On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:佐野稔

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 今回もクワドラプルの続きです。バックナンバーのレビューは「こちら」で。

 今日は、佐野稔先生のロングインタビュー「平昌五輪男子シングル金銀獲得に寄せて」(48~51頁)をご紹介しましょう。

 (1)「戦略」の勝利

  「これだけ多種類の4回転が跳ばれるようになった今でも、まだ羽生選手の記録は破られていないわけですよね。肉薄している選手もいない。・・・僕の計算では、4回転ジャンプはサルコウとトウループだけで十分勝負できると考えていました

  「公式練習で(4Loを)跳んだのも1回で、その1回も、なんとか跳べたという感じでした。(フリーの前々日に、記者から4Loを跳ぶか聞かれて『はい』と答えていましたが)おそらく、本人は4回転ループは跳ばないと決めていたと思いますよ。『はい』と答えたのは、もしかしたら戦略だったかもしれない

  「(ほかの選手に)現状を知らせないことによって、いろいろな意味で憶測が生まれるだろうし、ライバルに『どうなっているんだろう』と思わせる。プログラムで何をやるのかも謎めいていました。本人は『フリーの朝に決めた』と発言していましたが、おそらくあれはけっこう前から『これでいこう』という話だったのではないでしょうか。逆に言うと、それしかできないというのも実情だったのでしょう。僕たちは彼が痛み止めを飲んでいることは知らなかったし、回復してしっかり練習を積んできているという前提で考えていました。でも、じつは4回転の練習ができるようになってから非常に日は浅かった。そういう意味での戦略面も見事だったと思います

 →→この部分を、ジュエルズの最新号(Vol.08)の羽生君のインタ(46頁)と照合してみると、4Loはもともと跳ぶつもりだったが、「実際に跳べたのは移動する前の日だった」と明かされていますね。さらに、かりに4Sと4Tの2種類だとしても、ハビには勝てる計算だったが、ネイサンに関しては、「ラファが緻密に計算する人だから、4Loを構成に入れるかどうか悟られないようにした」とも答えていましたね。ただ、羽生君は2種類を完璧にミスなく跳べたのは、今までの頑張りがあったからこそ、とも語っています。

 そのネイサン陣営も、五輪でのジャンプ構成にネイサンママが口出ししていた云々という話が明らかになって、「対・羽生」ということでチームがまとまれていなかったようです。そもそも羽生君の怪我も予想外のアクシデントでしたが、やはり4年に1度のこのビッグイベントに、すべてを完璧に合わせるというのは本当に難しいですね。

 (2)ジャンプ自体がアート

  「今回のフリーに関していえば、最初の4回転サルコウ、それから次の4回転トウループも、それほど複雑なことをやっているわけではないんです。ただ、ジャンプそのものの完成度がズバ抜けていました。いろいろなことをやっているわけではないのに加点3が付くというのは、とんでもないことなんですよ

  「羽生選手のジャンプは、着氷姿勢で力を使っていないんです。すーっと流れていく。ジャンプの回転も揺れない。あれが軸の正確性というところだと思っています。そばで見ていたジャッジも、ジャンプそのものが本当に優雅で、もう芸術と言ってもいいところまで昇華していると感じたのでしょう。ジャンプを跳ぶこと自体が芸術的だと言っていい

  「ジャンプは技術的な部分かもしれませんが、動きそのものはアートですよね。そうでなければ、あそこまで加点3は並ばないと思います。それだけジャンプを自分のものにしているというところがすごいです。ほかの人は真似できないし、今後も330点という点数は簡単には出ない。・・・新シーズンからルールが変わりますから、330点は誰にも破られずに永遠に残るのではないでしょうか

 →→さすが、日本男子のジャンプの先駆者だけあって、羽生君のジャンプの質を高く評価していますね。

 フィギュアスケートにおける「技術と芸術の関係」は、CiONTUのトークショーでも、羽生君にとっての重要なテーマでしたが、「羽生結弦というスケーターは、技術の高さが、もはや芸術の域に達している」というのは、ストンと分かりやすい説明です。

