On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

カテゴリ:羽生結弦選手 > 書籍

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 2018年2月5日発売。定価「1728円」。宇都宮さんの書籍やエッセイについては「こちら」も参照。

 平昌五輪後の新刊雑誌ラッシュも小休止という感じなので、五輪前に購入して積んだままになっていた本書を開いてみました。

 今日は「第四章 羽生結弦のいる時代」について、ご紹介します。

 発売日が2月5日で、しかも今季の羽生君は、昨年11月のN杯での怪我の後、2月中旬の平昌五輪まで公の場に姿を見せていませんから、内容的には既知のものばかりです。しかも著者は、SportivaやSPURなどで精力的にフィギュアスケートのエッセイを発表していて、「どこかで読んだことあるなぁ・・・」という記述もけっこうな部分を占めていました。

 大まかな内容としては、羽生君のヒストリーを、4歳でフィギュアスケートをはじめた頃から現在まで駆け足で見ていくものですが、単なる歴史の記述ではなく、関係者への取材に特徴があります。

 その肝になっているのは、都築章一郎コーチです。日本のメディア相手に、羽生君について多くを語ってくれるのは彼しかいませんから、五輪前に出た本書の都築先生のインタに新しい情報なんてあるのかな?と思っていたら、私の知らなかったお話もいくつかありました。

 (1)震災直後の「相談」(169~171頁)

 以下、都築コーチの発言を引用します。

  「羽生は、仙台に強いこだわりを持っていました。それは、彼のプライドでもあったと思っています。大震災のあと、羽生は横浜へ来ました。ここ(神奈川・横浜銀行アイスアリーナ)で練習して、チャリティショーへ参加するという日々でした」

  「そうやって、スケートへの気持ちを取り戻していったのですが、ほんとうに徐々にという感じでした。ダメージは大きかった。傷ついていました。仙台は、彼の支えだったと思います。『絆』という言葉がありましたけれど、心の中で、深く絆を結んでいたのではないでしょうか。仙台を愛していて、絶対に離れたくないと言っていました」

  「ただ、ご両親は彼の将来について、いろいろと考えておいででした。仙台に残るか、新しい環境か、そういうことです。正式な相談をお受けしたのも、あの頃だったと思います

  「私が羽生のコーチだったのは、小学六年生までとなっているようですが、事実ではありません。週末に、彼が横浜に通うという形で継続していました。練習には、いつもお母様が同行されていました。ご両親は、いろんな環境を与えてやりたいという考えをお持ちでした。その選択肢のひとつが、私の存在であったかと思います」

  「これまで、誰にも話さずにいたのですが、仙台で練習できなくなった頃、ご両親からこういう話がありました。指導を、私と長久保先生に託したいという申し出です。『ふたりで協力して、育ててほしい』と言っていただいた

  「私もできれば、そうしたかった。日本のコーチは優秀です。長久保先生も、とてもいい。実力があります。ご両親も、良さを感じていらした。ただ、環境が許さなかった。日本に足りていないのは、いろんな要素を総合的に満たす環境です。教えられる自信があったとしても、子どものためにならないのなら送り出す。そういう覚悟は必要です。いい選手を作ろうと思うとき、プライドは邪魔になります。邪魔なだけです。どれほどつらくても、捨てなくちゃいけない」

  「ご両親とはよく話し合いましたし、信頼もしていただいたと思っています。提言は、今日の結弦の姿を見れば、方向性としては間違っていなかったのではないかと思います。少しですが、自負するものもあります」

 以上、都築先生の証言です。ここでいう提言とは、都築先生がなさった「(羽生君が)世界に羽ばたくための、次のステップへの提言」で、つまり海外移籍ということですね。

 ここで、城田さんの著書の内容を思い返すと、そこでは、彼女が、11年夏に羽生君のお母さんから練習環境の窮状を聞いて、「デトロイト、コロラドスプリングス、トロント」の「三つの行き先を提案した」と書かれていました。

 ここからは私の推測ですが、羽生君のお母さんも最初は都築先生に相談をして、まずは国内での練習拠点の移籍を考えたんじゃないかと。ただ、移籍がすぐに決まらないので、城田さんにも相談をした。そして、城田さんは、「ならば結弦は、私が何としてでも、海外に行かせる!」と、彼女がその剛腕で一気に話をまとめたんじゃないかと・・・。結果的にブライアンの所に行って大正解ですから、もはや誰も文句は言わないですよね。

 このような情報が明らかになる前は、「阿部奈々美先生の意思は?教え子を取り上げられて、かわいそう」という意見もあったようですが、なにより、羽生君のご両親が練習拠点の移籍を積極的に考えていたというのは、抑えておくべき事実だなと思います。

 (2)質こそが要求される四回転時代(191頁)

  「現在、世界のトップ選手は、複数の種類を四回転で跳ぶ。それが、当たり前になった。だが、ほんの数シーズン前までは、そうではなかった。四回転トーループだけで、勝負になった。二種類持てば、勝てた。コンポーネンツをまとめることで、高い得点に繋げることができた」

  「たとえば、カナダのパトリック・チャンのスケートは、とても美しい。ずっと見ていたいような滑りをする。あの時期まで、彼のコンポーネンツは最強だった。しかし、今はその差がつまってきている。コンポーネンツでは、ジャンプの差を補うのが難しくなっている。彼は二種類しか四回転を跳べないのだ

