On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:ジョニー・ウィアー

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 CWW愛蔵版ブックの感想の続きです。サラリと重要な記述が収められているので、油断できません(笑)。

 (1)「スペシャルインタビュー」&「いま、羽生結弦に聞きたいこと」から

 ・ジェフ

  「彼がクラシックを好きなのは知っていますけれど、今後はもうちょっと新しい世界、抽象的なものもいいんじゃないかなと思います。2度オリンピックで優勝したから、キャリアとしてはもう全部やったじゃん!って感じですよね(笑)。だからもういまや、彼が本当にやりたいものをすべてできる立場になりましたよね。ジャッジに向けた(競技で勝つための)曲を選ばなくても良いというか…冒険するのに、機は熟しました。やりたいものを滑ると、彼のもっと違う側面、より彼らしいものが見られるようになるかもしれないし、楽しみです

 次に紹介するシェイのコメントと、本質的には同じことを言っているようでいて、具体的にははっきり違う内容というのが興味深い。まず、ジェフは、「競技用プログラムの選曲を冒険してみよう」と言ってるわけです。

 選曲面では、「クラシック以外」を暗に提案しているようにも思えます。わざわざここまで具体的に言うならば、クラシック以外のアイデアがたくさんあるということ。それが「羽生君自身のやりたいこと」と一致しているのかどうか。ブライアンはそこにどう関わって、意見するのか。

 羽生君は、「やっぱり試合で勝ちたい」という考えに傾くのか。もし五輪を目指すなら、「勝てる曲」をまず1シーズンやって、つづく2・3シーズン目は冒険して、五輪シーズンは、その計3シーズンの中から「勝てるプログラム」を持ち越しするのか。ジェフのような、羽生君にきわめて近い場所で重要な仕事をする人が、こういう具体的な話をすると、想像がさらに膨らみますね。
 
 ・シェイ

  「最初に『SEIMEI』を作ったとき、映画の主人公の方(野村萬斎さん)に会ってみたらいいんじゃない、と伝えました。ユヅルにとって大きな体験になるし、何か特別なものが生まれると思ったから。実際に萬斎さんとお会いしているんですよね。とてもいいことですね。もちろんもともとストーリーはあるけれど、会う前よりプログラムに意味が加わって深みが増していくから。それがユヅルというスケーターにとって意味があるものになったからこそ、『SEIMEI』はユヅルのものになったんですよね」

  「いつかショーナンバーを作ってみたいです。競技プログラムだと、エレメンツとか体力、息継ぎ、ジャッジのことなどいろいろ考えなくてはいけないことがあるけど、ショーだったら楽しく無制限にできるから。やりたいことがなんでもできる。すごくおもしろいアイディアが生み出せるのではないかと、いずれそれができたらいいなと思います」

 萬斎さんと会うことを提案したのがシェイだったというのは、実は今回初めて知りました。ただ、このインタビューの中では、「会ったんですよね?」と確認しているので、じゃ、羽生君は、萬斎さんと会ったことをトロントに持ち帰ってシェイにフィードバックしたわけではなく、羽生君自身の中でそれを生かしていったということなんでしょうか?というか、萬斎さんの助言を英語で説明するのは至難の業かもしれません。

 前述のジェフとは違って、「(ゆづの)ショーナンバーを作りたい」とシェイは語っています。なぜ違うのか?その理由について、萬斎さんのスペシャルメッセージと「SEIMEI」を見た後に、考えてみることにします。

 ・ジョニー

  「たくさんの栄光を手にしたユヅルだからこそ、いろいろなことを言われるのかもしれない。ただ、人生では、自分が対応できることしか神様は与えない。だから、自分に関して何かを言われても、それを乗り越えてもっと僕たちは強くなれるんです。僕はそう思っています

 「試練はそれを乗り越えられる者だけにやってくる」というのは、少年マンガでもよく出てきそうなセリフですけど、それをここ日本では、「なんでも我慢して言うことを聞け」と、忍耐を強制する「ツール」として使われることもあります。

 ジョニーはもちろんそういうことを言ってるのではなく、何が起ころうとも必ず解決できるし、嵐はいずれ過ぎ去るというメッセージなんだと思います。

 彼は、それこそ羽生君がソチ五輪で金メダルを獲るずっと前から、つねに気づかってくれていました。それは、「周りから色々言われること」について、「無視しろ」とか「スルーしろ」というようなアドバイスではないんです。

