On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:ニース・ロミジュリ

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 高山さん推奨の旧ロミジュリは、もちろん2012年のニースワールド。こちらはフジの放送で、本田武史さんと西岡アナですね。フジで放送があったことについて、本書で言及されています。

  「この年、シニアの世界選手権に初めて出場した羽生。フジテレビが夜9時台から試合を中継していましたので、『この大会で初めて羽生結弦の演技を見た』という方もかなりいらっしゃるのでは、と思います

  「(第2章で)私は『表現には、“物語世界を演じ、その物語の登場人物になりきってしまうようなプログラム”と“音楽そのものになりきってしまうようなプログラム”のふたつがある』と書きました。この章で取り上げている、2009~2010年シーズンからの演技の中で、羽生が明確に『登場人物』を演じた初めてのものが、『ロミオ+ジュリエット』だと思います

 (1)4T(+2.43)

  「最初の2~3漕ぎで、前シーズンまでとは比較にならないほどのスピードが出ている。そのスピードの中で跳ぶ、4回転トウの大きさ、高さ。そして、着氷後にもまったく落ちないスピードと見事なバックアウトエッジのフロー」

 →→その2~3漕ぎのスケーティングに入る前、最初の動き出しからして速いですよね。気合いが入っているのか、コンディションが良いのか、素人目には何と言えませんが、動き出しの違いがまず印象的。これでジャンプをミスるわけがないという、自信に満ちたスタートです。

 (2)3A(+2.14)

  「時計回りのターンも、よりシャープに、そして軸が確かになっている。そこから、『右足を先に前に出し、両足のエッジをつけた状態にする。そこから、どちらの足も氷をとらえたまま、バランスを変えていきアウトサイドのイーグルへ』というムーヴを見せ、ただちにトリプルアクセルへ」

  「私は、この非常に個性的な入り方、エッジのさばき方でおこなうイーグルを見た時点で、『これは面白い!』とは思いましたが、そこからまさかトリプルアクセルにつなげてくるとは思いもしませんでした

  「この冒頭のふたつのジャンプで、私は『何かとんでもないことが起こりつつある』と、ますます画面に釘付けになったのです」

 →→イーグル自体は、たとえばネイサン、あるいは須本君もキレイに滑りますが、CWWのコーナーで無良君も苦労していたように、イーグルからダイレクトで3Aを跳べる選手は、その後、なかなか続いてきませんね。

 (3)3F(+1.20)

  「コネクティングステップから跳んだトリプルフリップが、きちんとバックインサイドエッジで踏み切られていた。私が思わずテレビに向かって拍手をした部分です(冒頭ふたつのジャンプのときは、呆然としてしまって拍手するのも忘れていました)。長年にわたって体にしみついた『踏み切り時のエッジのクセ』を、きちんとゼロにしてから、構築する。それは本当に難しいことのはずです。羽生結弦が『大技』だけに取り組んでいたわけではないことが強く伝わってきました

 →→フリーの3Fのエラーは本当に克服しましたよね。いま、ジュエルズのフォトブック巻末のプロトコル(15-16、16-17)を見てみても、フリップはアテンションすらつかなくなりました。

 (4)FCSSp4(+1.00)

  「トリプルフリップの着氷からただちにおこなう、フライングで入る足替えのシットスピン。第1章(52~53頁)の、2017~2018年シーズンの『SEIMEI』(ロステレ杯)では、トリプルアクセルの着氷からこの動きをしていることを書いていますが、こうして振り返ると、跳ぶジャンプの難度が確実に上がってきているのがわかります

 →→少し補足します。ロステレ杯では4Lzを含む5クワドと2本の3Aで、最後に単発の3Aを跳んだので、直後にこのスピンという流れになりました。平昌五輪では、ルッツ・ループ回避の4クワド構成なので、最終ジャンプは3Lzで、その後にスピンが来ています。

 (5)3A+3T(+1.57)

  「本人もまったく予想していなかっただろう箇所(CiStの終了後)で転倒したせいで、左ひざをかなり強く打ちつけたにもかかわらず、そこからわずかな助走だけで、左足で踏み切るトリプルアクセル、そしてすぐにトリプルトウのコンビネーション。ここで私はテレビに向かって叫んでしまいましたが、会場の観客も気持ちは同じだったようで、聞こえてきた歓声は地鳴りのようでもあり、悲鳴のようでもありました

 →→このロミジュリが「伝説」と呼ばれる理由に、この転倒が生んだ「ドラマ」があったと私は思っています。これと似たケースで真っ先に私の頭に浮かぶのは、奇しくも同じ「フランス」ですが、16年マルセイユGPFの「Let's Go Crazy」ですね。