  「疾風怒濤の展開を見せる現在、二種類では苦しい。平昌では、おそらく勝負にならないだろう

 おそらくこの部分は昨年中に執筆されたもので、手直しせずにそのまま出版という形になったのでしょうね。

 結果的に4Sと4Tで羽生君が金メダル、同じくその2種類のハビも銅メダルを獲りました。来季のルール改正がどうなるか不明ですが、GOEの11段階制が導入されれば、若手選手も、基礎点の高い4Lzや4Fをがむしゃらに目指すのではなく、自分の得意なクワドを高いクオリティで跳ぶ方向性に落ち着くような気がします。

 Pさんに関して言えば、たとえ2種類であっても完璧に降りていたら、平昌五輪でもメダル争いに絡んでいたと思います。彼の問題は、クワドもそうですが、3Aの成功率も落ちていて、ジャンプの精彩を欠く場面が目に見えて多くなりました。PCSも(いろいろ意見はありますが)、地元カナダ開催のスケカナで宇野選手より低いスコアになったり、ジャンプも含めた総合力という部分でシビアに見られたのかもしれません。

 (3)欧米と日本のフィギュアスケート人気(194頁)

   「欧米のフィギュアスケート人気は、低迷している。たとえば、アメリカでは過去、三大スポーツ(フットボール、バスケットボール、野球)に次ぐ人気と言われていた時代があった。試合はもちろんゴールデンタイムに放送されたし、二万人規模のアリーナは観客で埋め尽くされていた

  「状況は、現在の日本に似ている。そっくりだ。つまり、フィギュアスケートは、国民的な競技だった。だが、現在は違う。録画放送が一般的だ。視聴率もよくない。むろん、会場は満席にならない。状況は、過去の日本に似ていた

 アメリカでそんなに大人気だった頃って、誰がいた頃?ジョニーとか?もっと前?と、私はいまいちイメージできないのですが、今回の平昌五輪の北米向けの競技時間の変更は、まさにその人気回復のために狙った策が完全に不発に終わった感がします。

 ところで、ザギちゃんの優勝が、後半ジャンプ固め打ちに対するルール変更や、ワグナーのツイなどによってケチがつけられていますが、ルール変更があってもロシア勢はその新ルールを綿密に研究・分析して、まだしばらくは勝ち続けるだろうと思います。

  ロシア女子の特にエテリ組の子たちは、それこそ羽生君のように、フィギュアスケートに命懸けで取り組んでいて、そこが決定的な差になっている!

 彼女たちの強さに秘密なんてなくて、答えはこのようにシンプルだと私は考えています。アメリカの女子も、グレイシー、カレン・チェン、マライア・ベル、あるいは今季もっとも期待されたテネルと、彼女たちもポテンシャルは十分なはずなのに勝ちきれないのは、いまの米国の指導現場は選手の自主性を尊重しすぎているのか、どうも演技がユルイんだよなぁという印象です。

 日本のフィギュアスケートも、欧米のように衰退してしまうのか?・・・いやいや、私はあまり悲観していません。

 なぜかと言うと、私は将棋も好きで見ているんですけど、藤井聡太君が登場する前の将棋界というのは、フリーソフトでさえプロ棋士よりも完全に強くなり、スマホカンニング疑惑もあったり、将棋連盟の幹部が総退陣する事態になっていました。どん底の危機的状態でした。

 あれを思えば、すでにフィギュアスケート界には、紀平梨花ちゃんがいるし、山本草太君や須本光希君もいる。もちろん、我らが羽生結弦も、クワドアクセル挑戦への道という、独自の進化を遂げてくれることでしょう。未来は明るいですよ!

 世界ジュニアも間もなく始まります。2022年の北京五輪の女子のメダル候補は、トゥルソワとコストルナヤが中心になると私は見ていますが、これから4年間、梨花ちゃんがどれだけ戦ってくれるか、楽しみですね。

 そういえば、某匿名掲示板で、

  「ハビもスペインに帰るんだし、紀平をオーサーの所に送りこめ!」

 という書き込みを見かけましたが。たしかに彼女はジェフのプログラムも滑っているし、いやぁ、まぁ、そりゃ分かるけどさぁ・・・。城田さんが一仕事してくれることを密かに期待してますが、濱田先生が出すわけがないし・・・。

 では、また明日!

 Jun

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 2018年3月1日発売。定価「1620円」。目次と奥付を貼りましたが、最後のスペシャルインタビューとあとがき以外は、すべてジュエルズに掲載済のインタビューです。ただ、今からジュエルズのバックナンバー(定価1512円、Vol.07のみ1836円)を7冊すべて買い揃えたら相当な出費になりますので、平昌五輪をきっかけに羽生君のファンになった方には、お得な内容になっています。

 写真については、チラっと見たところ、ジュエルズと「ダブり」はあるんですが(例えば、本書9頁と、ジュエルズVol.01の6頁)、すべてそのまま収録されているわけじゃなさそうです。

 さて、スペシャルインタビューについてですが、これ、いつの発言だと思いますか?まず、NHK杯の怪我の話が一切出てこないので、おそらくその前じゃないかな?と思います。

 また、4Lzの話も出てきますが、ひとつ前の「9 歴史への第一歩」(ジュエルズVol.07)はロステレ後に行われたインタだから、ロステレ~NHK杯の間におこなわれたもの、ということなのでしょう。

 内容については、いつにも増してエモーショナルで、でも、最後の部分はスピンの話で唐突に終わるので、消化不良気味な感じはします。ただ、おそらく4月か5月頃にジュエルズの新刊が出るはずなんですが、そこにこのインタが入ると、けっこう浮くかもしれません。

 うーん、アマゾンのレビューはやたら評価が高いですが、平昌五輪の内容は一切含まれていないし、こんなに急いで出す必要あった?と。ジュエルズのインタに田中さんの写真と、素材は最高なんだから、わざわざ書籍化するんだったら、もっといい内容にできたはずです。

 文句ばかり言ってますが、とてもいい本です。でも、もっとよくなったでしょ?と、そこはチクっと言っておきたいですね。

 では、また明日!