 彼の発言を聞いていると、匿名のネットの意見だから、アンチの意見だから、「自動的に遮断する」という考え方じゃない。悪意のある部外者の意見だろうが、家族や恩人の意見だろうが、そこは関係ない。

 そう思える根拠は、ジョニーが、「強くあれ」ということを、WFSの対談で羽生君に語っていたことが、思い出されるからです。約7年前に行われた対談です。「自分のやりたいことは何か?」というのを常に問いかけて、それを貫きなさいと。それが「強くある」ということなんだと。

 逆に考えると、なぜ羽生君が、ネットや週刊誌・スポーツ紙の類の意見まで入念にチェックしつつも、自分を貫けているのかというのが見えてきます。「強くあれ」というジョニーの教えを守っているからだと、私は思うのです。

 (2)「野村萬斎 スペシャルメッセージ」

 萬斎さんの言わんとしていることを全て理解するのは難しいですが、いちばん具体的でイメージしやすかった部分は、「音に合わせず『音を纏え』」というくだりですね。

  「場を支配するために、天地人というすべての方向性に気を巡らせて『音を纏え』という話もしました。音に合わせにいくと絶対に遅れるから、自分が音を発しているように、と。対談のあと、リンクで練習を拝見したのですが、曲のとらえ方は大変よかったんだけれど、あの曲のたゆとうメロディには裏にもリズムがあるので、メロディに合わせたくなるところを我慢して裏のリズムに合わせた方がいいといった話はしましたね

  「具体的に言うと、冒頭部分だとか、後半のストレートラインステップ前の3つのジャンプのあたりだとかの、笛だけになっているところ。その裏にズンズン、ズンズン、ってリズムが入っていたと思うんですね。メロディに合わせて上半身は優雅に見せつつ裏にあるリズムが身体のなかで取れていると、単なる演技ではなくて、意識した演技になる。重層的な曲ですから、よく音を聞いて、本当によく構成されたと思います」



 萬斎さんが具体的に指摘していた部分に注目してみましたが、特に笛のメロディとリズムの関係を意識的に拾おうとすると、フィギュアスケートの競技用の曲としては、あまりに前衛的で挑戦的ですよね。後半の4S-3T以降の、勝敗を分ける重要なジャンプの部分は、ある意味でのどかな曲調ですしね。

 話をジェフとシェイに戻すならば、私見ですが、ジェフが「(競技用プロで)冒険したい」と言って、シェイが「ショーナンバーを作りたい」と言ったのは、シェイはすでに「やりきった」という達成感のようなものがあるからじゃないかと。「SEIMEI」もそうだし、「ホプレガ」だって難しい曲でした。しかも、両プログラムによって、記録も更新し、タイトルも獲ってしまった。

 「挑戦」はショーナンバーでいい。あるいは、ジェフに「競技プロにおける挑戦は譲る」と、シェイは考えているのかも・・・。

 なんだか、萬斎さんの「メッセージ」から、結局ジェフとシェイの話になってしまいましたが、いやいや、萬斎さんと羽生君がまた対談して、双方の見解をアップデートすべきだと思うんです。ぜひそれをテレビで報道してほしいですね。前回のように日テレか、あるいはテレ朝で。フジとNHKはダメです。

 萬斎さんは、9月に公演を控えていますし、チャンスがあれば羽生君も見れるといいですね。トロントメディアデーが8月ならば、お忍びで来れるかもしれません。

 では、また明日!

