On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

カテゴリ:羽生結弦選手 > 雑誌(2011-2012シーズン)

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 2011年12月30日発行。久々に古いものシリーズです。現在休刊状態の「フィギュアスケートDays(Days Plus)」。ただ、「フィギュアスケートLife」が事実上の後継誌的位置づけなのかなと思いつつも、見てくださいよ、この中古品価格の高騰と出品数の少なさを!

 インタビューも写真も良質なものばかりで、しかも現在シニアで活躍している内外のトップ選手の若かりし頃がこの雑誌に生きているわけです。そりゃ、簡単に手放せませんよね。

 この号は11年12月発売ですが、羽生君のインタビューはシーズンイン直前に行われています。画像を拡大すると全文読めると思いますが、フリーのロミジュリについてのツッコミがなかなか容赦ないです。多少端折ってご紹介します。

 ――フリーは『ロミオとジュリエット』ですね、映画版の。

  「・・・・・・まだ観てないんです。自分の中のイメージとしては、せつない感じ?ロミオとジュリエットと言えばせつない感じとか、駆け落ちとか、そういった感じなんですけど・・・・・」

 ――けど?

  「駆け落ちって言葉自体よくわからない!(笑)」

 ――(笑)

  「うーーーん。まぁ・・・自分の中でのイメージとしては、会えない距離での恋なんですよ。で、最終的に会えなくなっちゃうんですけど・・・なんだろうなぁ。すごく一生懸命恋をしてるって感じ?です。恋!な感じ(笑)」

 ――そっか、恋ですね。恋は・・・してますか?(笑)

  「してないっ・・・してないしてない(笑)」

 ――観ていて今までのどの日本男子ロミオたちとも違った感じで、強くて凛々しくて、何というか・・・言ってもいいですか?

  「はい」

 ――キリっとしていて素敵なんですけど、あれ?ジュリエットはどこ行った?って思ったりとか。

  「そう、ジュリエットがいないんですよねえぇ~、僕がやっちゃうと。僕が演じているとジュリエットがいなくなっちゃうので、どうしようっかなぁって思ったりして。ジャッジの方とか、観客の方とか?」

 ――ジュリエット出てきますかね?

  「そうですね・・・僕のジュリエットになってください、みなさん!」

 ――それはいいですね。お客さんがジュリエットに。

  「はい!(笑)」

 これは山本夢子さんが取材していますが、いまこれをやった日にゃ、「なにセクハラ質問しとんじゃボケ!公私混同だろ!あ?コラ!」と、コアなゆづオタの皆さんや、自称ゆづオタの某オタの皆さんからも晒し上げを食らって、SNSも炎上させられて、アマゾンで雑誌には星1つレビューが大量投稿されて・・・。いまや、Lifeの6号のハビのインタにすら発狂してる匿名さんが大勢いるんですから、昔は大らかだったなぁ・・・と。

 ただ、「僕のジュリエットになってください!みなさん!」という羽生君の発言を引き出したこと、これは山本さんの大ファインプレーじゃないでしょうか。

 で、なんかこの恋愛系の問答をどこかで見かけたよなぁ・・・と本棚を漁っていると、あの鈴木明子さんのメイク道場の「Days vol.14」で、長谷川仁美さんがニースのEX後の羽生君にそんな質問をぶつけていたのでした。このツッコミも個人的には驚いたんですが、そもそも、この号の取材の方が最初だったようですね

 その他に、田村岳斗さんとともに日本男子スケーターを振り返る記事も貼ってみました。いまや濱田美栄先生とのコンビで、まさに日本の「チーム・ブライアン」と言いたくなるほど、優秀な若手を次々と育成。あとは世界と戦えるような男子選手が出てきてほしいものです。

 このインタビューで感じたのは、田村さんの師匠の佐野稔先生がいかに伝説的な人物だったかということと、後輩の本田武史さんのスーパースケーターぶりですね。そして、まぁ、いつも羽生君の発言を目にしてるからこそ感じたのは、田村さんはアスリートにしては珍しいほど性格的にガツガツしていないこと。

 ここでは、「心技体の心が足りなかった」「武史がしてるから俺も練習しよっかなって感じでやってたら、世界選手権とか五輪にも出られるんじゃないかっていうレベルまで上げてもらっていた」と、謙遜気味に語っています。

 もしかしたら、関西大学での指導も、濱田先生は選手をどんどんプッシュする方で、他方で、田村さんは大らかな感じでバランス取ってるのかな?と、勝手な想像をしてしまいますね。

 では、また明日!