 Jun

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 2018年1月25日発売。すべて読みました。まず、昨日の記事は「第四章」だけを読んで書いたものなんですが、他の章や、あるいは松岡修造さんとの「熱血対談」でも、羽生君については大いに語られているので、その意味でも、ゆづファンに本書はオススメです。

 
また、他の選手についての言及という点では、城田本が羽生君以前の選手だと、荒川さんまでという「少し昔の話」で構成されている一方、本書は、織田君自身、真央ちゃん、羽生君、そして、昨年末の全日本選手権で五輪代表争いをした男女シングル選手、さらに海外のメダル候補もカバーしています。

 内容的に「重複」している部分があまりないので、しょーもないsage雑誌を買うぐらいなら、ぜひ二冊揃えて、五輪までに読破してみてはいかがでしょうか。

 さて、今日も3点についてピックアップしてみました。

 (1)運動能力と「フィギュアスケートの能力」の違い

 織田君が、自身のパーソナルヒストリーを語る「第一章」の中で、専門的見地から、非常に興味深い記述があります(41~42頁)。

  「(高校に上がって)フィギュアスケーターとしては格段の上達を果たした僕ですが、相変わらず学校の体育は苦手なままでした。柔道の先生からは、『組み手をするのは危ないから』と言われ、僕よりガリッガリの子と『受け身って難しいよね~』と言いながら、ひたすら受け身の練習を繰り返すばかり……。水泳の授業でも、体脂肪が少ない僕は、水に浮かないで沈んでしまいます。さらに身体能力もないから前に進みません」

  「ただ、フィギュアスケートにおいて重要なのは、運動神経や身体能力以上に『競技適正』なんです。僕の周りのフィギュアスケーターでも、運動神経に優れ、フィギュア以外のスポーツも得意という人をいっぱい見てきました。が、必ずしも彼らがスケートで成功を収めるわけではありませんでした

  「フィギュアスケーターにとっては、運動能力よりも『氷を捉える感覚』あるいは『氷との相性』のほうが、ずっと大事なのです。この競技には、力を抜いてスーッと滑る力だったり、同じ場所で速く回れるような力だったりと、フィギュアに特化した能力が必要になってきます。どんなに速く走れても、どんなに高くジャンプができても、氷の上で4回転ジャンプが跳べるわけではありません」

  「氷を捉える才能、これは僕らが見ればすぐにわかります。ジャンプも運動能力のように見えますが、テイクオフ(離氷)する時にものすごいテクニックが必要になります。氷への優れたタッチでスピードに乗り、その勢いと遠心力で跳ばなければなりません。その感覚がなければ、運動神経があってもどうにもならないのが、フィギュアスケートというスポーツです。これは練習で培われるものではなくて、生まれ持った素質に他なりません

 つまり、人に教わる以前から、才能のある子には、氷上における「特殊な適正」が明確にあるということですね。

 私たちが、フィギュアスケーターの「適正」とか「才能」と聞くと、「何歳までに、何回転ジャンプを何種類跳べたか?」という話をイメージしがちですが、実は、この第一章では、織田君自身が「何歳でどこまで」という話は、ほとんど出てきません。実は、スケオタの方がジャンプに固執しすぎているのかもしれません。

  「さて、僕の氷のタッチを自己評価すると、平均以上だとは思います。ただ、スケーティングとかステップといった技術面で特にジュニア当時の僕は、他の選手よりも劣っていました。ジャンプは評価されるけど、芸術面に課題がある。高校生時代の僕を評するなら、そういうことになりますが、その壁を越えるのは当時の環境下では限界だと、母をはじめ周囲の大人たちは感じ始めていたのでした」

 ちなみに、この後、織田君はカナダのリー・バーケルコーチ(現クリケット在籍。デールマンのコーチ)に師事します。それまでジャンプは「ただ跳ぶ」だけだったのが、カナダでは、ジャンプの前後のスケーティングスピード、姿勢、ランディングから次の動作に移行する際の顔の位置など丁寧な指導を受け(47~48頁)、夏の短期キャンプの後でも、帰国すると「別人のようになった」と言われたそうです。
  
 (2)錦織圭と羽生結弦(修造・信成対談から)

 この修造さんと信成君の対談(79~100頁)は、話の大半が「羽生結弦論」で、お互いの「ゆづ論」をぶつけ合い、そしてすり合わせるという流れになっています。その「すり合わせ」の部分で、修造さんが、錦織圭選手を取り上げているのが、この対談の貴重な点だと思います。

 ・二人の天才

  修造「・・・織田さんのファンからのお叱りはいくらでも受けますが、織田さんと僕の一番の共通点は、『メンタルが弱い』ことだと思うんです(笑)」

  信成「わかります(笑)。僕は本当にメンタルが弱い。修造さんもメンタル弱いんですか?」

  修造「弱い!もうね、みんな本当に勘違いしている。僕が世界ランキングで46位になったとか、ウィンブルドンでベスト8とか」

  信成「だって、すごいじゃないですか!?」

  修造「でもね、同じ時代に錦織圭選手がいたら、松岡修造はどう?