 Jun

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 昨日の記事に対して、特にジョニーのファンの方から反響をいただいたので、もう少し分厚くご紹介したいと思います。

 こちらの雑誌は、2008年3月にスウェーデンのイエテボリで開催された世界選手権の特集号です。順位等はwikiをご参照ください。プロトコルも見ることができます。





 まず、ジョニーのこのワールドの演技を見て、上半身の動き、とくに肘から指先の使い方に特徴があって、現役選手だとアダム・リッポンがジョニーから相当影響受けてそうだなぁ・・・と感じました。ただ、ディスリじゃないですけど、アダムってもう少し動きが細かい印象があって、つまりジョニーの方がゆったりしていてスケールが大きく感じます。

 で、「意外」と言っちゃファンの方に怒られそうですけど、ジャンプもいまの基準で見てもすごく上手い!フリーのクワドこそDGを取られましたが、他はどのジャンプも高いし着氷も安定している。フリー後半はちょっとスピードが落ちてますが、それでもしっかり滑りきっています。

 実は、FaOI幕張で披露したHow it endsを見た際、とくに曲の後半部分は、意外性がありつつも難しい曲調で、衣装のことをよく言われる彼だけど、曲選びからして普通じゃないよなー!と、感心していました。こうやって世界のトップで戦っていた頃のプログラムを見ても、どこかフィギュアスケートの定番を外した選曲で、見ていて楽しいです。

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 さて、以上を踏まえて、雑誌の中身の方へ。この世界選手権では、クワドを跳ばなかったジェフが1位、クワドを降りたものの2位だったジュベール、クワドにトライしたがほとんど得点はもらえなかったジョニーが3位という結果だった、ということは昨日も触れました。

 で、ジュベールという人は、けっこう思ったことを口にしちゃうタイプなんだなぁと、本誌を読んでいて感じましたね。フリー後の記者会見ではこう不満をぶちまけています。

  「ジェフリーはSP、フリーとも完璧な演技でした。でも彼は4回転に挑まなかった。ステファンは2度挑み、ダイスケも挑んだ。この採点方式では、難しいことに挑戦するよりも、シンプルなプログラムをノーミスですべった方が高く評価されることに、失望しました」

 これだけではなく、他のインタでも、プルシェンコが復帰することについて聞かれると、こんな感じです。

  「ショーで会ったけれど、体重が増えていたしジャンプもあまり跳べなかった。本当に復帰するなら大変だと思う」

 そういうわけで、プレカンでは、ジェフに対して「4回転なしで勝ったことに謝罪の必要性はあるか?」という、まったくもって意味不明な質問まで投下されたりして(※しかもそれはカナダ紙の記者からだったそうです。日本の青なんとかさんや高なんとかさんがマシに思えます)、もちろんジェフは「全くない。このスポーツは一つのジャンプではなく、トータル的なものです」と反論していたようです。

 じゃ、ジョニーはどうだったか?

  「4回転ジャンプは、プログラムの中でかなりの武器になるとは思う。でもそればかり考えてしまうのは良くないね。ジャンプだけじゃなくて、スピンやフットワークもできなきゃいけないと思うんだ。だからクワドは、できるに越したことはないけれど、スケートの中で一番大切な要素だとは思っていない。僕も今回はフリーにクワドを入れたけど、練習であまり調子が良くなければ、無理して入れるつもりはないよ」

 プレカンでジュベールの上述の発言が始まると、隣に座っていたジョニーは「所在なげに用意されていたミネラルウォーターを口にした」と本誌では描写されています。

 また、こうも書かれています。

  「・・・ジョニーは4回転について聞かれると、いつもあまり興味がなさそうな答えをする。『もう何度も何度も聞かれて、うんざりだ』という発言もしている。ジュベールのように、このジャンプに強いこだわりを持っているわけではない。ただ、『跳ばなきゃしょうがないから練習してるし、試合でもチャレンジするんだ』とでも言いたげだ」

 さて、昨日は「ジョニーと日本」という部分にフォーカスしましたが、今日は、「振付」について訊かれた部分を拾ってみます。

  「大好きな振付師は……やっぱり僕が一緒にプログラムを作ってきた、タチアナ(・タラソワ)とマリーナ・アニシアかな。タチアナが作ったナンバーの中で一番好きなのは、ヤグディンの『ウィンター』!その次に好きなのは僕の『スワン』だよ。僕が頼んだことのない振付師だったら、サーシャ・ズーリンもいい振り付けをすると思うし、ニコライ・モロゾフもいい。こうしてみると、ロシア人振付師ばかりだけれど(笑)。ニコライの作品で好きなのは、大輔の『ロクサーヌのタンゴ』だね。でも美姫や大輔のステップなどを見ると分かるけれど、彼の振り付けって、どのプログラムもけっこう似たところがあるかな……。でも、彼が素晴らしい振付師であることに、変わりはないけれど!」

