On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:ブライアン・オーサー

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 今日も引き続きSportivaです。バックナンバーは「こちら」。今回は、「羽生結弦へのまなざし」という、次の3氏のインタを見ていきます。

 (1)都築章一郎 恩師が見守る成長

 取材は宇都宮直子さん。冒頭部分で都築先生が「昨日見てきたんです」とCWWのパンフレットを宇都宮さんに見せているので、先生が招待されたのが2日目の公演日だったことを考えると、取材日は4月15日(日)だったのでしょうか。

 まず注目すべきは、CWWの「裏話」が少し披露されている点ですね。記者によるレポートは本誌も含めて色々と読める状況ですが、「関係者の証言」は初登場だと思います。

  「羽生だけでなく、昔教えた子たち(佐野稔、川口悠子ら)も出演していて、皆の小さい頃を懐かしく思い出しました」

  「羽生は元気にしておりました。ジャンプは跳ばなかったですが、それなりにきちんと滑りました。・・・演技後は、足を氷で冷やしておりました。だから、まだ完全に回復したわけではないと思います。できる範囲を披露したという感じでした

  「会場から温かい応援をいただいておりまして、羽生も、勇気をもらえたのではないでしょうか。ファンの方々と、喜びを分かち合えているのが、とてもよくわかりました。見守られ、励まされ、また新たな気持ちになれたのではないかな」

 アイシングしていた様子は、今回のテレ朝チャンネルの放送でも映されていて、これを見てファンも心配していたようですね。ただ、FaOIの「全公演出演」も発表されましたし、あのアイシング自体は「ルーティン」ではないかなと思っています。むしろ、ジャンプを跳ばないショーであってもしっかりアフターケアをする、彼が自分の身体を大切にするということは、我々ファンのことを大切に思ってくれていることも意味します。個人的には嬉しく感じました。

 平昌五輪での羽生君についての先生の論評は、すでに他のメディアでも読んでいるので今回は割愛するとして、インタビューの最後のやり取りが印象に残りました。

 都築先生は、かつて羽生君が幼い頃に、「芸術家になりなさい」と語りかけたそうです。そして、今は次のようにお考えのようです。

  「文化というレベルまでフィギュアスケートを高めてもらいたいと思っています。そういうものを彼には追求してもらいたいし、挑戦し続けてもらいたい。この間会ったときは、期限については言わなかったですが、『もう少し、スケートは続けるよ』とは言っておりました。彼の持つ欲望は、挑戦をやめないという宣言ではないかと思います」

 「文化というレベル」というのは、大きな実績を残したマイナースポーツの競技者がよく言いますよね。私の記憶では「なでしこJAPAN」のどなたかがそう語っていた記憶が、瞬間的に頭に浮かびました。

 私見ですけども、私が考える「文化のレベル」というのはシンプルで、「より多くの人にとって、それが生活の一部になること」だと思っています。試合やショーがあればテレビをつける。ヤフーニュースにフィギュアの話題がなくともSNSでなんとなくつぶやく。ショーや試合の会場に足を運ぶ。

 よく、「羽生が引退したら、フィギュアブームも終わり」と言う人がいますが、たしかに私自身も「ゆづファン」というのは、平昌五輪の頃は、「これまで応援してきたファン」のことだと思っていました。

 だから、実を言うと、「ぴょん落ち」という方々がいたことにかなり驚いているのです。「なんで今まで知らなかったの?」って感じですし、そう考えると、いつ誰がハマるか分からない。もちろん、都築先生がおっしゃるように、羽生君が「特別なプロジェクト」をすることも大切だと思いますが、若手選手がどんどん彼に続いてくれて、スケートに打ち込めること。スケーターたちを我々がなんらかの形で応援しつづけること。そんな関係が「継承」されることも、「フィギュアスケートが文化となるため」に必要な要素なのかなという気がします。
 
 (2)ブライアン・オーサー 名伯楽の思い

 取材は野口美惠さん。最近、野口さんってブライアンにインタビューできてるの?と、心配していたんですが、新しい情報が含まれていました。2つご紹介します。

 まずは、羽生君が1月に氷上練習を再開した時の状況について。

  「ケガが再発しないよう、4回転ジャンプの本数は制限していました。結弦は若く、そして挑戦心に溢れているので、こんなケガを抱えた状況でも、ジャンプをたくさん練習しようとします。調子が悪い日にがむしゃらに練習したら、NHK杯と同じ悲劇が起こります。ですから私たちコーチは、結弦がうっかりたくさんジャンプを跳んでしまわないよう、彼のコンディションをよく見極めながら本数制限をしていました