  信成「それはもう、日本の二枚看板で…」

  修造「違うっ!『錦織圭と違って、松岡は背が高くて強いサーブも打てるのに、なんで負けるんだ』って、非難されますよ

  信成「・・・僕は本番までに緊張しすぎて、夜眠れなくなって、顔面蒼白になってダメになるパターンでしたけど、修造さんは?」

  修造「僕は頑張りすぎちゃうタイプ。テニスを始めたころから才能がないって言われていて、それを自分ですごくわかっていたから。・・・才能がある人といえば、錦織圭選手。一番の才能は大事な時に力が入らず、楽にできることなんです。力を抜いてできる

  信成「羽生結弦選手と同じですね。力を抜いて、メリハリをつけるのが上手なんです

  修造「そういう感覚を僕は持てなかったから、錦織圭という人に対しては、僕は教えられなかった。彼には『お前、本気出せ!』なんて言えない。出さない方がいいから(笑)。それに、必要な時には自然と出すわけですよ

  修造「・・・正直、羽生選手がいなかったら、辞めてなかった?」

  信成「羽生選手がいなかったら…辞めてなかったでしょうね(笑)。・・・羽生選手に勝てないから辞めたというわけではないですよ(笑)。もちろん彼には勝てないです。でも、勝てなくても努力して常に前を向くのがアスリートだと思ってたので。・・・今でも羽生選手と試合では戦いたいな、という思いはあります。絶対に負けますけどね

 購入意欲が減退することのないように、ここで切ります。なぜ今季「SEIMEI」を選んだか?とか、あるいは、羽生君の性格分析のような話題でも、二人は大いに盛り上がっていますよ。

 ・「脱・平等主義」へ

  信成「今のフィギュアの強化って、全員をうまくしようという方針なんです。そうではなくて、『この子だ!』と一人に絞って、その子を全力で全神経を注いで強化するのも一つの方法なんじゃないかと考えることもあります。それこそ、伊藤みどりさんがそうだったのかなと思うんです。今ほど世界で戦う日本人の選手はいなかったけれど、やっぱり彼女が日本の威信を背負って頑張ってくれたことで、今でも伊藤みどりさんを覚えている人がたくさんいらっしゃいます」

  修造「テニスだと、たとえば錦織選手はジュニアのころから僕が一生出会わないくらいの素質があった。だから彼が11歳の時に18歳が出るような国際大会に出させたわけですよ。普通ならありえないけど、絶対にうまくなることがわかっていたから、海外遠征にもどんどん出した。年齢も力も十分でないから、当然負けますよ。でも必ず強くなると信じた」

  信成「批判はなかったですか?」

  修造「みんなが賛成というわけにはいきませんでしたよ。みんな一緒に強くなれるならそれに越したことはないです。でも現実はそうじゃない。それに『これだ!』という選手が毎年出てくるともかぎらない。でも「これだ!」という選手が出てきた時に、『みんな平等』でやっていたら、伸びる子も伸びないですよ。だから、周りからどんなことを言われても構わない。圭が結果を出してくれたおかげで、今では協会の中で、やりたい強化の内容をさせていただいています。だから織田さんも『この子だ!』と思ったら、全部やってみたらどうですか?遠征にも出して、世界で一番いいコーチを付けようって

  信成「僕も『この子!』っていう一人を選ぶのは、ありだと思います」

 修造さんが最後に言ってる、「これだ!って子に、世界で一番いいコーチをつける」ってのは、すでに城田さんが羽生君に対してやってるじゃない!と、思いますね。

 私はテニスの協会の事情はよく分かりませんが、日本のスケ連の場合、羽生君がブライアンの薫陶を受けていきなり金メダルを獲ったことで、それを「面白くない」と感じる勢力が反発している、というのが現状ではないかと。そして、それが、最初に織田君が言った「全員をうまくしようという方針」なんじゃないの?と。

 もちろん、修造さんは日本のスケ連の事情も承知しているはずで、織田君もオフレコで「修造さん聞いてくださいよ。実は・・・」って話になっていることを期待します。

 ただ、織田君はバーケルコーチやジェフとも繋がりがあるわけだし、将来的に、織田君が教え子をクリケットに送り込むというのは、あるかもしれませんね。
 
 (3)浅田真央と羽生結弦(フィギュアスケートを追求する者たち)

  「(浅田さんと)同じように『フィギュアスケートを追求する者』として、羽生結弦選手もいますが、二人の間には、違いがあります」

  「羽生選手には『極めたい』に加えて『絶対に1位を取る』という決意があります。自分が精神的に好まないものであっても、点数が出て1位が取れるのであれば、意地でもそれを体得して自分のものにする強さがあります」