  「僕もこれまで、プログラムの上ではいろいろな試行錯誤をしてきました。去年、マリーナと一緒に作ったスタイルも、今までの僕とは違うことができて、うれしかった。でもやはり、僕の理想のプログラムは、オリンピックのショートプログラムで滑った『スワン』なんだ。いつも、あれを超えるようなプログラムを作っていかなきゃ、と思ってる



 →→ご存じのように、羽生君にNotte Stellataの楽曲をプレゼントしたのはタラソワさんですが、そのタラソワさんが「スワン」をジョニーのために、しかも大事なトリノ五輪のシーズンのSPとして作り上げていたとは知りませんでした。

  ほれ!やっぱり!タラおばちゃんも、羽生君にはジョニーに通じるもんを感じとるんやで!

 なんて、ドヤ顔で言うつもりはないですが、そんなことよりも、この06年のスワンも、08年のワールドに負けず劣らず、まずジャンプが素晴らしい。ジャンプが高くて、実はジャンプの人なの?と思ってしまうぐらい。

 さすがに競技用のプロなんで、Notte Stellataとは違って、キビキビとした作りですが、衣装も含めて、どっちが良い悪いではなく、こういう感じで作るんだなぁ・・・と、両者を比較することで見えてくる特徴もあって、面白かったです。

  「僕なら振付師になれそう?そうだね、今も小さい選手に振り付けをすることはあるし、それもすごく楽しい。いつかはいい振付師になりたいな、と思ってる。でもそれは、競技を引退するまでお預けだよ。今の僕には振り付けは無理。だって……ほかの選手のために何かいい振りを思い付いたら、それを人に教えたりしないで、僕は自分がやりたくなっちゃうから(笑)。とにかくどんなプログラムを作るにしても、今持てる自分の力をすべて発揮して作り上げたいと思ってるんだ」

 ジョニーのwikiでプログラムをざっと見ていると、彼が絶賛しているタラソワさんとの作品は、スワンも含めてクラシックが多いですね。その中、おっ!と目を引いたのは、04-05シーズンの「ロンド・カプリチオーソ」です。



 なぜかというと、昨季大活躍を果たし、FaOIでは神戸から参加している三原舞依ちゃんのSPだったからです。舞依ちゃんの振り付けはマッシモですが、舞依ちゃんは、ジョニーがこの曲を滑っていたことは知らないかもしれませんね・・・。

 今晩、ジョニーの雄姿を集中的に見ましたけど、10年以上前の演技であっても、いいものはいいですね。日本の若手スケーターも「表現力」とか「芸術性」ということを口にするなら、ぜひジョニーを見てほしいなと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 07-08メモリアルブックの続きです。今日はFaOIのゲストスケーター勢に注目したいと思います。

 まずは、ジェフから(38~43頁)。本誌が発売されたのは08年4月ですので、ちょっと当時の情報を補足しておきます。ジェフは06年のトリノ五輪で銅メダルを獲っています。世界選手権は、05年大会から四大会連続で出場し、08年のイエテボリ大会で金メダルを獲得。イエテボリ・ワールドでは、クワド持ちの有力選手がフリーで崩れる中、クワドを入れない構成のジェフが優勝したのでした。

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 実を言うと、この雑誌が発売された5ヵ月後、08-09シーズンの開幕前にジェフは引退しました。本誌の中では、

  「オリンピック……前回はブロンズメダルでした。次のオリンピックは僕の国で行われるスペシャルなゲームです。やっぱり、頑張りたいな!」

 というコメントが紹介されているんですけど、まぁ、もしバンクーバーまで続けていたとすると、27歳で迎えることになるので、コンディションの維持は大変だろうなと想像します。

 インタの中から、特にデイヴィッドとの関わりや振付について言及した部分を拾ってみました。

  「僕の振付師は15歳のときに初めてプログラムを作ってもらってからずっと一緒に組んでいるデイビッド・ウィルソン。彼とは先生と生徒、って感じはしない。友達と一緒にアイデアを出し合って、一緒にプログラムを作っていくって感じだ。僕たち、ほんとにいい組み合わせだと思うよ!僕らの関係は年々親密になっているし、プログラム作りもどんどん楽しくなってきている。デイビッドの、僕のスケートへの関わり方も、10代のころ以上に深くなっているんじゃないかな?僕と関わったことで、また僕が彼のプログラムをすべって世界チャンピオンになったことで、デイビッドが高い評価を得るとしたら……それはすごくうれしいことだよ!」

