On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:再読企画

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 まさか、本一冊を読み直すだけで、23回も記事を書くことになるとは想像もしていませんでした。すでに本書をみなさまお読みのはずですから、ブログで記事するにしても、単なる読書感想文では意味がない・・・。

 だから、本書でブライアンが語る羽生君の演技に対する見解を、実際に試合映像を見て、プロトコルも確認した上で、検証してみようと思ったわけです。すると、単に本を読んだだけでは気づかなかった部分が随所にあり、私自身はやってみた甲斐はあったなと思っています。バックナンバーは「こちら」で。

 さて、終章「ソチオリンピック後、未来へ」からは、ソチ五輪直後のさいたまの世界選手権のエピソードと、ブライアンから羽生君へのメッセージ、この二つを取り上げてみます。

 まず、ワールドについて軽く見ておきましょう。



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 けっこう髪が短いですね。プロトコル関係は「こちら」で。4Tで転倒し、しかも珍しく回転不足も取られました。3Aは完璧、3Lz+3Tはソチの個人戦に続いてキレイに決まっています。SPのスコアは91.24と3位発進。4Tのミスが響きましたが、スピン・ステップのすべてでレベル4を取れていて、トータルとしては質の高い演技だったんだなと改めて思いました。


 
 一方フリーでは、4Sは着氷でなんとかこらえ、4Tはバッチリ。なんと13-14シーズンのフリーで冒頭のクワド2本を成功したのは、フィンランディア杯以来ということになります。出だしは好調だったんですが、3Fにエッジエラー、後半の2本の3Aも羽生君にしては着氷で乱れ、3連ジャンプの1Loはよく認定されたな・・・という危なさ。

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 191.35はフリーのスコアとしては1位ですけど、トータルの282.59は、2位のまっちーの282.26とは僅差ですから、この試合は負けていてもおかしくなかったですね。

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 実は、フリーの滑走順はこの後にハビだったため、ブライアンはキスクラまで付き添うことができませんでした。ブライアンの替わりに(?)、プーに声を掛けています。フリーの滑走は、羽生君の二人前にまっちーだったんですが、逆転したことを知ると喜びを爆発させています。

 このさいたまワールドについてのブライアンの回想の中で、特に出場にあたっての意気込みや、試合後のバンケの様子について、興味深い記述がありました(240~241頁)。

  「特にユヅルは、日本開催ということで、自分が出場する責任をよくわかっていました。ユヅルは自分のこと以上に周りに気を配ります。オリンピック・チャンピオンになった自分の姿を見たいというファンのため、また来季の日本の出場枠のため、責任を感じていたのです

  「何よりも楽しみだったのは、日本のファンです。オリンピック後に日本のファンがユヅルをどんなふうに迎えるのか、彼がどれほどのスーパースターになったのか、この目で見たかったのです」

  「会場となった、さいたまスーパーアリーナの雰囲気はとても素晴らしかったですね。自分の選手時代のことを思い出しました。当時のカナダのファンも、自国選手だけでなく日本やアメリカ、ロシアの選手に声援を送っていましたが、それと同じでした。日本のファンはフィギュアスケートのことを本当によく理解し、何が難しい技なのかをわかっていて、拍手を送ってくれます。単にエンターテインメントを期待したり、ジャンプに拍手を送ったりするだけでなく、フィギュアスケートのすべてを楽しんでいました

  「世界選手権後のバンケットには、いつもは行かないのですが、今回は行きました。ユヅルとハビエルの2人がメダルを獲っていますし、ナムもとてもいい成績でしたからね。本当に盛大なパーティーで、マグロの解体ショーもありました。3人と一緒に写真を撮り、オリンピックシーズンが終わったことを実感しました」

 いまや、私のような素人ですら、やれプロトコルだ何だと言うぐらいですから、フィギュアスケートに対する理解は、14年当時とは比べ物にならないほど浸透していると思います。

 それにしてもマグロの解体ショーのことは知りませんでした。日本人の感覚だと、「きっといいマグロのはずだな、ラッキー!」となるんですが、外国の方は食べられたのでしょうか・・・。

 最後に、ブライアンが羽生君に寄せたメッセージをご紹介しましょう。驚くべきことに、いま読んでみても、まったく古さを感じさせない記述です。

  「ハビエルが手のかかる可愛い息子なら、ユヅルは若い頃の私にそっくりな双子の弟のようなものです。いつも『わかるなあ』『若いなあ』と思いながら見ています」

  「しかし、いまコーチになってみると、選手時代に気づかなかったいろいろなことがわかります。私はトップスケーターとして世界で戦っていたので、プレッシャーのコントロールや、試合の力配分をできているつもりでした。でも、少し間違っていました。若い頃の私は、練習でも何でもベストのスケートをしたいと望んでいたし、それがファンを喜ばせる王者のつとめだと思っていました。いまのユヅルとかなり似ています。ユヅルもつねに全力です。365日ずっと最高の演技をしたい。しかし、そこまで必要ではないのです」