 もちろん、これを羽生君が自認するわけにはいかないですが(笑)、やはり稔先生は心強い応援団だなと。今後、大人の事情を忖度して多少発言がブレることがあっても、温かく見守りたいと思います。

 (3)「バラ1」はゆづのための曲

  「それ(音楽表現)も羽生選手ならではのすごさですね。『バラード第1番』を聴くと、『本当にフィギュアスケートで使えるのかな?』と思うような難しい曲なんです。その曲に乗ってあれだけのことをやってのけるわけですから、本当に……。あの『バラード第1番』という曲自体が羽生選手のために作曲されたかのような錯覚さえ覚えてしまいます

  「激しいパートと緩やかなパートがあるなかで、その曲調をステップで表現したり、あらゆるエレメンツを駆使して曲に合わせています。なかなかあそこまでやりきれる人はいませんね」

 →→「SEIMEI」の、フィギュアスケートの楽曲らしからぬ「難解さ」は、愛蔵版ブックのレビューで私も指摘しましたが、稔先生は「バラ1」も「難しい曲」とおっしゃっていますね。

 それにしても、「羽生選手のために作曲されたかのような錯覚」とは、これ以上ない賛辞ですね。計3シーズン滑ったこともあり、平昌五輪でもノーミスでしたから、プログラムの完成度という点では、やはり「バラ1」の方が「SEIMEI」よりも上回ると、私も思います。

 ただ、あまりにも完璧すぎて、羽生結弦というスケーターの「ワイルドさ」というか「ハラハラさせられる部分」を恋しく思う自分もいます。おそらく今季もSPはジェフだと思いますが、選曲はもちろん、ジャンプ以外の部分でも「バラ1とは違った意味で超難解なプログラム」を準備してくれるはずだと期待しています。

 (4)仙台時代の思い出とCiONTU

  「僕は仙台で2年間だけ教えていたことがあるんですが、そのときに羽生選手のお姉さんが僕のクラスにいました。それで、彼がフィギュアスケートを始めるきっかけになったのが僕だということなんです。・・・当時の羽生くんは、リンクに来て泣いてばかりいたことを覚えています。その後、ノービス時代には目立った存在になっていました。・・・成長はずっと見てきました。それはそれで楽しみにはしていたんですよ。でもまさか、こんなにすごくなるとは思いもよらなかったですね

  「僕がアイスショー(『ビバ!アイスワールド』 ※現在の『プリンスアイスワールド』)を始めた頃は、フィギュアがゴールデンタイムに放映されることなんてなかったんですよ。マイナーなスポーツでしたから、メジャーにしたい、少しでも底辺を広げたいと思ってアイスショーを始めたんですよ。それが今や試合の放送はゴールデンタイムで、チケットも獲れない。国民の大きな関心事になっています。自分が生きている間は、こんなことにはならないと思っていたんです」

  「縁の下の力持ちで、自分が忘れ去られた頃にそういうことが起きればいいなと。まさかこんなに早くフィギュアスケートが親しまれるようになるとは、夢にも思っていませんでした。これはものすごい変革ですよ

 →→「いまのフィギュア人気は、羽生人気。羽生が引退したら終わり」などと、普段の生活でフィギュアスケートに1円もお金を落とさないような連中ほどよく言いますが、これは我々ゆづファンであっても、悩ましい問題です。稔先生がおっしゃっている「変革」が打ち上げ花火的なものであってはいけません。

 村上大介君が引退を表明し、須本君がジュニアに留まることになり、日本男子のシニアの選手層はしばらく流動的になるかもしれません。

 CiONTUの成功で、羽生君がプロに転向しても、おそらく彼の出演するアイスショーが全公演完売という状況は変わらないと思います。ただ、フィギュアスケートの競技人口(とくに男子選手)の維持・拡大を考えるなら、「世界で勝てる選手」をコンスタントに輩出する必要がある。そのためには、有望な若手選手に光を当てて、一人でも多くの人に知ってもらうことが大事です。