  「今後もプログラムは、ずっとデイビッドと一緒に作っていくつもり。デイビッドは、もし僕が他の振付師と組んでみたいなら、遠慮しないでほしいって言ってくれる。でもそんな気持ち、僕にはさらさらないんだ!彼と一緒にプログラムを作るのが、今はほんとに楽しいからね」

  「僕自身が振り付けをすること?そうだね……以前キム・ヨナ(韓国・世界選手権3位)の振り付けをしたけれど、あれはすごく楽しい経験だったな。だって彼女は、僕がやってほしいと思うことを、その場でなんでもやってしまうんだもの!なるほど、振り付けとは、試行錯誤しながら能力のある選手と一緒に、その人の持っている才能を引き出していく作業なんだな、と思ったよ。うん、自分が滑ることに優るとも劣らない楽しさが、振り付けにはある。そうだね、将来、振付師になるってことも興味のある選択の一つかもしれないな。選手をしていて、振り付けに関するさまざまなことは、今まで学んできたし。デイビッドを見ていても、振付師って職業、いいなあ、と思うこともあるんだ

 →→ヨナのwikiを見ると、04-05(05-06にも持ち越し)のフリープログラムにジェフのクレジットがありますね。ただ、デイヴィッドと組む前に、ジェフがプログラムを提供していたのは意外でした。

 しかし、2017年のいま、世界で5本の指に入る売れっ子振付師になろうとは、当時のジェフ自身も想像していなかったように思えます。

 そして、デイヴィッドとジェフの二人のDNAを受け継いでいるといえば、それはやっぱり羽生君なので、羽生君自身にプログラムを誰かに提供するようなアイデアはあるのか?という質問を、だれかに投げてもらいたいものです。少なくとも雑誌・書籍において、私は羽生君とインタビュアーとの間でそのようなやり取りを見たことがないです。スーパースターなんで忙しくてそれどころじゃない部分もありますが、べつに訊くだけならタダでしょう(笑)。

 今日はもう一人。ジョニーも見ていきましょう(62~67頁)。

 ジョニーはジェフより2歳下で、五輪はトリノ(5位)とバンクーバー(6位)に出場。ジェフが金メダルを獲ったイエテボリ・ワールドでは銅メダルを獲得。

 本誌は、このイエテボリの特集号という意味合いもあって、実は、クワドレスのジェフが金、クワドを降りたジュベールが銀、クワドにトライしたが両足着氷で銅だったのがジョニーということで、プレカンでの「緊張感のあるやり取り」も紹介されていました。その辺りは、今日の記事では触れません。

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  「日本のファンの皆さん、今年も応援してくれてありがとう。アイシテマス!・・・日本は僕の大好きな国の一つだから、日本ですべることも大好き。いつも僕の大きなバナーを作って応援してくれるし、温かく迎えてくれてるのがわかるからね。・・・僕は日本でのパフォーマンスの後は、日本式のお辞儀でお客さんにあいさつしている。誰がそんな日本の伝統を教えてくれたかって?僕自身で身に付けたんだよ!日本には何度も来ているから、日本人の素晴らしさや伝統は分かっているつもり。僕の国……アメリカにはあまり伝統というものがないから(笑)。僕は日本の人々や伝統に敬意を表したいんだ。日本語も、もちろん流暢に喋れはしないけれど、いくつか知っているよ。ドウモアリガトウ、サヨウナラ、チョウカワイイ、とかね」

  「刺身も大好きで、だいたい日本に行くと、2回はすしを食べにいくんだ。それから日本では、買い物も外せないね!日本の物は何でもコンパクトなところが気に入ってる。それに比べたら、アメリカの物って、何でもかんでも大きいんだもん……。そして興味深いのは、日本独自のパフォーマンス。伝統芸能では、和太鼓と歌舞伎を見にいったことがあるよ。歌舞伎は、一つの芸術としてとてもきれいだと思った。とにかくスケートとは全く違う世界……。そういうものを見て、感じて、インスパイアされて、僕はすべてをスケートに生かしたいと思っているんだ

 →→FaOI幕張(土曜日)を見に行った際、バナーの気合いの入り方という意味では、羽生君を外すと、ジョニーのファンが掲げていたものは特に凝っていた印象です。それが、至る所で見られました。

 私がジョニーを初めて生で見たのは、14年6月のゼビオアリーナ仙台のTogether on Iceでしたが、コレ、プル様も来ていたショーでしたけど、個人的には、

  羽生君に最も影響を与えているのはジョニーじゃないの?