  「浅田さんは、もちろん結果を最優先していたと思いますが、究極的には競技として点数にこだわる以上に『自らの信念を貫き通す』ことにこだわる選手だったように思うのです。こっちの方が点数が高いと言われても、『トリプルアクセルに挑戦したい』という気持ちがあった。勝つ確率を高めるより、挑戦することを優先したのだと思います」

  「でも、それは弱点につながってしまう可能性もありました。実際にメディアでは『トリプルアクセルにこだわりすぎ』とか、『その他の3回転―3回転のコンビネーションとか、3回転ルッツとか、武器になるジャンプをもっと強化すべきじゃないか』と言われることもありました。トリプルアクセルを失敗した時にどうリカバリーするか――もちろん浅田さんはそこにも力を入れて練習していたと思いますが――アクセルを練習する時間を他の練習に費やしていれば、浅田さんの実力からしたら、もっと勝っていたかもしれません」(以上、185~186頁)

 バンクーバーの頃の日本国内の報道を、私も鮮明に覚えてはいませんけど、むしろ楽観論というか、「世界で他に誰も跳べない3Aが真央ちゃんにはあるのだから、金メダル確実!」という論調だったんじゃないかと。

 それを未だに引きずって、ヨナの採点をアレコレ言う陰謀論者がいますが、ヨナがバンクーバーで勝った理由、逆に彼女がソチでは勝てなかった理由について、私は少し違う見方をしています。(※参考までに「こちら」や「こちら」をどうぞ)

 以上、ブログに紹介すると、ずいぶんな量になりましたが、本当にこれでも一部です。昨年末の全日本・ロシア選手権の結果もフォローしてあるので、織田君も、年末年始、ギリギリまで原稿を執筆していたようです。

 小さな不満を2つだけ。一つは、ボーヤンについてまったく言及が無いこと。もちろん4CCが始まった頃、すでに本書は印刷されていたはずで仕方のない話ですが、あのボーヤンの神演技に対して、織田君ならば称賛していただろうなと思うのです。

 もう一つは、知子ちゃんについて。彼女がケガをする以前から大変な努力家だということは本書でも熱く語られています。・・・でも、ならば、なぜ、「努力の天才」の彼女が、ジャンプの高さ、回転等の不安を改善するための取り組みを「行なわなかった」のか?

 何度もブログで書いていますが、私は知子ちゃんが大好きなんです。でも、だからこそ、彼女の努力を称える専門家の言葉が、どうもストンと腑に落ちないんですよ。

 あまり考えたくはないですが、もし、ジャンプの課題を彼女自身は認識していたのに、「気にしなくていい。転倒しないことだけに注力して!」とコーチから言われていたのだとしたら・・・。

 では、また明日!

 Jun

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 ほぼ記事を書きあげた時点で、突如ブラウザが強制終了して、約3分の2のテキストが消えました・・・。こまめに保存しない私が悪いんですが、今日は別のブラウザで書いていたこともあって、リカバリーも効いておらず・・・。本書のタイトルじゃないですが、泣かせてくれるじゃないですか。

 さて、織田君の著書から、今日は、羽生君について語られている第四章を見ていきます。

 まず、この第四章は「141~174頁」と、35ページものボリュームで、城田さんの本の「ゆづ章」が、いま数えてみたら22ページだったので、はっきり多いですね。

 以下、気になった3点をピックアップしてみます。

 (1)負傷と平昌五輪での可能性

 いきなり、昨年のNHK杯での故障の話から始まります。当然、五輪に間に合うか?どれぐらい戻っているか?という話になりますが、ここでの織田君のトーンは「かなり慎重」という印象を受けました(144頁)。

  「たとえばショートで大きくミスをしてしまい、フリーでは少しのミスも許されない、そんな逆境も、試合にさえ出ていれば闘争心という炎が燃え盛っているので頑張れるものです。特に羽生選手は皆さんがご存知のように逆境に強い、逆境になればなるほど燃え上がる炎を内に持つ選手で、息ができないほどのプレッシャーにさらされても100%の力を発揮することができます」

  「しかし、氷に乗れない、戦うことができない状況というのは、その内なる炎がやはり小さなものになってしまいます。だから今回直面している逆境において、羽生選手が過去に示してきた『勝負強さ』あるいは『逆境力』を発揮されるかどうかというのは、未知数であると言わざるをえません

 何の根拠もなく、手放しで「やってくれる!」と言わない所は、織田君が指導者として責任ある立場だからだろうな、と感じました。

 もちろん、話はこれで終わりではなく、「怪我の功名」という部分も指摘しています(146頁)。

  「シニアデビュー以来、特に前回のソチオリンピック以降は、休む間もなく走り続け、近年は体のどこかに怪我を抱えることも多くなっていて、完璧な状態を保つことができませんでした

  「この望まざる休息期間に心身ともに状態を整え、勝つためにできる現実的な作業にシンプルに取り組むことによって、あるいは金メダルが近づくということもあるかもしれません。高く跳ぶために十分すぎるほどにしゃがみ込んでいるでしょうから」

 「怪我で氷上練習ができない→ジャンプが跳べない→勝てない」と考えがちですが、今季、知子ちゃん、草太君、メドちゃん、あるいはボーヤンのように、怪我からの復帰後、ジャンプ以外の面ではっきりとレベルが上がっているケースをたくさん見てきました。