 私も微力ながら、ブログを通じて若手選手を積極的に応援していけたらなと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 キスクラのレビューの続きです。バックナンバーは「こちら」で。

 (3)「羽生結弦プロデュースアイスショー」(CWW、44~53頁)

 写真の内訳は、黒パリ(1ページ)、ツィゴイネ(3ページ)、黒Tシャツ(2ページ)、白Tシャツ&フィナーレ衣装(2ページ)。主役は完全にツィゴイネですね。

 CWWの愛蔵版ブックと見比べていますが、愛蔵版の方は「羽生結弦写真集」という作りではないので、こちらはこちらで買っておいても良いと思います。もしかすると、ジュエルズのフォトブック(17-18年版)が夏頃に出れば、CWWの写真が入っているかもしれませんね。

 テキストは、ショーのレポート、質問コーナーやトークショーの抜粋、ジョニーとのトーク、そして、佐野稔先生のスペシャルインタビューが収録されています。稔先生のインタから、興味深かった発言を引っ張ってみます。

  「“羽生結弦という存在”は唯一無二だと思っています。これから先、もう出てこないと思っています。それは、伊藤みどりもそうでしたね。僕は伊藤みどりが現役だった時に、“100年に1人の選手”という表現を何度もしましたが、やはりまだ彼女の代わりは出ていないですよね。そして羽生選手も“日本で”ではなく、“世界で”100年に1人の選手なんです。それだけ彼はすごい存在なんです

 もし、羽生君が仙台にずっと留まっていたら、五輪連覇を成し遂げるほどの選手になっていたでしょうか?

 もちろん、とびきりの逸材であると同時に、世界最強のチームに、最高のタイミングで移籍できた運と縁、そして本人の決断力というのも大きいと思います。そこが、みどりさんとは違います。ジュエルズの城田さんの連載(Vol.04)をお読みの方は、「わたしは田舎者でけっこうです。名古屋を離れたくない」と、みどりさんが東京にすら行きたがらなかったエピソードをご存じかもしれません。

 でも、私は、「だから、みどりさんはダメなんだ」と言いたいのではなく、彼女の場合、それが1980年代の話で、チャンスに恵まれなかった部分はあるかもしれません。一方、羽生君の場合、城田さんはすでに荒川さんや本田さんを海外に送り込んだ実績があり、この両先輩の苦労を把握していたからこそ、羽生君をお母さんと二人で行かせて、結果的にうまくいきました。

 もうひとつは、CWWの裏話です。

  「僕が出演の打診をもらったのはかなり前ですが、正式に決まったのは平昌冬季オリンピックが終わってしばらく経ってからだと記憶しています。その時は、滑ることはできないけれど、挨拶するくらいならいいかなと思っていました。・・・しかし、打ち合わせを進めていくうちに・・・僕も『1分くらいなら滑れるかな』とだんだん気持ちが盛り上がってしまったんです(笑)。やはり羽生選手から『ちょっとでもいいから滑ってほしい』って頼まれるとね。断れないですね(笑)

 そうだよなぁ・・・平昌五輪前から準備していなければ、とてもじゃないけど間に合わないよなぁ・・・と納得しました。ただ、連覇できていなかったら、いや、そもそも五輪に間に合っていなかったら、このショーはどうなってたのか?・・・まぁ、今になってマイナスなことをあれこれ考えても生産的ではないし、これで良かったということで。

 他にも、おそらく皆さんも知らない「アッと驚く秘話」も語られていますので、ぜひ目を通されることをオススメします。
 
 (4)「プレーバック 17-18シーズン」(平昌五輪、54~81頁)

