外の通訳依頼

 さて、昨日の記事でご反響いただいた「通訳の問題」ですが、当初平昌五輪では、田村さんが通訳をする予定はまったく無かったという話です。

  「オリンピックでは様々な言語のプロの同時通訳が待機していて、記者会見は記者も選手もイヤフォンをつけてその通訳を聞きながら行われる。羽生の会見も、日英の同時通訳が入る予定だったので、私は安心していた

 ところが、江陵アイスアリーナのメディア担当者から連絡が・・・。

  「日英の通訳が、MPC(メインプレスセンター)に回らなくてはならなくなった。だからここには通訳がいないんだ。・・・やってくれるか?」

  「日本のスケート連盟にも、一応英語を話せる人はいるはず。さすがにこの会見は荷が重すぎます。何かあっても私では責任が取れません」

 でも、スケ連の広報担当者がマイクを持ってやってきて、羽生君も数分後にやってくる。やるしかない!と、覚悟を決めたそうです。

 本書にこのエピソードを収録するにあたって、おそらく、端折っている部分があると思いますが、このメディア担当者もまずは日本のスケ連に連絡を入れたはずで、どうせ日本の関係者はいつもの調子で、「田村さんでいいですよ!」なんて、二つ返事でオッケー出したんじゃないの?と思いたくなりますね。

 (2)ジャンプ再開時期についての「意外性」

 会見での羽生君の発言については、皆さますでに、雑誌や捕獲済の地上波番組の映像を通じて熟知されていると思いますので、省略します。ただ、一点だけご紹介しましょう。

  「・・・(羽生は)スマホのカレンダーを出して日にちを確認しはじめた。『跳びはじめたのが、1…2…3…トリプルアクセルが3週間前。4回転がそうすると2週間から2週間半前です』」

  「珍しいな、と違和感を感じた。羽生は普段、自分が言いたいこと、伝えたい言葉をきちんと準備して会見にやってくる。ジャンプの練習を再開した時期など、聞かれることは予想していただろうに。そう思ってから気がついた。これは、羽生にとってロシア杯以来4ヶ月ぶりの記者会見なのである。普段は紙媒体のための取材を受ける前にテレビインタビューなどを散々こなし、自分の中できちんと言葉をまとめてから会見に臨む」

  「懸命にスマホの画面を見ながら、日にちを数えている羽生を見ていたら、本当に復帰したてで、会見の準備をする余裕もなくここにやってきたのだ、と実感。ちょっと喉元にこみ上げてくるものがあった

 あの会見を見て、「準備をする余裕もなかったのだな」と感じた人は、世界を見渡しても田村さん一人じゃないでしょうか?さすが、多くの試合の会見で羽生君の通訳を「させられている」だけあって、羽生君について「見ているポイント」が違いますよね。あのマガジンでさえ、山口記者は現地で感じたことを全て文字化する方ですけど、そんな記述はありません。

 つまり、記者席側から手を上げて質問する立場と、質問を受ける立場(の通訳)として「こちら側」に座るのとでは、やはり見えている光景が違うし、違った視点で羽生君を見続けてきた、と言えますね。

 この後、本章では、羽生君の練習の様子、バラ1・SEIMEIのレポートが続くのですが、フィギュアスケート専門誌でよく見かけるような「分析調」ではありません。比較的読みやすい柔らかさです。

 例えば、SEIMEIの後半の4S-3Tを降りた時に「ああ、これは羽生の優勝だ、と思った」とか、いやいやいや、その後大変だったじゃないですか!と。バラ1の時は、冒頭の4Sを降りた瞬間に、「これは110点以上必ず出る!」と私は確信しましたけど、SEIMEIはスタミナの問題もあるし、テレビで観ていて最後まで気が抜けなかったですね。

 (3)ブライアンとの電話

 メダルセレモニーや会見の後、田村さんは現地でブライアンと電話で話をしています。ブライアンの発言をご紹介します。

  『今回はユヅにとって、楽なオリンピックではなかった。だからこそ特別だったんです。世界に彼が、どのようなアスリートなのか見せることができた。彼がどれほど強く、どれほど意志が強いのか、知らしめることができたのです』

  『回復には、誰の予想よりもさらに長い時間がかかりました。1日1日、1分1分が彼にとって必要な時間だった。ようやく痛みがひいて氷の上に戻ってきたとき、ユヅは本当に嬉しそうだった。すごくリラックスして、楽しんで滑っていたと思う。この大会には自分と、自分が積み重ねてきたトレーニングを信じて挑んだのだと思います』