 というほど、鮮烈な印象を受けましたね。五輪の金メダルとか、クワドとか、「絶対王者」とか、そういう枕詞で共通点を語るなら、プル様なんでしょうが、単純にその所作やたたずまいを見ると、ジョニーでしょやっぱ!と思うのです。

 そういえば、ジョニーのTwitterを見ていると、幕張でも神戸でも、蕎麦ばかり食べている印象ですが、さすがに生モノは控えているのかもしれません。せっかく日本に来ているので、ショーが終わったらお寿司も食べてほしいですね。

 では、また明日!

 Jun

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 2016年7月5日発行。私が購入したのは7月1日でした。前作がいわゆるフォトエッセイ的な作りで、つまり「あくまでも写真がメインで、文章はスープとか前菜とかデザート」的だったのに対し、今回は写真と文章が対等のバランス、いや、写真が能登直さんじゃない分、むしろ読ませる比重が上がった内容になっています。「蒼い炎」という名を共に冠しながらも、基本的には別物と考えた方がいいです。



 とはいえ、例えば『王者のメソッド』と比べると、サイズとレイアウトの効果もありますが、かなり読みやすいので、『メソッド』を未読の方、また中断している方は、こちらを先に読んでから、トライしてみると良いかもしれません。



 本書は、羽生君のインタビューを時系列的に再構成したものです。時期的には、2012年のニースのワールドから、2016年のボストンのワールドまでの期間が扱われています。

 インタビューの雰囲気は、例えば、「Cutting Edge」と比べると、明らかに硬め。トロントでの日常やマイブームなどの軽い趣味的な話はほぼ皆無。日本に帰国して被災地を訪れた部分以外は、ほぼ、各大会での自身の演技に関する妥協なき自己分析と自己反省が中心で、この「孤独な闘い」の一端を、羽生君が大いに語ってくれています。

 もちろん孤独とはいっても、例えば数学者のアンドリュー・ワイルズのように自宅の屋根裏部屋に7年間引きこもってフェルマーの最終定理に取り組んだような、あーいうのとは違って、トロントにはお母さんもいて、チーム・ブライアンの面々のサポートを受け、スケ連関係者その他、多くの人びとが彼に関わっています。

 ただ、2014年の中国杯の衝突以降、お腹の病気の治療もあって、長期に渡ってトロントでのブライアンの指導を受けられない厳しい時期に、このような「孤独な自問自答」が生きているのかなと感じました。

 中国杯のあの頭に包帯をグルグル巻きにして演技を続行した姿が日本でも色々と騒がれましたけど、本書を読むと、むしろ、お腹の病気の方が深刻で、読んでいる私までお腹がキリキリくるような錯覚を覚えました。よくぞ試合をキャンセルせずに出てくれたなぁと思います。

 話は前後しますが、2013年カナダのワールドも相当な修羅場だったことが本書で明かされています。両足を負傷して痛み止めを打ちながらも強行出場。なぜなら、この大会の獲得ポイントによって、ソチの代表の枠が決まってしまうから。自分だけの問題じゃなく、国に迷惑がかかってしまう・・・と。SP終わって9位。FSをなんとか踏ん張って4位!結果、羽生君4位、大ちゃん6位、無良君8位で、なんとか3枠を確保。

 羽生君の個人成績的にはあまり注目されていない大会ですけど、ここで大きな責任を果たせた経験と自信が、2014年の中国杯以降の超人的な頑張りを支えたのかなと思います。

 また、2015年のスケートカナダで負けた後、むしろプログラムの難易度を上げて、「血のにじむような練習」の末、300点超えを連発したことは、記憶に新しいですよね。でも、内容ボロボロ・調子最悪な中、ブライアンの反対を押し切ってまで、なぜそんなチャレンジができたのか。これは私のブログでも一時期テーマにしていましたが、そっか!と思ったことがあります。

 それは、羽生君にとって、何よりも辛いことは、スケートができないこと。練習ができないことなんだと。だから、これまでの様々な故障やアクシデント、特に2014年秋以降は壮絶ですが、 そんな苦難に直面しても、

 身体は動けるんだから、徹底的にやってやる!