 Jun

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 2011年12月16日発売。羽生君の2011-2012シーズンといえば「ニース」であり、日本を拠点としていた最後のシーズンでもあります。Planner/Writerに青嶋ひろのさん。写真は能登直さんのものが多めですが、すべてではありません。Cutting Edgeといえば、インタビュー以外の企画もいつも面白いものばかりで、この号もその点は健在。それにしても、この時点ですでに羽生君にかなりのページ数を割いていることに驚きます。

 ここに収められている羽生君のロングインタビューは、3月の東日本大震災から、11月のロステレコム・カップ(GPロシア杯)で優勝してGPファイナル出場を決めた辺りまでを振り返る内容になっています。

 以下、インタビューの気になった部分のみをピックアップしてみます。他のおもしろ企画については、画像をクリックしていただけると読めると思います。

  「(60回のショーに出演したことについて)これはさすがに・・・しんどかったですよ!ショーって、試合以上にノーミスしなけりゃいけない。もちろん試合もだけど、ショーのほうが純粋にお客さんに見ていただくものだから、『クリーンないい演技をしなきゃいけないんだ』ってやっぱり思うんです。」

 ショーこそノーミスが要求されるという話は、今年1月の荒川さんとの対談(放送は2月)でも出てきてました。こちらの記事もご参照ください。

 で、このインタビュー中に気になる一節が。

  「7月頃、東神奈川と仙台を行ったり来たりしてた時に、風邪気味で胃が痛くなっちゃった。それで2日ほど練習を休んだけれど、それくらいでした。(「ううん、まだあったよ」とお母さん)。ああ、ドリーム(6/22-24)滑って、ファンタジーや福岡のチャリティ(7/2-4)を滑って、プリンスの東京公演(7/15-18)を滑った後に、『もう、練習やだあ』ってなったりもしましたね(笑)。」

 そりゃあ、羽生君のママは事実上のマネージャーで、インタビューに同席していることも容易に想像できるとはいえ、雑誌の中でその存在のみならず発言も一部収録されていたのは、初めてかもしれません。このように常に横で目を光らせているわけですね。

 リンクがなくて普段の練習ができない中、4回転の調子が落ちなかった理由について、こう答えています。

  「まずは、無良選手です。いつもアドバイスをもらってるんですよ。豊橋でサルコウを教えてくれたのも無良選手ですし、ザ・アイスの大阪でも名古屋でも、アドバイスしてくれました。いつも、『一緒に練習しようよ』って声をかけてもらえるし、僕のアクセルもすごく褒めてくれて・・・嬉しかったです。それから本田武史さんや、総司先生(田中総司コーチ)も。武史先生には、横浜をはじめプリンスでは毎回教えてもらったんです。仙台のリンクで教えてもらっていた総司先生とも、プリンスの公演中はずっと一緒でしたしね。」

 記事を書きながら、青嶋さんの手がけた『蒼い炎』もチェックしているんですけど、単行本の方ではかなりカットされている感じです。



  「何が何でも、プログラムには4回転を組み込まなきゃって、僕自身が思ってることもあって、『NEW結弦=4回転』みたいに思っていただくことはとても嬉しいですが、4回転ばっかりじゃないぞってところは、見せたいと思ってます。ちっちゃい頃の僕は、あんまりジャンプが安定しなかったので、どちらかと言うとジャンプではなく、スケーティングなどで評価されていたんです。だからやっぱりシニアになっても、ジャンプだけの選手にはなりたくない。他の部分でも評価される選手になりたいなって思っています。