 平昌オリンピックの公式練習で、ブライアンとブリアンがリンクサイドで練習を見ていたように、1月のクリケットのリンクでも、「監視の目」を光らせていたのでしょうね。ケガによるブランクを猛練習で埋めたいと思う競技者と、それにブレーキをかけようとする指導者という構図。ただ、昨日の記事でご紹介したソチ直後の羽生君の「身体のケアについての見解」を思い返すと、いくら「無茶した前科」のある彼であっても、今回は大事な試合ですから、「うっかりたくさん」という気持ちは起こらなかったのでは?と思います。

 もうひとつは、17-18シーズン前の「準備」の部分です。

  「結弦の勝因は、なんといっても、シーズンの早い段階から仕上げていたことに尽きます。まだ昨年夏のことですが、結弦とハビエルとは『夏のうちに練習を貯金しておくこと』を話し合いました。そうすることで、ケガや何かしらのハプニングがあって練習を休み、氷から離れて過ごすようなことがあったとしても、練習の貯金が使えるのです

  「オリンピックシーズンは誰もが普段以上の緊張感のなかで過ごし、無理もしますから、通常のシーズンよりもケガをするリスクが高いのです。これは私の長年の経験上、多くの選手を見てきてそう感じています。ですから夏にいったん仕上げておいたことが、彼の何よりの心の支え、自信になっていたことでしょう」

 これを読んでふと感じたのは、エテリコーチにはこういう発想は無かっただろうな・・・ということですね。「出る試合は全部勝ちなさい」「強い者が勝つのです」という調子で。後輩からの突き上げもある。

 メドちゃんは、羽生君と同様にNHK杯の時から明らかにおかしくて、大阪で精密検査をしていましたよね。その後、休んだのはGPファイナルとロシアナショナルだけで、年明けのユーロは出場しました。練習再開時期と、練習量はどうだったのか。チームも移籍したし、本人も「悪口は言いたくない」と語っていましたが、この辺りの事実も今後明らかになるかもしれませんね。

 (3)吉岡伸彦 4回転半の可能性

 最後に、吉岡さんのインタを。「羽生君の4A挑戦」については、地上波番組でも吉岡さんの見解は紹介されていましたので、省略します。

 一点だけ、男子と女子の比較で興味深い発言があったので、ご紹介します。

  「男子のトップクラスの選手はみんな、これがいいフィギュアスケートだ、というのを目指しているように見えます。ただ女子、特にロシア勢はどうなのか。アリーナ・ザギトワの演技を見たときに思ったのは、あのプログラムは高得点を取るための要素を全部寄せ集めたものなのではないかということです

  「もちろん、現行のルールのもとで勝つために何をすべきかを研究して、それに合わせて作ったという意味では正しいんです。ノーミスだからジャッジも点数を出さざるを得ない。でも、そうやって寄せ集めたのは、本来のいいフィギュアスケートとは少しずれてしまった、フィギュアスケートに似た何かになってしまったような気がしてなりません

 もし、平昌五輪の男子で優勝したのがネイサンだったら、「男子のトップはみんな、いいフィギュアスケートを目指している」と吉岡さんはおっしゃるのか、女子で優勝したのがメドちゃんだったら「寄せ集め」と言えるのか、そこはやや疑問です。

 ただ、ザギちゃんは、ジャンプ全後半というだけでなく、あのせわしない振付によって「寄せ集め感」を覚えてしまうのは否めません。エテリ組の他の選手もジャンプは後半集中型でしたが、すべての選手に「寄せ集め感」があったかというと、少なくとも私はそういう印象は無かったです。

 そもそもここ数年の女子シングルは、「勝つために3Aは必要ない」ことから、4回転必須の男子と比べたら「完成度重視」と言われていたはずなんです。でも、ジャンプの技術的な部分は3回転+3回転で頭打ちになっていたことから、「エテリ組のスタイル」が「頭ひとつ抜け出すための優位性」となり、他方で、クワドの種類・本数で選手によって幅(個性)の生まれた男子よりも、女子の方が「画一化」したように見えてしまいました。

 ルール改正によって、GOEの11段階制導入と、ジャンプ後半化への制限が新たに付け加えられると言われています。もしかりに、女子がジャンプのGOEをもらうために、今まで以上にジャンプにタノが必要になる事態になったら、嘆かわしい限りです。そうなってもらわないでほしいですね。

 そこにくると、やはりクリケット移籍後のメドちゃんがどんなプログラムを滑って、どんな評価を得ることになるのか、ひとつの基準になるような気がします。

 では、また明日!