 あの演技が最高のライブ感を生んでいたのは、冒頭の4Loで「おっとっと!」という着氷で羽生君が苦笑いをした後、「もう、どうにでもなれ!ついてこいよ!」と彼が煽って、あの曲が本来持っている荒々しさがマックスまで増幅されていました。

 「ミスもエネルギーに変えてしまう!」というのは、ニースのロミジュリから始まったのかな・・・という気がします。

 (6)ChSt~FCCoSp

  「体内のエネルギーの最後の一滴まで絞り出すかのような、コレオシークエンスの激しさとパッション。前シーズンよりもはるかに上半身を大きく使い、ドラマティックなものになっていました。そこからさらにトリプルサルコー。よく着氷しました!」

  「最後の足替えのコンビネーションスピンのときは、テレビから伝わる会場の歓声があまりに大きくて、音楽がよく聞こえない状態でした。フィギュアスケートはルールにのっとったスポーツです。よって、この本では私の目に見えた『事実』だけを語っていきたいと思います。なので、こういう主観的な表現は可能な限り控えめにしていますが、この演技は『観客を引きずり込む力』が尋常ではなかったと思いますし、この演技を見た方(あるいはこれから見る方)も同じ感想を持ってくださるのではないかと思います

 →→興味深いのは、ロミジュリがどうしてここまでエネルギーに満ちているか?について、高山さんは、「体の動きや感情の表出の面で制約の多いクラシック音楽、パガニーニやツィゴイネにすでに挑戦していたから」と分析。クラシックバレエよりも、自由なダンスの方が感情表現をしやすいように、フィギュアスケートも選曲による「制約」を受けやすいのだと。羽生君が、若い頃にクラシック音楽で「努力」を積んだことで、キャッチーで華やかな映画音楽のロミジュリで「爆発するようなパッション」を出せたということです。

 さて、CWWのロミジュリと比べてみるとどうか。これは、すでに断片的に書いてきましたが、「上半身の振りの大きさとメリハリ、音をつかむタイミングのドンピシャぶり」が、はっきり見て取れる成長であると、感じました。

 競技プロで言うと4Tを跳んだ直後からの、右こぶしを握って、ドンドンと打ち付けるような振り付け。かつて、水泳の北島康介選手が五輪で金メダルを獲って、水面を何度も打ち付けて喜びを爆発させたことがありましたが、あれを思い出すような、感情の表出。「上下分割動画」でも、よく分かると思います。

 ところで、羽生君の演技とは関係ないですが、上下分割動画の「前半」ではさほど気にならなかったものの、「後半」の動画を見ていると、CWWのカメラアングルがいろいろひどい・・・。

 来年以降は、会場が大きくなる可能性がありますが、カメラ台数を増やして、カメラマンおよびスイッチャーを、しっかり熟練のスタッフで固めてほしいと思います。せっかくの名演がこれではもったいない!

 では、また明日!

 Jun

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 ※京都在住の方はご注意を!



 2012年4月21日発売。さすがに羽生君のこれまでのキャリアの中でも未だに1、2を争う名演の直後の号ということもあって、アマゾンの中古品の価格がものすごいことになっています。入手は容易ではないと思いますので、しっかり中身をお伝えしたいと思います。

 2012年3月末から4月頭にかけてフランスのニースで行われた世界選手権。当時17歳の羽生君は世界選手権初出場にして銅メダルを獲得。

 SPの悲愴を終えての7位から、FSのロミジュリ(13-14シーズンのロミジュリと区別するために「旧ロミジュリ」と呼ばれることもある)では173.99とパトリックに次ぐ2位のスコアをたたき出し、パトリック、大ちゃんに次ぐ、総合3位となりました。ちなみに当時、FSで170点を超えたのは羽生君で3人目という高得点。


 ※上でグダグダ書きましたが、フジの中継動画がまだ生きていたので(画質も最高!)、ぜひどうぞ。まるで日本開催のような凄まじい歓声です。

 さて、ニース最終日に行われたというインタビューを一部引用します。取材は田村明子さん。

 ――今回は最後のサルコウは決めましたね。

  「もう意地でした。(阿部)奈々美先生にも「サルコウは絶対決めなさいよ」と言われていましたし。ステップのあと、酸欠状態でフラフラしていたんです。映像で見たら、唇が真っ青でした。でも死ぬ気で跳びました。(笑)

 ――観客の声は聞こえますか?

  「聞こえます。特にこけた後の声はよく聞こえました。(笑)映像で見たらすごい歓声で、やはりあれに押してもらわなければ、できなかったなと思いました」

 ――人の反応には繊細なほうですか?