 写真の内訳は、SEIMEI(8ページ)、バラ1(2ページ)、黒の練習ウェア(5ページ)、スワン(6ページ)、EX公式練習(4ページ)、メダリスト記者会見(1ページ)、閉会式・メダルセレモニー・帰国後の催し各種(2ページ)という感じです。

 テキストは、松原孝臣さん執筆の「アクセルジャンプ」に注目したもの、スワンのレポート、メダリスト記者会見における羽生君の発言の抜粋、そして、注目は、田中宣明カメラマンのインタビューです。こちらは、平昌五輪での撮影の苦労話が中心で、撮影場所の抽選やオリンピックだからこそ注意した点など、なかなか聞けないお話が詰まっています。

 そんな中、冒頭の発言が印象的でした。

  「僕が『ゆづは金メダルを獲るかもな』と思ったのは、公式練習初日です。彼を見たのは約4カ月ぶりで、(初日は)ジャンプ練習をほとんどしていませんでした。でも、その時の表情が本当に穏やかで、落ち着いていて…。もっと焦っている感じを想像していましたが、そんなことは全くなかったですね。今まで、試合では見たことのない表情でした

 大会期間中の羽生君をテレビで見ている限り、さすがに表情だけではそんな確信は持てなかったですね。バラ1で4Sをバッチリ決めてくれるまでは、むしろ「過度な期待をしてはいけない・・・」と抑制的な気持ちであの数日を過ごしていました。

 以上、2回に分けてキスクラの羽生君関連の記事を見てきました。写真はFaOIとパレード、そしてCWWのツィゴイネが要チェックで、テキストは稔先生と田中さんのインタが注目です。グッズ購入やアイスショーで、色々とやりくりにご苦労されていると思いますが、ぜひ書店でチェックしてみてください。

 明日は残りの記事と、余裕があればCWWの愛蔵版ブックについても触れたいと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 田村さんの『挑戦者たち』については、すでに二本レビューを書いているので、そちらの方もぜひどうぞ(「1」「2」)。

 なぜこの本をまたご紹介するかというと、「Continuesも、もう間もなくだし、そういえば、この本には、都築コーチの章があったな・・・。読んでおくか」と、開いてみたのです。すると、この章の内容は、都築コーチのパーソナルストーリーではなく、「都築コーチの見る羽生結弦像」でした。

 田村さんが都築コーチを取材したのは、昨年8月17日。羽生君が横浜銀行アイスアリーナでレッスンイベントを行った翌日でした。

 (1)佐野さんへの指導経験が基礎に

  「佐野が誕生していなかったら、羽生(という選手)は生まれていなかったかもしれない。佐野によって、新しいものが誕生した。ある意味で羽生の存在は先輩たちが残してくれた結果が力になっていると思います」

 以前、宇都宮直子さんのSportiva連載の佐野さんについてのテキストをご紹介したことがありますが、都築コーチが佐野さんを指導していた1970年代は、全てが試行錯誤だったといいます。

  「当時の合宿は山梨だったのですが、羽生(の環境)に比べれば何もないところ。その中でしゃにむにやってきた。教える技術も、日本には手本が何もなくて、そんな中で無駄のある練習の仕方をさせました。当時の佐野は1日8時間も氷の上で練習をしていた

  「それに比べると、羽生の練習量はその3分の1。私には佐野の経験があったので、短期間で吸収させることができたんです

 佐野さんに3回転を教えてきたことが、羽生君を指導をする上での大きな基本になったそうです。

  「特に羽生の正確性を持った3アクセルは、彼が小さいときに2アクセルからやったことが基本になった。まあ、一応私が教えたような気がします」

  「羽生が世界に出ることができた武器は、あのすばらしい流れのある3アクセルだった。あれを武器にして、強豪を相手に勝ってきました。それが4回転の基礎になったんです」

  (2)羽生君の技術習得の特長

   「羽生の場合は最初から覚えがものすごく早い、という生徒ではなかった。でもできあがったときは、どんどん並行してほかのものもマスターしていった」

  「羽生は4回転をやるようになってから、あっと言う間に2種類か3種類の4回転ができるようになった。早いですね。その高いレベルに挑戦できるような精神的、肉体的なバランスをとっていくのが課題になると思います」