  「ピークに居続けようとすると、結果的に練習でピークが来たり、本番で力が入りすぎたりします。むしろ試合前にミスが起きるがままにするべきタイミングもあるのです。それでこそ、試合に本当のピークが来る。もちろんそれを理解しはじめているユヅルは、その『ピーク・パフォーマンス』の波をつかもうとしていることでしょう」

  「ユヅルは周りに気を遣うので、『自分が最高の状態であることをいつも見せれば、周りの人を幸せにする』と考えています。それがユヅルの優しさではあるのですが、あと4年間注目され続けるのは、ちょっと疲れます。すべて全力ではなく、リラックスする、ミスも受け容れるという境地に至ってほしいと思います。ユヅルはもっと格好悪いところを見せても大丈夫。日本のファンは待ってくれます。苦しむ姿にも共感してくれます。それに、ユヅルがどんな状況であれ、チーム・ブライアンがいます。次のオリンピックは、自分のピークの演技をして、『やった優勝だ!』とガッツポーズをする、そんな瞬間を望んでいます。ユヅルにはそれがふさわしいのです」

 これは日本のファンに対しての戒めのように感じました。4Loがどんなに抜けようが、4Sでどんなに転倒しようが、ユヅルを受け容れてほしい、そして待っていてほしいと。

 おそらく、17-18シーズンの試合では、ノーミスできずに苦戦する試合も出てくることでしょう。でも、「ユヅルにはチーム・ブライアンがいます」と言わせるのは、ちょっと悔しいですね。

 我々ファンこそが、17-18シーズン、そして平昌五輪で何が起ころうとも、どんな状況でも盾となって羽生君を守り続けなきゃいけない。そういう存在でありたいと改めて思いました。

 では、また明日!

 Jun

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 今回は、第5章「チーム・ブライアンのコーチング」について見ていきます。<再読企画>のバックナンバーについては、「こちら」をどうぞ。

 けっこう内容を忘れているもので、例えば、元々、トレーシーから2006年に電話を受けて、ブライアンはクリケット・クラブのヘッドコーチになることを決めたようです(208頁)。ちなみに、この2006年から本書を出版する2014年までの8年間、クリケットから離れたコーチは一人もいないという話です。スケーターは、ナム君やリッポンなど、新天地に活躍の場を求めた選手もいますが、コーチが誰も辞めていないというのは興味深いです。

 さらに、当初韓国スケ連がキム・ヨナに「トリプルアクセルを跳べるように、リクエストしてきた」というエピソードは、この本の続編の『300点伝説』が初出だろうと思っていました。

 ところが、本書ですでに語られていたのですね(227~228頁)。

  「・・・ヨナは、当初トリプルアクセルをやりたがりました。しかしそのとき私たちが重視していたのはジャンプの質、GOEでプラスをもらうことでしたし、無理にトリプルアクセルに取り組むのはケガや体力を考えても得策ではありませんでした。私は彼女に、『トリプルアクセルの練習を始めたいなら、バンクーバーで優勝した後でいい』と言いました。ひょっとすると、それが彼女がここを去っていった理由かもしれません。彼女には素晴らしいダブルアクセルがあり、トリプルアクセルができる可能性はありましたが、あえて練習させませんでした。私の戦略は正しかったと思います。GOEとPCSを上げるという戦略で、ヨナはオリンピックで圧勝したのですから」

 皆さんもご存じのように、ヨナはソチ五輪のエレメンツに3Aを入れたわけではなく、したがって、クリケットを去った理由は別の所にあったわけです。ヨナのバンクーバー五輪での戦いについては、以前少し書いているので、「そちら」もご覧ください。

 「チーム・ブライアン」の指導方針については、例えば、GOEやPCSに注目すること、スケーティングを基礎からみっちりトレーニングすること、ジャッジを招聘して意見を訊くこと等々、これは本書でも、続編の『300点伝説』でも大いに語られていました。つまり、現行の採点システムに不満を言うのではなく、それを受け入れて、「いかに適応するか」を基本方針として、さまざまな取り組みを行っています。

 本章は、そのような取り組みについての具体的な記述が中心ですが、今日はそこを少し離れて、羽生君についてのエピソードを二つ拾ってみました(214~217頁)。

  「・・・実はトップスケーターほど自主練できるものです。特にユヅルは、私やトレーシーがリンクにいても、レッスンするのは1日あたり30分か、長くて1時間です。もちろん私が他の生徒を教えていても視界には入っているので、これはアドバイスが必要だなと思うときは呼び止めて話しかけますが、付きっ切りでいる必要はありません。ユヅルは自分がやっていることを正確に把握していて、次に自分が何をすればいいのかわかるからです

  「・・・また、幼いスケーターにとってのモチベーションは、何と言ってもユヅルとハビエルの存在です。みんなが2人を見て『あんなふうになりたい』と憧れるのです。スケートだけでなく、礼儀や練習態度も見ているので、2人が人間としても良い手本になるように気をつけています。その点、ユヅルは素晴らしいですね。練習に来るとコーチ全員に挨拶してから自分の練習を始めます。自分のレッスンをしないコーチにも。これが礼儀というものです。日本の風習なのだと思いますが、日本人はこれをもっと誇りに思うべきです。もちろんハビエルも挨拶をしっかりしています。そうすると自然に小さな子どもたちも一生懸命練習するし、礼儀正しくなるのです」