 羽生君といえば震災。羽生君といえばジャンプ、4回転。未だにいろんなところでこれらのテーマついて、同じような質問がループ状態でされてますが、この11-12シーズンの時点でしっかり自分なりの答えを導き出しているんですよね。感心します。

 次に、11年9月のロシア合宿について。「羽生結弦が見たロシアにおけるコーチング」という感じで、興味深い内容です。やや長いですが、お付き合いください。

  「1週間のモスクワ合宿だったんですけど、選手は僕ひとりなんですよ。先生は、ボブリン先生とナタリア先生のふたり(1981年世界選手権男子銅メダリストのイゴール・ボブリンと、カルガリー五輪ダンス金メダリストのナタリア・ベステミアノワ。二人は夫妻)。・・・とにかくジャンプなしでプログラムだけ、スケーティングだけを、1時間半の間ずーっと滑り続ける。間に20分ぐらい休憩をして、その後また1時間30分、ガーッと滑る。ほぼ3時間ぶっ続けで、死ぬかと思いましたよ・・・。ジャンプの練習よりも、スピンとかステップとかを延々繰り返すほうが、実際はしんどいですね。

  「それほど厳しくはなかったけれど、すごく丁寧におしえてくださいました。ステップは・・・クロスをしている脚は必死に動いていても、上半身は何事もないように美しく、優雅に、『まるで白鳥みたいにね』って教わりました。そんな指導を、ふたりの先生たちが実際に動いて、『こっちの動きのほうがいいね』『いや、違うね』なんて、意見を交わしながらやってくれる。自分はロシア語がわからないから、何を話しているかはわかりません。でも、『こうやったらいいんじゃない?』『いや、こっちのほうがいい』みたいな会話をとことんしていて、そのなかで最良のものを選んでくれる。 そんな試行錯誤、プログラムを練って練って作る様子が見られて、それは本当にすごいな、と思いましたね。やっぱりロシアは、"ロシアのフィギュアスケート"というものが、しっかり確立されてる。そしてそれが、世界に通用するものなんだな、と。

  「嬉しかったのはそんなロシアの先生たちに、自分のスケート、とくにビールマンやイナバウアー、柔軟性を褒めてもらえたこと。イナバウアーは、『もっとできるでしょ!』なんて言われて、背中の反りやすい手の位置を教えてもらいました。・・・ビールマンも、『もっと頑張りなさいよ!』って言われてるんです。男子はシニアになるとビールマンができる選手は少ないし、 『君くらいうまく回れる選手はいない。だからもっと練習しなさい!』なんて言われました。柔軟性は僕の特長として頑張って伸ばしてきた点でもあるし、一番って言われてることを目指してやってきたから。そこをロシアの先生に褒められて、頑張ってきてよかったと思いました。」

 「厳しくはないけど丁寧」というのは、文字だけ見るといまいちピンと来ないんですが、「長所なんだからもっと練習しなさい!」、その長所をのばすためにこうしてみよう・・という流れを見て、「丁寧さ」の意味と意図がストンと腑に落ちた気がします。

 一般論で言いますけど、いわゆる日本的な教育環境って、「キミはそこがダメなんだから、まずはそこを人なみにできるようになさい!」「すでにある程度出来ている部分をどうするかは、それからの話だ!」ってガミガミ言われがちですよね。70点の数学と、90点の国語なら、数学の勉強をまずやりなさいと。

 ただ、このロシアの先生の発想は、90点の国語を、95点、100点にするためにもっと勉強しなさい、というもので、面白いなぁと。

 12年のニースの快挙の背景に、羽生君がアイスショーを実戦的なトレーニングの場として活用し、技術的な精度を落とさないように努めていたことは多くの人の知る所だと思います。

 それにプラスして、無良君や本田先生たちに代表される仲間や恩師たちからの協力、そしてこのロシア合宿も無視できない要素だったんだなと、これらは個人的に新たな発見でした。

 Cutting Edge、そして現行のQuadrupleのロングインタビューは、いつも期待を裏切らない、質・量ともに他の追随を許さない貴重なものが本当に多いです。

 では、また明日!