  「羽生は小さいときから、イメージというものを大事にするスケーターでした。何かを習得するときにはまずイメージ作りをしてから練習をすると、確率の高い仕上がりになるんです」

  「目から入ってくるものを感覚的にとらえて、それを自分の動きに取り入れるような能力を持っているんです」

 子供の頃に羽生君がよく見ていたのが、プルシェンコのビデオ。そして、現役時代のプルシェンコは、驚くほどミスが少ない選手だったそうです。羽生君は繰り返しそのイメージを焼き付けることで、羽生君の中にあったもともとの能力が覚醒していったと、本書では書かれています。

 そして、このイメージトレーニングというのは、平昌五輪を「ぶっつけ本番」で、ベストパフォーマンスを披露する原動力になったのだと、私は思います。当時、プロスケーターや医療関係者は、本番のどれぐらい前に氷上練習を始めて、どれぐらいの時期からどんなジャンプを跳べていないと間に合わない、そんな持論を展開していましたよね。あとは、フィジカルトレーニングやスタミナの話等々です。

 ただ、彼らの口から「イメージトレーニング」という言葉を聞いた記憶が、私にはほとんどありません。リンクの上でやることが練習。バレエレッスンを受けることが練習。ジョギングやエアロバイクのような有酸素運動が練習。しかし、これらを行うにはしかるべき環境が必要です。

 もしかすると、日本のフィギュアスケーターにとって、リンク不足というハンデに風穴を開けるのが、徹底したイメージトレーニングにあるのかもしれませんね。リンクを貸し切って何時間もダラダラと練習できる環境があっても、汚いジャンプをコケてばかりの選手もいれば、一方で、羽生君のような氷上練習を制限された中でも、本番できっちり決められる人もいる。

 リンクはカネがかかる。でも、イメージトレーニングはタダです。羽生君は一刻も早くこのイメージトレーニングの方法を体系化して、しかるべき時期に、ぜひ指導の現場で役立ててほしいですね。オーバートレーニングによる怪我も防げます。良いことずくめではないかと。

 (3)羽生君を王座に導いたもの

  「彼はかなり精神的に強くて、負けず嫌い。負けるということが嫌いな人間です。環境づくりをしてあげれば、必ずできるようになるので、コーチからするとものすごく安心するんです」

  「彼は自分というものを、かなりしっかり持っている。それだけある意味ではコーチから見るとわがままに見えるかもしれないけれど、私から見ると、それは彼が持っている能力。モチベーションがものすごく高いんです。ジャンプにしても、表現にしてもかなりのモチベーションから創り上げてくる。それは素晴らしいものだと思う

 いわゆる、都築コーチが佐野さんに課したトレーニングというのはスポ根的な指導方法なんですが(宇都宮さんの本にその辺りは詳しいです)、イメトレの重要性をこのように語ってくださっていたり、だからこそ、まもなく80歳にして指導現場に立っている理由のような気がします。

 「結弦が怪我がちなのは鍛え方が足りない」なんて絶対に言いません。むしろ取材時の昨年8月、こう心配していました。

  「羽生は(精神的な)強さを持っていると思うんですが、彼の場合は体がダメージを受けるときがあるので、それがぶつからなければ。いつも大会のたびに何かが起きてるから、それがなければいいなと思っています

 恐れていたことが現実になったわけですが、それももう過去の話です。本書の都築コーチの章はわずか20ページほどなんですが、面白い話が随所にありました。もしかすると、Continuesでの佐野さんとのフリートークでは、この辺りのさらなる裏話も出てくるかもしれません。楽しみですね!

 では、また明日!