 Jun

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brian

 icenetworkに、メドベ移籍について、フィリップ・ハーシュがブライアンに取材した記事がアップされました。

 すでに全訳をアップしている方もいるんですが、細かい所が気になるので、自分の手で日本語に直してみました。もちろん、我流の意訳です。まず、事実関係を含めた移籍の経緯は以下の通り。

 ・2018年4月2日、ブライアンの元に、メドベから「指導を受けたい」という主旨のメールが届いた。「信じられないことが起きた」と、すぐにトレーシーと相談。

 ・4月にブライアンが、アイスショー(Ice Fantasia 2018、4/20-22)の「ディレクター」として韓国を訪れるので、その際に「個人的に相談をしたい」とのこと。ちなみに、そのショーにはメドベもゲストとして出演。

 ・4月22日、ブライアンは、メドベと彼女のお母さんのジャンナと会合。メドベは「私は変わりたい」と語っていた。ブライアンは、メドベに対して、「キミを、いまのスタイルを守り続けるのではなく、前進させることに力を注ぎたい」と応答。それ以降、メールで連絡を取り続けている。

 二人の間の具体的な会話、およびブライアンが感じたメドベに対する印象、これらを記事からピックアップしてみました。

 「大切なのは、彼女自身が、自分のスケートについて発言権を持つということなんです。だから、音楽について、進むべき方向性について話し合いました。以前の彼女にはそのような『贅沢』が許されていなかったようです。スケートはこう滑りなさい、スピンはこの順番で、このポジションで、そんな感じだったと彼女は語っていました」

 「彼女は、スケートに対する情熱を失っていないし、オリンピックで勝つことがゴールだと語っていたのが印象に残っています」

 「ただ、私が彼女に言ったのは、オリンピックで金メダルを獲るまでに、すべての試合で勝ち続ける必要はないんだと。これは、彼女の目標を知っているすべての人たちに向けたメッセージでもあり、これが私たちの目指しているものです」

 「彼女は、心に激しさを持ったアスリートです。信頼できるし、ヨナのように気持ちも強い。私が彼女に言ったのは、まずは健康でいるということ。だからトロントに来ても、数週間は氷上練習をする必要はないし、それが良いと思います

 「彼女は自分を一から作り直そうとしている。たくさんのタイトルを獲ってきたけど、それは氷山の一角であって、彼女はまだまだもっとできると私は思っています」

 「(フルッツの矯正について)ベストを尽くします。すでにチェックしていますが、ごまかしたり、隠したりするつもりはありません。簡単なことではないですが、彼女はこのことについてもオープンですし、変わろうとしています

 彼女の指導はブライアンとトレーシーで、そして振付はデイヴィッドが行うとのこと。羽生君にもすでに知らせているようです。

 さて、ネット上では「想像力豊かな意見」がいっぱいで「感心」してしまうんですが、まず単純に、「過去の栄光」を全て捨てる覚悟で、クリケットの門を叩いた彼女の決断を評価したいです。

 たしかに、エテリの所に残っていても、例の暗い感じのプログラムで、後半ジャンプにタノ付きで、ジャンプ自体も「どっこいしょ」のままで、というのは変わらないでしょう。

 逆に、ブライアンの指導を受けて、デイヴィッドの(できれば明るい曲の)プログラムを滑って、上記の問題がクリアされるのであれば、どんなスケーターとして変貌するのか?という所は、純粋に興味があります。

 「移籍」という言葉だけを聞くと、例えばサッカーで、現所属チームで干されていた選手が出場機会を求めて別のチームへ、という事例が頭に浮かびます。ただ、今回のケースは、新しい監督がやってきて、チームの中心選手を、彼がいままでプレーしたことのないポジションにコンバートしたことで、その選手が覚醒する、そんなワクワク感にも似ています。マンチェスターシティの監督にグアルディオラが就任して、デ・ブライネやフェルナンジーニョが、「こんな凄い選手だったの?」と世界を驚かせるような変貌です。

 しかし、ヨナやハビや羽生君のケースと違って、メドベはすでに世界的実績を挙げている選手で、実際にどう変わるのか、そしてその変化をジャッジがどう評価するのか、超えなきゃいけないハードルは高いでしょうね。

 ただ、本人がこれだけやる気だし、しかもブライアンもやる気になっている。やっぱスポーツはこうじゃなきゃ!と、新シーズンが楽しみです。

 では、また明日!