 落ち込んでなんていられない!もっともっと追い込んでやる!

 そういうぶっ飛んだ発想になれたのかなと、本書で羽生君が語る「怪我の歴史」を一気読みして、そう感じました。

 毎日羽生君の発言を様々な雑誌で読んでいて、トロントに渡る前の発言も、最近のジュエルズやライフのインタも含めて、そこには常に「自己分析と自己反省」があって、ぶっちゃけますけど、

 また同じようなこと言ってるじゃん!

 と、思うこともあるんです。でも、これってアスリートとして理想的ですよね。誰とは言いませんけど、「マネージメントに興味がある」とか「ビジネスに興味がある」とか言いはじめた方々は、ほぼ例外なく選手としてのピークが過ぎているわけで・・・。

 現状に満足せず、俺はもっとやれる!と、自問自答と挑戦をつづける。まだまだとんがっている羽生君を現在進行形で応援できているのは幸せだなと思います。

 あと2点だけ。アイスショーでの、ステファン・ランビエル、ジョニー・ウィアー、ジェフリー・バトル、3人のスタイルの違いに羽生君が言及している部分は面白かったです。曰く、曲を作り出すステファン、曲を盛り立てるジョニー、曲にピタっと揃うジェフ。じゃ、羽生君自身はどう考えているのか?彼が3人のアプローチに対する自分なりの答えをすでに用意していることには感心しました。何と言ってるかは、本書を実際に手にとって確認してみてください。

 最後に、本書のクライマックスもクライマックスという部分で、おっ!と、思わず身を乗り出してしまった発言があります。

  「まだあと4年くらいは僕も技術的に進歩できる」

 正確な時期がクレジットされていないので、あくまでも私の想像ですが、おそらくこれは、2016年4月のワールド後に行われたインタでの一節だと思われます。ということは、2018年2月の平昌後も当然現役を続行し、2022年2月の北京まで頑張ってくれるはず!と期待してしまいます。

 実は、日曜のドクターXスペシャルを見た後に、本書を読み始めたんですが、そういえば、氷室光二郎の年齢が27歳と設定されていて、そこは記事でも触れましたが、個人的に引っかかっていた部分です。

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 記事の中では「テレ朝から羽生君へのエール?」なんてトロいことを書きましたけど、何よりも羽生君本人がこのように意欲と自信を見せてくれてるんで、北京の時の羽生君も27歳だし・・・。これはあるんじゃないの?という気がしています。

 では、また明日!

 Jun

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 2011年11月25日発行(11月12日発売)。今さら説明の必要のない、フィギュアスケート専門誌の老舗。本号が第50号で、創刊号は1999年秋、ミシェル・クワンが表紙を飾っていました。

 羽生君情報の前に、まずは表紙のこの方ですよ。以前レビューしましたが、Number PLUSの「灼熱の銀盤」(2013年11月発売)で、マツコ・デラックス、伊藤みどり、樋口豊の3名による「マニアック鼎談」なる企画がありました。その中で、マツコさんはこう言ってたんですね。

  「顔だけで言えば以前の(エリザベータ・)トゥクタミシェワが好きだったんだけど、今は凄いことになっちゃっているわね」

  「キャシー中島さんみたいになっちゃってるじゃない!驚いたわよ。どんなクールビューティーになるのかと思ってたのに」

 おいアンタ、自分のことを棚に上げてそりゃ言い過ぎだろ!いまだって美人さんじゃないか!と思ってたんですが、後日購入した本誌を見て、ちょっとだけ、ぐぬぬ・・・という感じです。でも、いまのリーザも私は大好きですよ。



 さて、羽生君です。震災から8カ月。練習場所を確保するのも大変だった羽生君は、まさに男子マラソンの川内優輝選手が「レースを練習替わりにして」大会に出まくっていたように、アイスショーに多数出演することでコンディショニングを行っていたことは、皆さんもご存じかと思われます。