 Jun

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 さて、今回の「SEIMEI」および「バラ1」の再登板を受けて、「専門家の意見はどうなのか?」と、いろいろとチェックしてみると、今の所は、佐野稔さん(サンスポ)、岡崎真さん(スポニチ)、河合彩さん(日テレ「スッキリ!」)ぐらいでしょうか。

 「【佐野稔の舞評論】羽生、成功イメージある曲で勝負 金への強い意志感じる」(サンスポ 2017/8/10 5:00)

 「【岡崎真の目】羽生に『過去の自分を超える』という強い意志感じる」(スポニチ 2017/8/10 8:45)

 なぜ配信時間まで書いたかというと、語尾がともに「強い意志感じる」と一緒だったからです。これは珍しい!

 岡崎さんも、「五輪連覇と『過去の自分を超える』という強い意志を感じる」と五輪の金メダルについて言及しているので、その点では、両者は共通しています。

 やや見方が違うかなと思ったのは、SPとフリーの両方を「再登板」させたことへの、ジャッジの印象についてなんですね。

 稔先生は、「『SEIMEI』は、日本調をしっかり出し、躍動感があり、世界にインパクトを与えた『ディス・イズ羽生』といえるナンバーだ。SPの『バラード第1番』も羽生らしさが出る曲。その点はジャッジもよく分かっており、点数を出しやすい」と述べています。

 一方、岡崎さんは、「人間は過去の栄光を美化しやすいもの。世界記録を何度も更新した2季前の残像で『以前ほどのインパクトがない』というジャッジを受ける可能性はなくはない。ただし、4回転ジャンプの本数を増やすなど改良点はあるはずで、それほど心配する必要はないのではないか」と、ISUテクニカルスペシャリストらしい見方です。

 この岡崎さんのコメントには、あそこに座っている人たちは、「過去の残像」とは別に、技術面をしっかり評価できるはずだという「希望」が込められているようにも見えます。

 ちなみに、「スッキリ!!」での河合さんも、岡崎さんに近く、PCSで10点は出しにくいんじゃないか?と発言していました。

 ただ、私は絶対に忘れませんよ。ヘルシンキでのホプレガに対する、カナダ人ジャッジの、目が腐っているとしか思えないひでぇ採点も目の当たりにしているので、私は楽観視はしていません。

 だから、羽生君が「記録更新」ということをモチベーションにしているのは良いとしても、私自身はそこをあまり声高に言いたくないというのもあります。

 人が評価するものだし、しかもオリンピックですから、ワールド以上にあらゆるものが関わってくることでしょう。それは、羽生君自身にはどうしようもないことです。私も、ファンとして、その辺りは覚悟しておかなきゃなとも感じています。

 さて、岡崎さんのコラムでは、最後の部分でこんな指摘がありますね。

  「万が一、評価が定まらない場合でも羽生ほどの能力があれば、一つのプログラムに固執せず、五輪シーズン途中でも新たなものを投入できると思う」

 五輪直前のプログラムの変更については、「新プロから慣れ親しんだプログラムへ」というのは珍しくないと思いますが、羽生君の今季のケースではちょっと無いかなと。

 それよりも、コンディションにより、構成を変えるというのはあるかもしれません。

 あと半年とはいっても、これから色々あるでしょう。待ち受けているものすべてをファンの一人として受け止めて、羽生君を応援したいと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 昨日の続きで再びSportivaです。なぜLifeの第5号を並べているかというと、「日本フィギュアスケート 挑戦の歴史」という宇都宮直子さんの連載企画が、Life5号の「コーチの肖像 Vol.4 都築章一郎」と深く関連しているからです。