 Jun

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yuzu

 先日、織田君の本をレビューした際に、バンクーバーでの真央ちゃんとヨナの闘いを振り返る意味で、自分の記事を読み直していました。

 すると、やっぱり、五輪本番でのブライアンの「振る舞い」や「かける言葉」が素晴らしいなと改めて感じました。

 平昌五輪が開幕すると、これからテレビで、いろんな専門家・識者が、「五輪は特別!」とまくしたてることでしょう。でも、誰よりも信用できて、誰よりも頼りになるのは、ブライアンにほかならないと思います。

  「私(ブライアン)とデイヴィッド(・ウィルソン)は、不安や緊張をヨナに見せないように気をつけていました。コーチとしては、自信にあふれ、いつも通りである必要があります。おかしなもので、コーチのほうこそオリンピックというストレスが高い状況に置かれて、突然、普通でなくなるケースがあるのです。いつもと違うふるまいをしたり、アドバイスしすぎたり、妙にそわそわしたりするコーチもいます」

  「しかし私は、いつも通りにふるまいました。必要以上に落ち着くのではなく、いつも通りに落ち着くようにするのです。いつもと同じような立ち話をして、笑ったりしました。そのために、私は自分のボディランゲージに気を配っていました。ちょっとした隙に見せる手や表情の動きこそ、いつも通りであるべきです。そうすればヨナも、すべていつも通りだと感じます」

  「・・・選手廊下で一緒に出番を待っていると、彼女は突然立ち上がってカーテンをくぐり抜け、会場へと出ていくのです。私が『時間だ行こう』などと言うのではありません。ヨナは自分で責任を持って、出発するのです。私は彼女の目をじっと見ているだけでよかったのです。ですから、普段、競技前に私がかける言葉も、それほど多くありませんでした。オリンピックでも同じです。私は『何をなすべきかわかっているね』と言い、ヨナは『準備はできてるわ』と答えました。ハイタッチしたり、『GO! GO!』などと叫んで励ましたりはしません」



  「ヨナにとっては、そういった派手なことは少ないほうがいいのです。ただ落ち着いていればいいとわかっていたので、オリンピックだからといって特別なことを口にすることはありませんでした。もちろん、私たちはこれが世界最大のイベントであるとわかっていました。だからといって、選手には非常事態だと思ってほしくないのです。『日常』か『非日常』かでいえば、『日常』です。そのために私たちは毎日トレーニングをしてきたのであって、その準備を3年半もかけて整えているので、予想外のことが起きる隙もないです」(『チーム・ブライアン』125~128頁)

 ブライアンとの対談でも、羽生君は、ソチ五輪での演技直前の様子を語っていました。

  「試合までの日々で一番印象に残っているのは、ブライアンがリラックスしていたことです。本当はオリンピックになると絶対に僕も緊張するだろうし、ブライアンも緊張するのだろうと思っていたんです。でもブライアンは変わらなかった。だからこそ、ブライアンを信用しきって演技に出ていくことができたと思います。ブライアンが緊張したり、気合がいつもと違っていたりしたら、それは僕に伝わってしまいますから、会場で感じたのは『ああ、いつも通りだな』っていうこと。ブライアンには、すでに自分の生徒に金メダルを一度取らせているという安定感もあったし、とにかく心強かったです。自分の名前をコールされたら、いつも通りに握手して、しゃがんで手をダンダンってやって、出ていくだけ(笑)」(『チーム・ブライアン』28~29頁)



 羽生君がこうやって五輪に向き合うのだから、我々もそれに倣って、「いつもの試合と同じだ」と思って、いつもと同じように応援をした方が、「良い念」を送れるかもしれませんね。

 では、また明日!