 Jun

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 ※京都在住の方はご注意を!



 2012年4月21日発売。さすがに羽生君のこれまでのキャリアの中でも未だに1、2を争う名演の直後の号ということもあって、アマゾンの中古品の価格がものすごいことになっています。入手は容易ではないと思いますので、しっかり中身をお伝えしたいと思います。

 2012年3月末から4月頭にかけてフランスのニースで行われた世界選手権。当時17歳の羽生君は世界選手権初出場にして銅メダルを獲得。

 SPの悲愴を終えての7位から、FSのロミジュリ(13-14シーズンのロミジュリと区別するために「旧ロミジュリ」と呼ばれることもある)では173.99とパトリックに次ぐ2位のスコアをたたき出し、パトリック、大ちゃんに次ぐ、総合3位となりました。ちなみに当時、FSで170点を超えたのは羽生君で3人目という高得点。


 ※上でグダグダ書きましたが、フジの中継動画がまだ生きていたので(画質も最高!)、ぜひどうぞ。まるで日本開催のような凄まじい歓声です。

 さて、ニース最終日に行われたというインタビューを一部引用します。取材は田村明子さん。

 ――今回は最後のサルコウは決めましたね。

  「もう意地でした。(阿部)奈々美先生にも「サルコウは絶対決めなさいよ」と言われていましたし。ステップのあと、酸欠状態でフラフラしていたんです。映像で見たら、唇が真っ青でした。でも死ぬ気で跳びました。(笑)

 ――観客の声は聞こえますか?

  「聞こえます。特にこけた後の声はよく聞こえました。(笑)映像で見たらすごい歓声で、やはりあれに押してもらわなければ、できなかったなと思いました」

 ――人の反応には繊細なほうですか?

  「1人で練習していると、アクセルも跳べなくなって、何にもできなくなってしまうんです。だから誰かに見てもらって、何かを期待されてプレッシャーを与えられてできる、というタイプですね。」

 ――西洋人タイプですね。

  「そうですね。(笑)自分でもそう思います。誰かに見られていて、褒められるとか、怒られるとか、何かないとダメですね。」

 ――パフォーマー向きですね。

  「(笑)。よかったです。人に見られているのが好きなので、小さい頃から練習より試合のほうが好きでしたし、学校でも学芸会とかで主役をやりたいタイプでした。

 ――東北人には珍しいですね。

  「そうですね。東北人は引っ込み思案な人が多いですから。」

 ――今の自分のなかで、スケーターとしてもっとも自信があるところはどこでしょう?

  「3アクセルかな。今回はあまり調子が良くなくて6分間ウォームアップでこけたりもしていましたが、加点ももらえるし、どんな体勢でも大体跳べます。」

 ――逆に、これからの課題は?

  「今回やっぱり体力ないな、と感じました。・・・来シーズン、4回転ももっと増やさなくてはならないし、ソチ五輪に向けてやるのなら、来シーズンやらなくてはならない。しっかり体力をつけて、4回転を2本、3本入れても最後までしっかり滑れるような体力をつけなくてはと思います。」

 ――次に滑ってみたい曲はありますか?

  「あるんですけれど・・・奈々美先生に許可をもらわないと、言ってしまっていいのかどうか。ごめんなさい」

 あれ?まだこの時点でトロント行きは決めてない?いや、決まっていたとしても、それこそ、この場で言えるわけないか・・・。ソチという言葉がこの時点で出ているのは、おっ!と驚きました。WFSにしては、比較的くだけた内容だなと思います。

 で、実は記者会見でも読み応えのあるやり取りがあります。

 ――日本人選手が2人表彰台に乗ったことについて。

  「いままでこの大会をずっとテレビで見てきて、絶対いつかは出たい、この舞台でメダルを取りたいなとすごく思っていました。まず今シーズン、初出場で表彰台に立っていることが本当に嬉しい。大先輩の隣でまたメダルが取れたというのは、四大陸ぶりです。この1年間震災とかで日本ではいろいろな問題がありましたし本当に大変なシーズンでしたけれども、やっと何か自分のなかで震災を乗りこえられたなというような気がしました。