  「1人で練習していると、アクセルも跳べなくなって、何にもできなくなってしまうんです。だから誰かに見てもらって、何かを期待されてプレッシャーを与えられてできる、というタイプですね。」

 ――西洋人タイプですね。

  「そうですね。(笑)自分でもそう思います。誰かに見られていて、褒められるとか、怒られるとか、何かないとダメですね。」

 ――パフォーマー向きですね。

  「(笑)。よかったです。人に見られているのが好きなので、小さい頃から練習より試合のほうが好きでしたし、学校でも学芸会とかで主役をやりたいタイプでした。

 ――東北人には珍しいですね。

  「そうですね。東北人は引っ込み思案な人が多いですから。」

 ――今の自分のなかで、スケーターとしてもっとも自信があるところはどこでしょう?

  「3アクセルかな。今回はあまり調子が良くなくて6分間ウォームアップでこけたりもしていましたが、加点ももらえるし、どんな体勢でも大体跳べます。」

 ――逆に、これからの課題は?

  「今回やっぱり体力ないな、と感じました。・・・来シーズン、4回転ももっと増やさなくてはならないし、ソチ五輪に向けてやるのなら、来シーズンやらなくてはならない。しっかり体力をつけて、4回転を2本、3本入れても最後までしっかり滑れるような体力をつけなくてはと思います。」

 ――次に滑ってみたい曲はありますか?

  「あるんですけれど・・・奈々美先生に許可をもらわないと、言ってしまっていいのかどうか。ごめんなさい」

 あれ?まだこの時点でトロント行きは決めてない?いや、決まっていたとしても、それこそ、この場で言えるわけないか・・・。ソチという言葉がこの時点で出ているのは、おっ!と驚きました。WFSにしては、比較的くだけた内容だなと思います。

 で、実は記者会見でも読み応えのあるやり取りがあります。

 ――日本人選手が2人表彰台に乗ったことについて。

  「いままでこの大会をずっとテレビで見てきて、絶対いつかは出たい、この舞台でメダルを取りたいなとすごく思っていました。まず今シーズン、初出場で表彰台に立っていることが本当に嬉しい。大先輩の隣でまたメダルが取れたというのは、四大陸ぶりです。この1年間震災とかで日本ではいろいろな問題がありましたし本当に大変なシーズンでしたけれども、やっと何か自分のなかで震災を乗りこえられたなというような気がしました。

 ――今日の演技が終わった後で自分が表彰台に乗るかもと思ったのはいつの時点でしょうか。

  「正直言って、表彰台に上るというふうに思っていなかったので、まず表彰台について考えていなかったですし。とにかく今シーズン、震災があって、初めて滑ったのが「白鳥の湖」だったので、ぜひこの舞台でエキシビションとして「白鳥の湖」が滑れたらなということを考えていたので、とにかく5位に入りたいというような感じで、5位に入ったから、じゃあもうどうでもいいやという感じでした。(笑)本当にメダルとか表彰台とかそういうものを考えていなくて、決まったときもあんまり驚かなかったというか、実感が全然わかなかったので、何て反応したらいいのかわからなかったですし、本当にびっくりしたので・・・本当に考えていなかったです。」

 アイリンの復興イベントは、このワールドの前に行われています。本田さん、田村さんに続いて、羽生君はWhite Legendを披露。その時の取材でこのように答えています。

  「黙とうの時、目をつむるといろんな風景が浮かんできました。もう1年経ち、ここに普通に立っていられることを有難いと感じました。震災から半年くらいは、被災者代表みたいに扱われるのが嫌だった時期がありましたが、でも今は、そう言ってもらうことで、みんなに被災地のことを思い出してもらえるので、震災の記憶が薄れていかないためにも自分は被災地を代表したスケーターとして滑って行きたいと思うようになりました。昔は自分のために、ただ好きで滑っていたスケートが、今は人の力になれるのだから、復興に役立てばいいなという気持ちを込めてスケートをしていきたいです。

 震災関連の質問はそれこそこの約2年後のソチで勝った後もさんざんマスコミから訊かれますけど、すでにこの時点でかなりしっかりとした考え方を示していることに驚きました。

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 羽生君の参加していないチャリティイベントが関西でも開かれました。個人種目でしかも採点競技のフィギュアスケートですけど、日本のフィギュアスケートコミュニティの団結力に、改めて尊敬の念を感じます。

 私たちも、ゆづ君はもちろんですが、若手の選手をはじめ、より多くのスケーターたちに目を向けて、サポートしていきたいですね。

 では、また明日!

 Jun

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