  『(『きみのことを、とても誇りに思うよ』と告げたのは)・・・彼がオリンピックで金メダルを手にしたからではありません。彼が大きな障害を乗り越えて、素晴らしい演技を見せ目標を達成することができたからです

 オリンピックというのはある意味で残酷で、メダルを取れなかった選手はほとんど報道されないし、銅よりも銀、銀よりも金と、明らかにニュースの質・量ともに違ってきます。

 金メダルを取らなければ、「怪我を乗り越えて、素晴らしかった!」「勇気づけられた!」「元気をもらった!」というような見方を、一般ファンからはしてもらえません。その意味で、4回転の構成も含めて、勝負に徹したことの意義は計り知れないと思います。

 さて、正直言って、あまり期待せずに本書を読んでみた割に、田村さんは、羽生君との関わり方が一般のライターや記者とはかなり違うので、随所に面白いエピソードがありました。

 私たちには知ることのできない「羽生結弦の素顔」を、彼女が今後も発表してくれるためには、引き続きスケ連の関係者がゼニを惜しんで、田村さんに通訳を押しつける必要があります・・・。

 でも、それじゃダメですよね。プロの通訳を必ず帯同させる。フィギュアスケート大国の格ってそういうものじゃないですか?まぁ、それが実現するには、現会長に一秒でも早く消えていただく以外になさそうです。

 では、また明日!

 Jun

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 2018年3月30日発売。税込価格「1512円」。

 この表紙を見ただけで、「買わねーよ!」というゆづファンも多数おられると思います。まぁ、だからこそ私の出番かなと(笑)。

 ひとまず、第6章「羽生結弦」(99~124頁)を読んでみましたが、羽生君のスケートを分析するような「羽生結弦論」ではなく、「通訳者・ジャーナリストが見た羽生結弦の素顔」という内容です。その意味では、類書は皆無です。個人的には、この章だけでも新たな発見がありました。興味のある方はぜひ書店で立ち読みしてみてください。

 まず、読み始めて面食らったのは、羽生君の話がいつまでたっても始まらず、110頁で昨年のロステレ杯の話になって、ようやく羽生君の登場となります。それまでに、コリヤダの名古屋のファイナルでの誤訳問題、昨年の4CCでの三原舞依ちゃんの取材をめぐっても誤訳があった話とか、この章の中で、羽生君の話は半分ちょいぐらいかも。私自身は興味深く読むことができましたが、もうちょっと構成が何とかならなかったかな?という気もします。

 (1)スケ連の体質

 本章の前置き部分が長い理由は、日本スケート連盟への文句で始まっているからです。「フィギュアスケート村」で生きる元選手やジャーナリストは、相撲業界並みに「身内に甘い」という印象でしたが、ここまではっきりぶちまけてくれているのは意外でした。

 その不満とは、通訳の問題です。平昌五輪のプレカンでも羽生君の通訳を田村さんがされていましたが、実は以下のような経緯があります。

  「日本スケート連盟がプロの会見通訳を手配するのは、日本で開催される大会のみである。海外の試合は橋本聖子会長が来ない限り、通訳は同行しない

  「代わりに私のような人間が、ボランティアとして駆り出されるのである。これを言うと驚く人もいるのだが、長年日本選手の会見通訳を手伝ってきたけれど、謝礼というものはいっさいいただいていない。『あ、田村さん!良かった。またよろしくお願いしまーす!』。毎回、これだけである」

  「別に謝礼目当てで通訳をしているわけではないから、腹は立たない。とは言うものの、日本スケート連盟にとって、自国のトップ選手の言葉を海外メディアに正確に伝えるということの価値がその程度のものなのかと思うと、なにか納得がいかないのである

  「・・・一般に思われているほど通訳というのは簡単ではないのである。『せめて世界選手権やGPファイナルくらい、プロの通訳さんを連れてきてください』と何度か連盟の理事に直訴したこともある。『いやあ、田村さんがいるんで安心してますよ。はっはっは』とかるくかわされてしまった。『いえ、私もあの、自分の取材がありますんで』と突っ込むと、『まあ検討してみます』と言われたきり、状況は変わっていない