 ――今日の演技が終わった後で自分が表彰台に乗るかもと思ったのはいつの時点でしょうか。

  「正直言って、表彰台に上るというふうに思っていなかったので、まず表彰台について考えていなかったですし。とにかく今シーズン、震災があって、初めて滑ったのが「白鳥の湖」だったので、ぜひこの舞台でエキシビションとして「白鳥の湖」が滑れたらなということを考えていたので、とにかく5位に入りたいというような感じで、5位に入ったから、じゃあもうどうでもいいやという感じでした。(笑)本当にメダルとか表彰台とかそういうものを考えていなくて、決まったときもあんまり驚かなかったというか、実感が全然わかなかったので、何て反応したらいいのかわからなかったですし、本当にびっくりしたので・・・本当に考えていなかったです。」

 アイリンの復興イベントは、このワールドの前に行われています。本田さん、田村さんに続いて、羽生君はWhite Legendを披露。その時の取材でこのように答えています。

  「黙とうの時、目をつむるといろんな風景が浮かんできました。もう1年経ち、ここに普通に立っていられることを有難いと感じました。震災から半年くらいは、被災者代表みたいに扱われるのが嫌だった時期がありましたが、でも今は、そう言ってもらうことで、みんなに被災地のことを思い出してもらえるので、震災の記憶が薄れていかないためにも自分は被災地を代表したスケーターとして滑って行きたいと思うようになりました。昔は自分のために、ただ好きで滑っていたスケートが、今は人の力になれるのだから、復興に役立てばいいなという気持ちを込めてスケートをしていきたいです。

 震災関連の質問はそれこそこの約2年後のソチで勝った後もさんざんマスコミから訊かれますけど、すでにこの時点でかなりしっかりとした考え方を示していることに驚きました。

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 羽生君の参加していないチャリティイベントが関西でも開かれました。個人種目でしかも採点競技のフィギュアスケートですけど、日本のフィギュアスケートコミュニティの団結力に、改めて尊敬の念を感じます。

 私たちも、ゆづ君はもちろんですが、若手の選手をはじめ、より多くのスケーターたちに目を向けて、サポートしていきたいですね。

 では、また明日!

 Jun

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 昨日の13-14雑誌まとめ記事について、「過去本で興味深い内容もあり嬉しい」と拍手コメントをいただきました。

 既出本紹介の要約版のわりに無駄に長くなってしまって、読みにくかったのではないかと心配していました。このようなコメントはたいへん参考になると同時に励みになります。本当にありがとうございます!

 さて、古いものシリーズに戻ります。2012年3月2日発売。ニース前の号で、四大陸選手権、欧州選手権、全日本、アイスショーが特集されています。

 羽生君関連で言うと、まずは全日本選手権。大ちゃん、小塚君に続いて、3位に入り、全日本で初の表彰台。これによりニースへの出場切符を勝ち取ります。

 元々この全日本はSP4位で、FSでまっちーを抜いての3位。FSでは、最後のサルコウがシングルになるミスを除いて、冒頭の4トウ、3アクセル、コンビネーションジャンプ、得点が1.1倍になる後半のジャンプも決めて、167.59を出しています。

 ニースのFSが173.99なので、ロミジュリについてはこの2011年末の時点ですでに相当自信と手ごたえがあったんだろうなと思います。

 全日本が12月23日~25日に大阪なみはやドームでおこなわれ、その翌26日に「オールジャパン メダリスト・オン・アイス」が開催されています。羽生君はホワイトレジェンドと、アンコールではロミジュリ後半を披露。ちょっと小さい写真ですが、出場選手を代表して挨拶もしています。

 年が明けて、1月7日~15日、大阪と東京開催の「スターズオンアイス」にも参加。この白TにデニムはSomebody to Loveですね。11-12シーズンのEXはこれでした。

 最後にもう一つ。

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 パラパラとしか見ていませんが、ショーの写真が中心ですね。新刊なので中身の画像は貼りませんが、応援ブック4」と比較しながら、記事にしてみたいと思います。


 
 次号はおそらく14-15、15-16の写真大放出ということで、すでに編集方針は決まっている様子。

 では、また明日!