 この号での羽生君は、ジャパンオープンへの「サプライズ・ゲスト」にはじまり、「カーニバル・オン・アイス」、「フレンズ・オン・アイス」、「ファンタジー・オン・アイス」と出演しており、その様子がリポートされています。

 画像で貼ったジョニー・ウィアーについては、第49号の「ジョニー・ゆづ対談」(2011年7月FaOI福岡)を以前の記事で紹介しました



 こちらは9月の新潟のFaOIでの単独インタビューです。ここでも、彼は羽生君を高く評価しています。

  「ユヅルに感心するのは、彼はまだ若く自分のスタイルを模索している最中だけど、その滑り、パワー、エモーション、すべてが純粋なところです。彼のように自由な子がいることは本当にすばらしいと思う

  「(将来若いスケーターたちにプログラムを振付てみたいかと訊かれて)もちろん!ユヅルとやってみたいな

 ゆづが「自由な子」って?と思われる方もいるでしょうが、この前の部分も素晴らしい内容なので、引用してみます。

  「ぼくのキャリアはまるでジェットコースターのように浮き沈みが激しかった。ぼくに投げかけられる批判的な言葉が心配だった人も多かったと思います。でも、ぼくはまったく気にしていない。だから、エディット・ピアフ(※プログラム)でもそうした声をそのまま流したんです。むしろそうした言葉がぼくを強くしてくれる。「お前には無理だ」「お前はもうおしまいだ」と言われたって、「いいや、ぼくには未来がある」「ぼくは最高だ」「みんなぼくのことを決して忘れない」ということをいつも示してきた。そうした批判すらもすべて自分のものにしてきたんだ」

  「(「ウィアーさんは本当に強い人なんですね」と訊かれて)それこそぼくが若いスケーターたちに見せたいものなんです。ぼくはオリンピック・チャンピオンでも世界チャンピオンでもない。それでも人々はぼくのことを決して忘れないでしょう。それはぼくが強い人間だからであり、強い個性を持っているからです。「こうしなければいけない」という力に何から何まで従う必要はないんですよ。いい演技ができれば、気にする必要なんてない。音楽や衣装の選択やら政治的な馬鹿げたことでたくさんのプレッシャーがあると思うけれど、ぼくは若いスケーターに自由であってほしい。自分がそのことを示せていたらと願っています」

 私の読む限りでは、ジョニーのいう「自由な子」とは、周りの雑音に惑わされることなく、自分の個性を信じて純粋に演技に没頭できる若者、という意味に受け取りました。そして、羽生君もそんなスケーターであると。

 またジョニー?と若干飽きがきてる方もおられるかもしれませんが、現代の日本人に対する金言でもあると思います。みんな自己評価が低すぎるだろ!他人に振り回されず自分のやりたいようにやれ!と。少なくとも私は、彼のインタビューにはいつも励まされますね。彼の自伝も揃えてみようかと考えちゃうほど。

 最後に、クリケットクラブについて。羽生君が移籍する前、野口美惠さんがクリケットに取材に行かれていて、ブライアンとデイヴィッドのインタビューも収録されています。現地リポートの中で、やはりこの二点が目を引きます。

 ・氷の質は、日本では類を見ないほどなめらかでよく滑る。蹴らないでも進むため悪い癖がつかず、正確なエッジワークを身につけるのに最適な質を、毎日保っている。

 ・日本の場合は、1人のコーチが技術指導から精神ケア、試合戦略まですべての面倒をみて、他のコーチとは交流しないのが原則。カナダでは複数のコーチに習う選手もいるが、全コーチ(21名)と全選手が交流するスタイルは、オーサーオリジナルの手法だ。

 実を言うと、ハビもクリケットに参加したのはこの2011年の夏だったわけで、翌年のワールド後、羽生君がクリケットに加入するというのは、この時に取材している人もされている人も、みんな想像すらしていなかったことが、この記事から伝わってきます。
 
 二人のインタビューからは、ソチの「ソ」の字も出てこないので、運命的な出会いというのは突如、劇的に訪れるものなのかなと感じますね。

 では、また明日!

 Jun

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