 私のように、Lifeの都築先生のインタビューをすでに読んでいる方にとっては、今回の企画は「知ってることが多い」のは事実なんですが、主旨がやや違います。

 ・ Sportivaの方は佐野先生との師弟関係にフォーカスしている

 ・ Lifeの方は佐野先生以外のお弟子さんたちにも言及している

 ここだろうなと思います。で、いつもだったら、このLifeの都築先生のインタを画像としてすべてアップする所なんですが、もし、Sportivaの次号以降の内容とかぶるようだと、ちょっとなぁ・・・と思いまして、今回の宇都宮さんの記事を補足する形で、「コーチの肖像」の方にも触れたいと思います。

 (1)佐野先生の下宿の件――77頁3段目辺りから、都築先生が当時小学5年生の佐野少年を自宅に引き取ったという話があります。コレ、Lifeの方だと、「お兄さんと一緒に東京に出てきて、私(都築先生)のところに下宿するようになって」とありますね。

 (2)都築先生ご自身の競技者時代――76頁2段目~3段目で、日大に入学し、1958年にフィギュアスケート部を創設。その2年後、全日本ジュニアで優勝し、シニアに上がったとあります。元々、スケートを始めたきっかけは高校生ぐらいだったと。Lifeでは、この高校時代について言及があります。実は、先生の出身は愛知県で、名古屋スポーツセンターのリンクでスケートを開始されています。あの山田満知子先生と同じ頃で、誰に教わっていたかというと、小塚君の祖父にあたる、小塚光彦さんの指導を受けていたようです。名古屋のリンクの指導者の中に日大出身の方がいて、その方から「日大に来ませんか」と声をかけられたようです。

 (3)教え子たち――佐野先生の他に、長久保裕コーチ、無良隆志コーチという二人のお弟子さんとの思い出について、Lifeで語られています。Sportivaの方でも長久保コーチについては、1972年の札幌五輪に長久保選手がペア競技で出場した件が触れられていますね。

 Lifeの方で興味深かったのは、都築先生が拠点としていたリンクの変遷です。Sportiva(77頁2段目)では、都築先生が東武百貨店に就職したことで、佐野選手を「池袋のリンク」で指導したとあります。しかし、このリンクは1年で閉鎖となり、川崎球場近くのリンクに指導の拠点を移します。

 川崎球場といっても、たぶん若い方はわからないと思いますが、現・千葉ロッテマリーンズ(千葉マリンスタジアムは、FaOIの「幕張イベントホール」から近いんですよ!)が、ロッテオリオンズと名乗っていた頃の本拠地で、落合博満さんが三冠王を獲った頃が、まさに川崎球場全盛時代(!?)かもしれません。でも、つねにガラガラで、カップル(というか当時の呼び方でいえば、アベック)が、外野席の上の方でイチャついている様子が、よく「珍プレー好プレー」のような番組(ナレーションはみのもんた)で抜かれていました。

 Lifeによると、その川崎のリンクも結局閉鎖され、その後、品川のリンクを経て、新松戸へと移ります。この新松戸というのが、当時ダイエーの中内功社長が『オリンピック選手を育てろ』ということで作ったリンクだそうです。そして、その新松戸の10年後に、仙台にダイエーのリンクがオープンします。

 この仙台のダイエーのリンクが、現在のアイスリンク仙台です。

 アイリンについてはここで私が言うまでもないでしょう。田村岳斗さん、本田武史さん、荒川静香さん、そして羽生結弦選手。そう考えると、仙台のレジェンドスケーターたちの成長において、ダイエーが果たした役割は無視できませんね。

 ANAさんとかロッテさんとか東京西川さんとかバスクリンさんとか、ちょっと頑張ってくださいよ!と思いつつも、・・・てか、羽生君はきっとそこまで先を見据えて、未来のフィギュアスケーターたちのことを考えて、いま大企業の「広告塔」になることを引き受けてるんだろうなと思うんです。

 小遣い稼ぎにCMに出てるんじゃない。磯田道史先生のご著書じゃないですけど、羽生君の言動と行動を見れば、まさに平成の「無私の人」「無欲の人」ですよ(あの映画では、殿というより妻夫木君の役にこそ近いと私は思うのです)。だから彼を応援するんですよ、私は。