 Jun

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 2017年10月2日発売。記事自体は見開き2ページのみで、野口美惠さんのオータムレポートと、ブライアンのインタビューで構成されています。

 私が「これは知らなかった」という点は、今回のオータムでのショートに臨むにあたって、「(ヘルシンキの)世界選手権のフリー(の精神状態)を参考にした」という部分です(66~67頁)。

  「ショートが行われた日の朝の公式練習では、三つすべてのジャンプをミスするボロボロの状態だった。しかし、羽生は落ち着いていた。『スケート人生のなかで100回以上試合をやっているので、自分がどういう時にいい演技ができたのかを振り返り、世界選手権のフリー(の精神状態)を参考にしました』」

  「昨季の世界選手権ではショートで5位と出遅れながら、フリーでは、『(世界最高の)110点や220点にとらわれず、一つ一つの技に集中しよう』と考えることでパーフェクトな演技。逆転優勝を飾っている。同様に、オータム・クラシックのショートでも、記録は考えず一つ一つの技を丁寧にこなすことに集中してパーフェクトの演技を見せた

  「こう振り返る。『世界選手権を参考に試した集中の仕方がしっかりとハマりました』

 →→私自身も、比較すること自体がおこがましいですが、TOEICという2時間の英語の試験を受けていると、前半100問(45分)のリスニングで手応えがあると、「こりゃ、今回いい点が取れるぞ!」とスコアを意識しすぎて、後半100問(75分)のリーディングに入って「解答の見切りが悪くなる(決断力が鈍る)」ことで無駄に時間を浪費し、結果的に誤答しまくったことが何度もあります。月曜日に発表された9月のテスト結果もそうでした。

 逆に、前半が爆死気味だと、「どうせここからどんなに頑張ってもベストスコアは出ないから、後半は一問一問楽しく解いて、しっかり解ききって、帰ってビール飲むぞ!」というノリで挑むと、リーディングの出来が良かったりするのです。

 こんな部分まで、ゆづの影響を受けてどうすんだ?という気もしますが、好きなんだからしょうがないじゃないですか(汗)。

 さて、AERAの記事に話を戻して、オータムのフリーでの精神状態は?というと、「雑念」という言葉が報じられているように、急遽ジャンプ構成を変更したことが、「力を出し切れなかった」原因にあるようです。

  「『できることを全て出し切っているジャンプ構成ではないので、“もっとやりたいなあ”と思いながら演技していました。4回転ループもやればよかったかな、4回転ルッツもできるのにな、と。いろいろ考えた時点で、集中力はどこかへ行ってしまいました』」

 →→ただ、フリーに限らず、ショートだって、今回は最高難度の構成だったわけじゃないし、単純に「慣れ」の部分も大きいと私は思います。

 ショートでは冒頭を4Lo→4Sに「落とした」わけですが、そもそも15-16シーズンは、最初のクワドはずっと4Sだったわけで、一方、SEIMEIの冒頭を3Lz(あるいは3Lz+3T)にして試合で滑ったことは一度もないし、本人も納得していない構成なので、バシっとハマってくれなかったのでしょう。

 ただ、そもそもなんで前半をトリプルに変更したのかというと、右膝の件は後述するとして、今回のフリーにおける最重点ポイントとして、「後半にクワド3本降りる」ということを目標にしていたはずです。

 でも、つくづくフィギュアスケートはメンタルスポーツで、前半の崩れを修正できないまま、そんな目標はどこかへ行ってしまったのかもしれません。

 さて、ブライアンのインタには、特に目新しい発言はないです。一点だけご紹介すると、ショートの記録更新の理由は、一言で、「休んだこと」と言ってますね。

  「結弦にとっては、『身体を休めることに罪悪感を感じなくていい』という経験になったはずです。右足に違和感があったので、試合直前は普段の練習をしませんでした。それでも最高の演技ができたのです。しっかり準備してあれば、数日休んでも身体が反応してくれるのです

 →→このブライアンの話を聞く限り、右足はそんなに重症には思えないんですよね。ところが、羽生君はフリー後の会見で、棄権の可能性にも言及していました。

 この東京新聞の記事(クレジットは共同)を改めて読んでみると、「一週間練習できなかったから、棄権を検討した」という主旨なので、怪我がどれぐらい重いのかという部分は不明ですが、「準備不足では試合でベストパフォーマンスを披露できない(から棄権したかった?)」ということなのかな、という風にも読み取れます。あくまでも「一つの読み方」です。