 Jun

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 2012年6月6日発行(5月31日発売)。フィギュアスケート専門誌の最古参といえばWFS(1999年秋創刊)ですが、このDaysも老舗で、創刊は2006年5月。しかし、2014年6月のvol.18(Plusは、2014 Autumn)を最後に休刊しています。

 ただ、蒼い炎II』の構成担当の長谷川仁美さんは、Daysの羽生君のインタビューを担当していた方でもあり、昔の羽生君を掘り下げるならば、Daysのバックナンバーもチェックしておかねばなぁ・・・と考えています。


 
 で、こちらのvol.14なんですが、鈴木明子姐さんについて説明する前に、先に羽生君について。インタビューはニースのエキシビション直後に行われたもので、あのロミジュリの伝説的瞬間について訊いています。

 転倒の瞬間に「休めた」という話とか、『蒼い炎II』を読まれた方はご存じの内容なんですけど、二人のやりとりをここで読んでいて、長谷川さんも、羽生君も、二人ともテンションたけぇ!って思いましたね。いくら雑誌のインタビューが元になっているとはいえ、後発の単行本と、当時の雑誌の記事とでは、やはり熱気と興奮が違うなと。

 しかも、どさくさに紛れて・・・とまではいいませんが、『蒼い炎II』では当然ながらカットされている恋話を、このインタの最後の最後、ゆづ君に投げております。PCで画像拡大すれば読めますので、ぜひチェックしてみてください。

 さて、明子さんですよ。明子さんのメイクを4年担当してきたという、石井勲氏との対談なんですが、いきなり、「ニースのメイクは薄い!」という石井さんからのダメ出しから入ります。よくよく考えたら、海外の試合にメイク担当まで帯同させられるはずがないので、女子選手は大変ですよね。3つのタイプのメイクをさせられてますが、明子さん本人的には、最後のクール系は「氷の上にも立てそう」、最初のセクシー系は「ちょっと恥ずかしい」、そして二番目のスイート系を「昔ギャルだったお姉さんみたいでしっくりこない」とコメントしています。

 この雑誌は4年前のものですけど、いまの感覚だと、この程度のギャルメイクの子は街にゴロゴロいるので、いずれ女子選手もこういう雰囲気の子が出てくるかもしれませんね。バンバンと3Aを飛びまくるギャル系スケーター。・・・・・・面白いけど、でもやっぱり若干抵抗あるかな。

 対照的に、ジュニアの頃のグレイシー・ゴールドの写真も貼りましたが、いまよりメイクが薄くて、こっちの方がいいのでは?と思ったり。あちらの女性は、特に海外ドラマだと、彫りが深いのにこれでもかのギトギトのパンダ目に仕上がっていたり、文化の違いを感じます。

 てか、長洲さんのメイクを見ても、アメリカ人が考えるアジアンビューティーというのは、日本の美的感覚とけっこう距離がありますからね。

 最後に、昌磨ですよ。えっ?ホントに14歳の頃?と、年齢表記がなければ一瞬信じられないんですが、この11-12シーズンにジュニアデビューして、ユースオリンピックでいきなりの銀メダル(最年少の銀)。ハン・ヤンの隣りで堂々としたものです。シニアに上がった昨年いきなり世界のメダル争いに食い込んだ実力者ですけど、やはりこの頃から高い能力と才能を証明していたんですね。

 まぁ、明子さんのメイク対談は特殊で、他は硬派な企画も多く、2016年のいま見てみても、実によくできた雑誌です。ただ、本体価格1800円はちょっと高いかなぁと、その一点だけは残念ですね。

 では、また明日!

 Jun

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