 そう考えると、あの羽生君が昨年11月からの約3カ月間を、無為に過ごしてきたわけがない。
むしろ、ジャンプにあれだけ拘りを持つ彼は、ジャンプを跳べる時期はジャンプ練習に重点を置いていたであろうことを考えると、この期間はジャンプ以外の部分に徹底的にメスを入れて、磨き上げていったように想像します。そこが、織田君の言う、「勝つためにできる現実的な作業にシンプルに取り組む」ということかもしれません。

 ジャンプについて、織田君の見立ては、「今回のアクシデントを踏まえ、羽生選手は4回転ジャンプを少なくとも種類において絞ってくると思います」(145頁)というものでした。本書にも「サルコウとトウループだけでも戦える」とありますが、外すのはルッツだけなのか、ループはどうなるのか、この部分は具体的には踏み込んではいませんね。

 まぁ、それももう間もなく、現地での公式練習等で明らかになることでしょう。

 (2)ゆづの研究熱心さ

  「僕はフィギュアスケートの映像を見るのが大好きでして、ついつい『あの選手の滑りはこうだよね』という話を他の選手にしてしまいます。ほとんどの選手は、『ああ、そうだよね…』で終わってしまうのですが、羽生選手は『それ、すっごくわかります!』と食いついてくれるんです

  「羽生選手は他の選手の滑りをものすごく見ていて研究していることを知りました。僕にとっては、スケートの話題で盛り上がることができる、唯一に近い仲間だと言えます

  「シーズンオフのアイスショーであっても、羽生選手は他の選手の練習を見ています。その熱心さは、『スケートって、研究をここまでしたら、こんなにも上手くなれるんやな』と思うほどです。他の選手の演技も自分の演技も映像で振り返って研究し、いいところを自分のスケートに取り込んでいるようです

 この部分(157~158頁)を読んでいて、どっちの立場も分かるなぁ・・・と感じました。

 例えば、私はフィギュアスケートのブログ、特にゆづファンのブログはまったく見ません。それには理由があって、ウチの読者さまは「ブログランキング」から来ていただいている方が大半で、ランキング内の他のブログもフォローしている可能性が高い。すると、もし私まで、それらのブログを熱心にチェックしていると、トピックス選びから、主義主張に至るまで、影響を受けかねません。「今日これ、別のブログでも見たな・・・時間の無駄だったわ」と思わせないように、気をつけるようにしています。

 もしかすると、他のスケーターを研究していない選手からすると、「誰それのコピーとかパクリと思われたくない」から、自分のスケートを磨き上げることに集中しているのかもしれません。

 一方で、フィギュアスケート雑誌の読者、つまりスケートファンとして言えば、自分の話しかしない選手のインタって、つまらないんですよね。それでいて、いざ「どんな選手を目指してますか?」と聞かれたら、「大ちゃんみたいに」なんて回答が出てくると、ガッカリ感が・・・。まぁ、アスリートは結果を出してナンボですから、誰を目指していようがいまいが、強い選手になってほしいと思います。

 でも、それだけ羽生君が研究熱心ならば、いずれ、織田君との対談という形で「注目選手」の話もしてもらいたいです。日本的なしがらみの無い人たちですから、ロシアの女子のこととか、自由に語ってくれると思うんですけどね。

 (3)ストイックなゆづ

  「実はユヅとはプライベートで会ったことはほとんどないんです。遠征先のホテルでも1、2回ご飯を食べたことがあるかどうか…。『今度一緒に焼肉でも行こうよ』みたいな話になって、『あぁ、行きましょ、行きましょ!』ってやり取りはしても、羽生選手はカナダに住んでますから、物理的になかなか行くチャンスがりません」

  「一方で、彼はプライベートを完璧になくしているとでもいうか、遊びには行かないようにして、スケートにできるかぎり集中したいと考えているようです。僕も社交辞令で誘いますが、行かないことが彼のためになると知っています。これは、僕が現役のころから変わりません

  「ノリがいい性格のユヅですから、本当はみんなと楽しく過ごしたいし、話もしたいはずです。でも現役選手である以上は、スケートに必要のないものはすべて削ぎ落して、やるって決めたらやる。『スケートを極める』その決意がすべてに勝っているのだと思います」(以上、165~166頁)

 「行かないことが彼のためになると知っています」という部分に、織田君の誠実さが出ていますね。

 いまや、日本人のオリンピックのメダリストでも、インスタやTwitterで、「リオ組で飲みに行ってきました!」というような写真をアップすることがありますよね。競技の垣根を超えたメダリストたちが、都心の隠れ家系ダイニングバーみたいな所で、生ビール片手に乾杯ってノリの写真です。

 ただ、すでに現役を引退しているならいざ知らず、「東京五輪も目指します!」と公言している人だとしたら、なんだかなぁ・・・と感じます。

 その点、羽生君はやっぱり独特ですよね。SNSやブログをまったくやっていない、偉業を成し遂げた人って、イチローとか将棋の羽生さんとか、40代以上の人だとけっこういるんですが、20代前半というのは、ちょっと思い浮かびません。

 でも、孤高のレジェンドは、そうあってほしい。そう考えると、「情報の発信」という部分に敏感なブライアンの元にいて、本当に良かったなと改めて感じます。

 これ以外にも、まだまだ沢山の箇所で、織田君の熱い「ゆづ愛」がほとばしっています。この「第四章」目当てでも、買う価値はあると思いますよ。

 明日は他の選手に言及した部分を取り上げてみます。

 では、また明日!