 しかし、羽生君のバラ1もSEIMEIも「並の」フィギュアスケートの演技とはちょっと次元が違うプログラムです。最近、ジュニアの試合を片っ端から見ていると、毎日羽生君の動画を見ていた頃よりも、彼の演技がいかに人間離れした恐ろしいレベルなのかがよく分かります。ジャンプの高さ、幅、入りの部分、降りの部分もそうですが、スケーティングスピード、つなぎの複雑さ、一つ間違えると、すべてが崩れてしまうような、非常にリスキーなプログラムなんだなと痛感します。

 分かりにくい例で恐縮ですが、将棋で言うと、ともに藤井聡太四段に快勝した、菅井竜也王位と佐々木勇気六段という、若手棋士がいます。二人の棋士がいま強い理由の一つに、それぞれ新戦法を開発したことがあって、「菅井流6手目3二飛戦法」と「横歩取り勇気流」ってのがあるんですね。しかし、

  開発した本人はその戦法で勝ちまくっているが、他のプロ棋士がその戦法を真似して実戦で指してもまったく勝てない!

 少しでも間違った手を指すと、一気に形勢が悪くなるという非常に繊細な戦法で、それだけリスキーな戦い方なんですね。

 リスクを冒さないとそれだけのリターンは得られない。当然ながら、羽生君は、この超高難度のプログラムを遂行するにあたって、怪我のリスクも、他のスケーターと比べて数段高くなる。ハラハラ、ドキドキさせられますが、それを分かったうえで、応援していかなきゃなと思いますね。

 では、また明日!

 Jun

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hana

 「羽生、横浜でアイスショー 震災11年の拠点リンク『1つ1つを胸に抱いて』」(デイリー 2017/8/16 14:33)

 やや意外なセレクションではあるけど、この場所で演じることを考えたら納得ですね。あと、けっこうゴツくなってるはずなので、よくこの衣装入ったなぁ・・・と。

  あと私の想像ですが、24時間テレビの収録は、どうやらこの日の東神奈川のリンクではなく、「別の日に別の場所を貸し切って」という段取りになっているような・・・。これだけ報道陣が入っていると、さすがに一度にというのは、ちょっと無理なような気がします。

 さて、今日の本題です。バラ1でも「応援企画」はやったので、当然ながらSEIMEIもやらないわけにはいきません。羽生君は、バラ1を「14-15」「15-16」の2シーズン演じましたから、企画自体は16本もの記事になってしまいました。

 ただ、SEIMEIは「15-16」の1シーズンのみだったので、その半分の8本程度に収まればいいなと思います。17-18シーズン初戦のオータムクラシックまでには間違いなく終われるはずです。

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 まずは、『300点伝説』から見ておきましょうか。小見出しに「細部までこだわるユヅル」と題された部分では、15-16シーズンの新フリープログラムを作るにあたり、選曲の話よりも、羽生君の特徴とシェイ=リーンとの相性についてブライアンは触れています(103~104頁)。

  「ユヅルには、彼独自のジャンプへの助走と構えのタイミングがあり、そのユヅルにとって快適なタイミングをとても重要視しています。ステップからの4回転だとしても、そのステップのスピードやカーブの角度は、ユヅルのなかで理想が確立されています。こういったトップ選手ならではの“こだわり”を共有できる振付師でなければなりません」

  「振付師には、自身が芸術家肌で、選手の動きよりも振付師としてのインスピレーションを優先するタイプがいます。そのほうが最終的には芸術的な作品に仕上がるケースがあるのは事実です。しかしユヅルの場合は、彼自身が自分の感性を大切にしていますから、自分が自然に呼吸をし、音楽に気持ちを乗せて滑る必要があります。そういう意味で、シェイ=リーンはユヅルの動きを理解できますし、ユヅルもシェイ=リーンが試す動きを理解できるので、最高のコラボレーションが生まれるのです」

  「“助走に入って、ターンをして、膝を曲げて、トウをついて、跳びあがる”という一連の動作には、ユヅルなりの呼吸とテンポがあります。音楽のピッチとユヅルの心拍が合わないと跳びにくくなります。逆にテンポが合う曲ならユヅルは音楽を口ずさみながら自然に4回転を跳べますし、見ている人からすればジャンプと音曲が一体化したように見えるのです。ほとんどの選手は、こんなに細かいことまで考えて曲を選びません。ユヅルは細部までこだわる選手なのです」