 ちなみに、Lifeの5号ですけど、今年の3月28日に発売された本ですが、いまパラパラめくってみると凄いですね。

 シニア&ジュニアのGPファイナルの特集号なんですが、やはりこの時もジュニアが面白い。男子シングルで優勝して、先のフランス杯でも衝撃を与えたネイサン・チェンのインタビューを収録。女子のシングルは、2015年も日本とロシアが3枠ずつ占めていて、1位ツルスカヤ(今年のGPFも出ます)、2位ソツコワ(先日のフランス杯で2位)、3位が真凛ちゃんでした。ちなみに、日本代表は他に、5位に白岩優奈さん、6位にあの三原舞依さん。4位のフェディチキナも含めた、女子のファイナリスト6人全員のインタビューも読めます。

 ちなみに、この時の三原さんのインタビューを読んでみると、

  「全日本ジュニアの4日前くらいから両足が急に痛くなって、両方とも水がたまっているんですけど、水がたまる理由がわからなくて、(日本で)病院に行ってしっかり治したいです」

  「『日本代表として行くのにちゃんとした演技ができなかったら申し訳ないから、棄権も考える』と先生に言われたんですけど、シリーズを頑張ってファイナルに出させていただけることになったので、諦めずに『自分を信じてやろう』って決めてました。痛み止めを飲んだり、注射してもらったりしました」

 もう、これを読んでいて、胸が苦しくなりましたね。スケアメの動画を貼りますけど、とてもこんな大病をした選手とは思えない、スピードとキレのある演技、そして笑顔が最高です。




 ※SPの演技後のキスクラで、スコアが出て、先生の「すごくない?」「すごくない?」を、バッチリ拾ってるのが微笑ましいですね。

 周囲は(というか私も)、やれ中国杯に勝ってファイナルや!、全日本で3番に入ってワールドだ!とか、色々と騒がしくなってくるかもしれませんが、とにかく無理だけはしないでほしいです。

 さて、Sportivaに話を戻してあと、二つだけ。

 ・真凛ちゃんへの力の入れ様が凄いですね・・・。確かに彼女は、もはや演技が始まる前から独特のオーラが出ていますけど、頼むからゲスなマスコミ連中は粘着しないでほしい・・・。まぁ、濱田先生がいるから心配ないと思いますが。そして、紀平さんと三原さんもしっかり1ページずつあって、Sportivaよくやった!という感じです。

 ・鈴木明子さんの「シリーズ展望」企画。宮原さんについて、「あえて課題をあげるとすれば、観客やジャッジを驚かせる爆発力」と指摘していて、その通りなんですよねぇ。素人意見では、それはもう3Aしかないんじゃないの?と思うんですが、メドベあるいは北米勢もこのまま平昌まで絶好調かどうかは分からないし、そこは濱田先生がどう考えているかでしょうね。

 ・ハビについて鈴木さんは、興味深いと同時にわりとぶっちゃけ気味なコメントをしていますね。

  「フェルナンデス選手は何でもうまくこなすように見えますが、意外と不器用で、振り付けを覚えるのに時間がかかったりするようです。努力家というタイプではありませんが、羽生選手の存在を意識してかなり練習するようになったと聞きます。どんなときでも『楽しそうに滑る』ことができるのは大きな才能です」

 これは、ミキティ情報ですか?・・・んなわけないか、と思いつつ、鈴木さんはアイスショーでハビと一緒になることもあるはずで、本人がフランクにそう語っていたのか、関係者から漏れ伝わってきたんでしょうね。こういうのは、記者やライターとのやり取りでは(ましてや外国人相手に)、なかなか話してくれないでしょうから、非常に貴重ですね。

 明日はたぶん、ユーリの第7滑走のレビューになると思います。幸い、新刊雑誌は続々と発売されるので、しばらくはネタ切れに悩まされず、しのげそうです。

 では、また明日!

 Jun

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