 Jun

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 2018年1月18日発売。すべて読みましたので、仕切り直しでレビューします。

 まず、他の選手と比べて、羽生君の情報は薄めです。ただ、平昌五輪が間近に迫ってますし、さらに羽生君本人がロステレの取材で「4Aに挑戦する」とも言ってるのだから、まだプロ転向もないでしょうし、明かせないことはたくさんあるのだと思います。

  「羽生のご両親は、私が強化部長の職を離れたあとも、アイスショーなどの現場でお会いすれば、衣装に関してや進学先の選択をめぐってアドバイスを求められることもあり、昔から知る存在として話しやすかったのかもしれません。11年夏、久しぶりにお会いしたお母様から伺った彼の練習環境の窮状は想像をはるかに超えるものでした。『このままではいけない』――、私はその場で新たな練習拠点を探す決意を固めたのです」(167~168頁)

 羽生君のご両親から絶大な信頼を得ている城田さんだからこそ、いずれ「ゆづヒストリー本」の決定版のようなものが公刊されると思います。

 (1)「狂化部長」と呼ばれて

 印象的な一節があったので、まずはそこからご紹介します。時は2005年の、トリノ五輪シーズンの開幕前。当時、企業からのCM依頼は安藤さんに集中していたそうですが、城田さんは、安藤さんばかりに負担をかけるわけにはいかないと、村主さんと荒川さんとの3人の出演(ロッテ)にしたり、二人にも分散させたりしていたそうです(130~131頁)。

 ただし、某お米メーカーから依頼が来ると、城田さんはこう返答したそうです。

  「『金芽米』というからには荒川でお願いしたい。荒川じゃなければ、この話は流れてしまってもかまわない」

 そして、こう回想しています。

  「『金』の文字が入ったものは、験を担いで荒川にやらせたいと思ったからでした。この頃からでしたでしょうか。連盟のスタッフから『狂化部長』とからかわれたのは……

 このCMの話はかわいいもので、特に荒川さんに関して、城田さんが主導で行った、「キャラハン→タラソワ→モロゾフ」という、コーチ変更の経緯は、読んでいて胃がキリキリ痛くなるような迫真の記述で、私もページをめくっていて、頭を抱えながら、「マジか・・・」と何度も声も上げました。

 どんなに誠意を尽くして頼みこんだ外国人コーチであっても、スコアの伸びが期待できないと分かれば、バッサリ切る。義理とか恩とか、人間関係とかそんなものは、いざとなったら、二の次・三の次。いい歳した大人の感覚からすると「正気の沙汰じゃない」と思えるんですが、・・・でも、狂ってなければ4年に1度の闘いを勝ち切るなんて到底不可能ということですね。

 本書を頭から読んできて、城田さんの性格を考えると、実は、羽生君がクリケットに居続けていることが、奇妙というか異様にすら感じました。

 ただ、それもこれも、トロントに渡って2年足らずでオリンピックで金メダルを獲ってしまったから、城田さんもブライアンを信頼しているのであって、もしかりにソチでメダルを逃していたら、羽生君もこんな感じで「振り回されて」いたのかなと・・・恐ろしくなりました。

 (2)これも強化部長の仕事なの?

 いまの小林部長を見ていると、メディア向けのアナウンスと、選手の引率しかしていないように見えますが、第三章の「進化する大会運営」で触れられている、94年に幕張で開催された世界選手権の裏話は実に興味深い内容です。

 練習用のサブリンクの設営、音響チェック、開催地の自治体からの資金集め、すべてに城田さんが関わり、しかしそれでも、ISUの会長からは、「こんなコンクリートジャングルのようなところで世界選手権をやるなんてけしからん」とクレームが来る始末。

 「開催時は緑でいっぱいになりますから!」とその場は収めて、会長の泊まるホテルは窓から庭園の見えるスイートルームにしたとか、読んでいて苦笑するしかなかったです。

 いまから24年も前の幕張って、いま軽くググってみると、駅前のアウトレットモールなんてもちろん無くて(2000年オープン)、マリンスタジアムができたのが92年ということなので、ビルもホテルもそんなに無かったんだろうなぁ・・・と。

 ジャッジ席の周りには胡蝶蘭を並べ、キスクラには50万もする五葉松を飾り、ロイヤルブルーのカーテンを会場中に張り巡らせたのは、この時のアイデアだそうです。さらに、投げ込み用の「花びらの落ちにくい花束」も、城田さんが花屋さんと工夫して制作したとか、現在のフィギュアスケートの大会運営のひな型は、この時に一式すべて作り上げられたのだなと、感心しました。

 もちろん、Ice Jewelsの連載で書かれているような、若手の発掘にも関わっています。それも、野辺山合宿に参加できるようなエリートの卵だけでなく、「逸材がいる」と聞けば地方に視察に出かけます。

 野辺山といえば、城田さんだけは必ずツインの部屋に泊まるのだとか。なぜか。参加するスケーターは9歳~12歳の子どもです。合宿中にお腹が痛くなったり、熱を出す子もいる。そんな子どもを、隣りのベッドに寝かせて、水を飲ませたり、水枕をとりかえたりしたそうです。保健の先生のお仕事まで担っているわけです。