  「以前は私が会見通訳したときは、連盟の配慮で日本選手の個別取材の時間を別にとってくれていた時期もあった。だが今のように日本からの記者の数が増えて選手への取材申請も増えると、『一律平等』に個別取材はいっさいお断り、とされる。なんとも納得がいかないことだらけなのである」

 「橋本聖子会長が来ない限り」のくだりで、チッ!と思わず舌打ちしてしまった、私の心境をお察しください(笑)。

 それにしても、この組織の体質が実によく分かるエピソードですね。会長の通訳なんて一番いらねーだろ!と思うのですが、これぞまさに、会長による組織の私物化ですよね。自分の得にならないことには一切カネは出さない。その理事とやらも、のらりくらりと現場の声を聞いているふりだけしつつ、でも上司の命令は絶対だから、どうせこの話は自分の所で握りつぶしていたのでしょう。

 田村さんも明らかに足元を見られてますね。「フィギュアの取材ができなくなったら困るだろ?わかるね?」と。フリーの立場の弱さにつけ込んでいます。この組織の体質であり、この国の体質という感じもします。彼女にはたいへん同情しますけど、気分の悪くなる話です。

 (2)「劇的に勝ちたい」の舞台裏

 ロステレでの取材で羽生君が「劇的に勝ちたい」と語った背景には、実は裏話がありました。この発言は、ある意味で、田村さんの「貢献」あっての話なので、ご紹介します。

  「ロシア杯の最終日、ニューヨークタイムズのジェレ・ロングマンが羽生の取材許可が出たので、通訳をしてもらえないだろうか、と声をかけてきた。ベテランスポーツコラムニストのジェレは、4年に1シーズンしか見かけないけれど、決してフィギュアスケートの素人ではない。1994年リレハンメルオリンピックでは、当時大スキャンダルとして大騒ぎになったトーニャ・ハーディングに手厳しい直撃の質問をする様子が何度もCBSで流れた。1998年長野オリンピック直前には、タラ・リピンスキーのルッツが不正エッジの、いわゆる『フルッツ』という不良品であることを、当時としてはかなり大きなスクープ記事にした」

  「取材前日、羽生に大体どんな話が聞きたいのかとジェレに訊ねると、こういう答えが返ってきた。『彼はどうして、日本でこれほど人気があるんだろう?』うーん、それは会場にたくさん来ている彼の日本のファンたちに聞いてみるのが一番いいのではないだろうか。そう提案したらさすがプロ。早速会場の外で日本のファンをつかまえて取材をしてきたのだという。・・・羽生が日本メディア向けの囲み取材を終えた後、ジェレの番がやってきた。彼と2人ほどの海外メディアの、共同囲み取材である。『あなたがなぜこんなに人気があるのか、と日本のファンに聞いてみたんです。・・・そうしたら、普通の日本人はなかなか本音を言わない。でもあなたははっきりと自分の言いたいことを主張するところが良い、と言われたんですが、ご自分ではどうなんでしょう?』」

  「普段の大会でこんなことを聞かれることはないだろう。羽生はうふふ、と笑った。私のほうを見て、『日本語でいいのかな?』と確認してからこう答えた。『特に意識してやっているわけではないんですけれど、アスリートだから、やっぱり勝ちたいという気持ちは大事にしているし、常に思ったことを言うようにしています』」

  「『アニメの主人公みたいだ、と言われていることについては?』これもまた、羽生はちょっと照れくさそうに笑ってこう口を開いた。『自分の中で、特にこれになりたいとかはないけれど、アニメは好きだし、とにかく劇的に勝ちたいという気持ちはすごくあります』英語で『劇的に / dramatic way』と訳したところジェレも他の記者も笑った

 「マガジン 17-18シーズンスタート」(35頁)にこのやり取りが収録されているので、お手元にある方はぜひ確認してみてください。あえて、マガジンで再現されていない部分を赤字にしてみました。

 (3)脱力系の質問とゆづ

 羽生君本人ではなくファンに聞くべきでは?という田村さんのアドバイスには、実は前段がありまして、羽生君に対する質問は、日本の記者に限らず、海外記者からも「なにその質問?」というレベルの低いものもあったことが、紹介されています。

 例えば、ロステレ杯のプレカンで最初に手を上げた、「見覚えのない若いロシア人の女性記者」からの質問がこちら。

  「以前に日本食はロシアの食事と全く違うと言っていましたが、モスクワに来て、ボルシチなどロシア料理を食べましたか?