 「芸術家タイプの振付師」といえば、舞依ちゃんと花織ちゃんの振付を担当した、ブノワ・リショーさんが今では真っ先に挙がるでしょうか。たしかに、「アメリ」のようなパントマイムを、あの羽生君が「はい、わかりました」と受け入れる姿は、ちょっと想像できない(笑)。

 そして、改めてこのブライアンの説明を読み直してみると、不勉強な記者が「リサイクル」の一言で片付けてしまうような、表面的な中身ペラペラな理由で「SEIMEI再登板」に踏み切ったとは、とうてい考えにくい。さらに、「世界最高得点を出したから」「ジャッジ受けがいいから」というのも、どうもその決断の本質にはないように感じます。

 「自分が自然に呼吸をし、音楽に気持ちを乗せる」「テンポが合う曲なら音楽を口ずさみながら自然に4回転を跳べる」という部分を逆に考えてみると、そうじゃない曲なら、クワドの精度が落ちることを意味するわけです。

 となると、昨季フリーよりも、クワド5本を含む技術的な進化を最優先に考えると、SEIMEIをバックにすれば、それを達成できる確率は高くなる。

 もちろん、「五輪連覇」の意欲も羽生君は述べているわけですが、彼の性格から考えると、結果的にそうなればハッピーだけど、「自分自身が技術的に成長できること」に重きを置いている。だからSEIMEIしかなかったのだと。そう私は推測します。

 SEIMEIのアイデアは羽生君自身が考え、ブライアン、トレーシーおよびシェイ=リーンのところに音源を持ってきたといいます。ブライアンは、曲の印象と、プログラムが出来上がっていく様子について、次のように回想しています(104~105頁)。

  「私たちの選択肢に入らない日本の曲を提案してもらうのは、とても嬉しいことです。私はこの曲を聞いた瞬間から、すぐに好きになりました。ユヅルとシェイ=リーンはクリケット・クラブで振付をしたので、徐々にプログラムが完成していく様子をチラチラと横目で見ていたのですが、目に入る度にゾクゾクしました」

  「『これはきっと……傑作になるぞ』。いままでにまったくユヅルが見せたことのない世界観が、そこにはありました。ドラマティックで情熱に任せる踊りではありません。静寂や荘厳さを感じさせながらも、底知れない強さを滲ませる。新たな世界観です。明らかにこれまでとは違う動きのアイデアがちりばめられているのですが、ユヅルは上手にそれを自分の動きに消化させていきました

  「・・・一般論的には難しすぎる曲でした。はっきりとしたメロディが少なく、打楽器のリズムが主軸です。ドラマティックで有名な曲なら、たとえミスがあっても音楽が演技を助けてくれるのですが、そんな期待は一切できません。だからユヅルそのものが音楽になる瞬間を待つしかありません

  「・・・優れたスケート選手であれば、スケーティングそのものが音楽になるのです。わかりますか?滑っているだけで、その人の全身から音楽が聞こえてくるのです。逆にスケーティングの下手な選手であれば、結果は悲惨です。音楽もプログラムも飽き飽きしたものに感じられ、下手な技術が目立ってしまいます。ともあれ、最初は苦しんでも、いずれは傑作になるプログラムでしたから、これはユヅルにピッタリだと思いました

 別の部分で、ブライアンは端的にこう表現しています(108~109頁)。

  「ユヅルのフリー『SEIMEI』は、ハビエルとは正反対です。張りつめたような緊張感とスピリチュアルで美しいスケーティングがあります。ユヅルはまるで、そのプログラムのなかで呼吸しているかのように、音楽の鼓動とユヅルの心拍が一体化していきます。・・・ユヅルは音楽の一部として生きる

 この本が出た時期(2017年1月31日)から、SEIMEIの話というのはあまりに遠く、私も初見の際はサラっと読み流していました。

 しかし、このプログラムを五輪に向けてぶつけると分かったいまでは、やはり「引っかかってくるもの」が違います。ブライアンが特に力説しているのは、「羽生君とSEIMEIの相性」という部分。この点を表現を変えて、繰り返し述べています。

 おそらく当時の練習中のジャンプの精度の高さからも、ブライアンは「音楽との一体感」がより印象に残っていたのではないかと。私はそんな想像をめぐらせています。

 じゃ、本人はどう感じていたのか?次回は、プログラムを作る過程における羽生君の発言を関連書籍からピックアップしてみます。

 では、また明日!

 Jun

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