 (3)GPシリーズとジャパンインターナショナルチャレンジ

 GPシリーズのアサインについて、どの大会にどの選手が出場するか、各国スケ連の幹部が集まる5月のセレクションミーティングの話も面白かったです。特に05-06シーズンの、安藤、村主、恩田、中野、荒川、そして浅田と、日本国内の選手層が厚かった時期、先シーズンの戦績が芳しくなかった荒川さんは強豪の出場する大会にアサインされることになりました。

 この部分を読んでいて頭に浮かんだのは、今季の日本女子のアサインです。中国杯への派遣選手は、樋口、三原、本田の3人がアサインされて、「なんでつぶし合いをさせるの?」と話題になりましたよね。

 3枠あったトリノのシーズンと違って、2枠でしたから、全日本以外の場でも競わせようというスケ連の狙いがあったんでしょうが、皮肉なことに、この3人から五輪代表は出ませんでした。ただ、GPシリーズの成績は結局あまり関係なく、全日本で強かった2人が平昌五輪の代表に選ばれた点は評価しています。

 話を戻して、2005年の10月に「ジャパンインターナショナルチャレンジ」という大会を東伏見で開催しています。詳しくはwikiのリンクを見てもらいたいのですが、「トリノで金メダルを獲るにはどうしても必要だから」と城田さんが関係者を拝み倒して開催に至りました。海外招待選手の移動費・食費・宿泊費をすべて日本側が負担してまで行われたこの試合では、招待選手の衣装・演技、すべてをビデオに録画して、後日プログラムの基礎点を計算し、分析したといいます。

 いまみたいに、YouTubeで世界中の試合がものの数分でアップされ、プロトコルもすぐに読める時代じゃないですから、こういうことをやる必要があったのね・・・と。

 最初、この大会はジャパンオープンの前身かなと思ったのですが、違うようです。JOは97年に初開催された後、02~05年の期間は開催されていません。木下グループがスポンサーについたのは06年からで、06年大会から現行の(日本チーム・欧州チーム・北米チーム)という団体戦形式になりました。

 本書の中ではJOについて言及はないですが、90年代のJOの映像を見ていると代々木でやってるので、JO再開はスポンサーを見つけるのが大変だったでしょうから、東伏見でJICを急遽開催したのかな・・・と想像しました。



 ちなみに、JOの90年代のメンバーが何気に豪華です。特に99年の男子シングルは、ヤグ、プル、エルドリッジ、ブラウニング、本田さん、そしてブライアンが出ています。上の映像は97年の方を貼りましたが、3Aは転倒こそしましたが、さすがの高さです。

 さて、以下、色々と妄想したいと思います。

 羽生陣営がいまどうなっているのか?というのはやはり気になりますよね。団体戦は出ないんじゃないかという情勢になっていて(だから刑事君のチームにパスを譲ったのかなと)、来月に入って「団体戦には出ません」というアナウンスだけされて、そのまま他の情報は一切出さずに、個人戦に突入したら凄いことです。

 本書に通底している、城田さんの考える「五輪の闘い方」というのは、「一人のスケーターに注目と期待が集中することを好まない」ということだと思います。アルベールビルでの伊藤みどりさんでそれを教訓とし、トリノでは女子は三人が束になって世界に立ち向かいました。

 城田さんによれば、荒川さんが金メダルを獲る上での「真の立役者」は、村主さんと安藤さんである、と。すなわち、05年のワールドで3枠を取ったのは村主さんと安藤さんで、もし日本代表に3枠がなければ、荒川さんはトリノ五輪に出場すること自体が不可能だったと言い切っています(142頁)。

 もし羽生君の状態が回復していて、「練習でクワドを跳びまくっている」というような情報を出したら、日本の新聞やワイドショーは、「五輪連覇へ!世界記録も更新だ!」みたいに持ち上げまくるに決まっている。しかも、日本国内限定のゴリ推しの「作られたスター」ではなく、羽生結弦というスケーターは、すでにフィギュアスケート史に名を刻む「生ける伝説」です。世界中から注目を集めることでしょう。ならば、注目はできるだけ分散させることが望ましい。

 この「死んだふり作戦」により、ネタに困った日本の五流・六流メディアは、「日本の新エース宇野、悲願の金へ」「優勝争いは宇野とネイサンが軸に」「色気と風格を増した田中」ぐらいしか、どうせ書くことがないのではないか(※本書には宇野の「う」の字も出てきません)。城田さんの言う、「かつてない計算と注意」の中には、こういうことも含まれているのかもしれません。

 とにかく、この本での城田さんは「闘将」という感じで、シンクロの井村雅代コーチがかぶります。日本水連の幹部が井村さんを追い出して、その直後、彼女が指導した中国代表はメダル常連国に躍進。一方で日本は、12年のロンドン五輪では、ロシア、中国、スペイン、ウクライナにも負けての5位。結局、井村さんに幹部連中が頭を下げて、日本に帰ってきてもらいました。

 最後に、城田さんは、トリノで自分の出番を待つ荒川さんに、こう声をかけたと言います(138頁)。

  「あなたのために滑ってね。私でもない、連盟でもない、日本のためでもない、あなたのためのオリンピックだから」

 ソチの時の羽生君はいろんなものを背負っていました。今回の平昌ではもっとたくさんのものを背負ってしまうかもしれません。

 でも、荒川さんを送り出した時と同じように、城田さんには、羽生君を送り出してほしいですね。この言葉をかけられるのは、城田さん以外には世界中に誰もいませんから。

 では、また明日!

 Jun

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