 このロシア語の質問をISUライターのタチアナ・フレイドさんがまず英訳する。それを田村さんと羽生君が聞いて、羽生君が日本語で答えた際に田村さんが英訳するという流れです。この時の彼女の「心のつぶやき」がこちら。

  「うーむ、これがオリンピックシーズンのGP開幕戦で現オリンピックタイトル保持者に来た最初の質問か。記者会見は限られた時間内で、どれだけ記事に使えそうな選手の言葉を引き出せるかが勝負である。初戦から羽生結弦と、アメリカのネイサン・チェンが顔を合わせるという豪華メンバーとなったこの大会の最初の会見の質問が『ボルシチ』とは。とほほ、と言いたくなるのを抑えてそのまま日本語に訳した」

  「『えっと、試合前なので、ないです』歯切れよく、そう答えた羽生。彼だって、なんじゃこの質問は、と思っただろう。『でもあの、モスクワに練習やブラッシュアップをしに来る機会があって2週間から3週間くらいここにいたことがあるので、そういうときにはつぼ焼きとかボルシチはもちろんですが、ピロシキとか色んなロシア料理を食べさせていただきました』脱力系の質問にも、こうしてきちんとフォローしてあげるところが羽生の優しさだと思った

  「英語に訳したものの、とっさにつぼ焼きが出てこない。私自身、食べた記憶がないのでどういうものかもよくわからなかった。やむを得ないのでボルシチとピロシキだけ訳した。『ごめんなさい、つぼ焼きがわからなくて抜かしました』自分で白状しなくても、羽生は聞き取りのほうはほとんど理解できているのですでに気がついているだろう

  「『つぼ焼きって、英語でなんて言うんですかねー』私の至らない通訳も、羽生はそういってフォローしてくれる。後に調べたら、ロシア語ではガルショークと呼ばれていることを知った。レシピを見てみると、英語ではPot Pieが一番近いだろうか。通訳としての仕事の奥の深さは、底知れない。フィギュアスケート競技の会見ですら、料理の知識まで試されるのである。いえ、でも私はプロの通訳ではないんですけれど、と逃げたくなりながら、毎回自分の浅学を反省してばかりである」

 つぼ焼きと聞くと、さざえのつぼ焼きとか、貝の料理?と思ってググってみたら、全然違っていて、このパイを破って飲むスープのやつねぇ・・・と。

 しかしますます思うのが、スケ連の罪深さですよね。組織の体質の問題を前述しましたが、英語で海外に向けて発信するということの重要性をまるで分かってない、内向きな閉鎖性も現れているような気がします。

 最後に、印象的な一節をもう一つ引用します。

  「言語とは、その土地に住んでいれば自然に身につくというものではない。それでも多少英語が話せるなら、通訳ぐらい片手間仕事で楽にできることなのだろうと思っている人もまだまだ多いようだ。中には通訳をしても、礼も言わずに席を立ち去っていく選手もたまにいた」

  「そんな中で羽生結弦は、以前から通訳を担当するたびに『いつもすみません。ありがとうございます!』と丁寧に頭を下げてくれていた。でもその頭の角度が年々深くなっていくのは、彼自身カナダで暮らしてみて、会見で使える英語を習得することが、簡単ではないことを身にしみて感じているからではないかと思うのである」

 そうです。語学の習得は大変なんです。私の場合、「語学の勉強は死ぬまでエンドレス」と考えるようになってから、なぜ自分はこんなにできないのだろう?と自分を責めることをやめるようになり、そして他人の英語を批評する気持ちもなくなりました。だって、大変なんだもの(笑)。

 そのような苦労が、羽生君の会見での行動と言動にすべて表れていますよね。やっぱり若いうちにこのような経験を重ねると、自然と様々な立場の人に配慮できるようになるのでしょう。

 ところで、本田真凜ちゃんがラファのチームに移籍するというニュースが報じられました。驚いたのは、お兄さんの太一君が同行するという話です。大学生だし、遊びたくてしょうがない時期のはずだけど、妹についていって、サポートをするわけです。自分が19歳の頃なんて、酔っぱらってるかバイトしているかのどちらかでした。泣かせる話じゃないですか。来季は、真凜ちゃんも応援したいけど、太一君も応援したいなぁと思います。

 引き続き、明日も田村さんの本を見ていきます。

 では、また明日!

 Jun

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