 「礼儀や挨拶」の部分が「当たり前ではない」ことに驚きましたが、世界中の様々な国から選手たちが集まっていますし、個人競技なので、チームメイトはライバルでもありえるので、もしかしたら、「私は私。他人には干渉しない」という部分はあるのかもしれません。

 訳者の野口さんは、章末の解説で、ブライアンの「性格的な魅力」について語っています(235~236頁)。

  「スーパースター選手の過去を持ちながら、指導現場では『相手に合わせる』オーサー。それは、コーチングの手法であると同時に、彼の性格的な魅力でもある。そんなオーサーの人間性を感じさせるのが、彼のこんな言葉だ。『好きな食べ物は、そのときに教えている子の影響を受けちゃうんですよ。だからヨナを教えていたときは韓国料理をよく食べました。キムチも焼き肉も大好きです。いまは日本食もよく食べますよ。寿司や麺類もおいしいし、しゃぶしゃぶは最高ですね』

 教え子を理解するために、食文化を知ることから始める。だから、あんなに体型が・・・。でも、素晴らしい先生じゃないですか!

 羽生君がトロントで寿司やしゃぶしゃぶや麺類をガツガツ食べているとは思えないですが、問題はそこではなく、弟子と信頼関係を築くために、自ら歩み寄って努力することが素晴らしいです。私にとって、ブライアンの様々な発言や考え方が勉強になります。

 では、また明日!

 Jun

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 今日も「拍手コメント」で励ましの言葉をいただきました。ありがとうございます!ウチのようなマニアックなブログに、例のあーいうコメントというのも、せいぜい月に1つか2つのはずですから、皆さまに気持ちよくブログを楽しんでいただけるよう、うまく管理・対処していきたいと思います。

 さて、FaOI神戸のBS朝日の放送も見まして、新刊雑誌も一冊購入したのですが、先にソチ五輪の方を済ませておきます。

 というわけで、フリーのロミジュリです。再読企画の過去の記事は「こちら」。プロトコル関係は「こちら」で。

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 上が福岡のGPFで、下がソチのフリーです。冒頭の4Sの転倒はファイナルですら発生していたので、見ている立場としては、それはある意味で想定内としても、他の部分でのミスが目立ちましたね。

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 前半の3Fは、シーズン中にエッジエラーこそよく取られていたものの、転倒は珍しい。後半の3Aも、2本目はかなり踏ん張っていたので、加点が0.29と渋いです。3連続ジャンプの最後の3Sが、映像でも分かりますが、1Loからちょっと空いたので、認定されていません。キスクラでは、「これは、負けたな・・・」という表情です。

 前半の4Sや3Fの転倒は、大会が終わってからも、よく映像で流されていましたが、実は後半部分の取りこぼしがシーズン中の他の試合とはっきり違う点で、そこに、団体戦からの疲労や五輪特有の影響が出ていたのかもしれません。でも、よくやってくれました。

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 それでは、ブライアンの見解を見ておきましょう(197~198頁)。

  「ユヅルが4回転サルコウで転倒したのはショッキングでした。ソチ入りしてからずっと調子が良かったのに転倒したのです。続く4回転トウループは成功しましたが、3回転フリップでもミスが出たので、さすがに心配になりました。演技が終わり、複雑な気持ちでした。ユヅルも私も、得点が発表されたときはがっかりしました。おそらく銀メダルだと思うと、ユヅルが気の毒でした」

  「本当はショートの前に完全オフをもっと取らせたかったのですが、さまざまな相談のうえ、軽く練習をしていました。団体戦で調子が良かったので、完全なオフを取って調子に変化が現れることを、ユヅルは避けようとしていました。彼の頑張りすぎてしまう部分です。しかし身体の疲れよりも気持ちが重要な時期であり、ユヅルの判断はベターだったのかもしれません。それに、疲れていたのはユヅルだけではなく、男子の誰もがミスばかりで、むしろユヅルのミスは比較的少ないほうでした

  「結果論なので何とも言えません。でも私の意見としては、団体戦と個人種目の間に、しっかりとしたオフを取っていれば、疲れは抜けたと思います。ユヅルの体調やピーキングのことは2年間で把握していました。だから次のオリンピックは、ユヅルが何と言おうと休ませるつもりです。すべてのことを『いつも通り』にするべきオリンピックで、普段よりも休みを取れなかったのですから」

  「もし次のオリンピックの現場で結論に迷うことが起きたら、もっとユヅルと議論を交わさなければなりません。そのために私もコーチングの理論をもっと確立して、『絶対にこうである』と強く選手を牽引できるようにならなければいけない。団体戦というイレギュラー要素があったとはいえ、私はコーチとして反省点を抱えました。私自身がとても学ぶことの多いオリンピックでした

 →→この「反省点」は残されたままでしょうか?・・・いや、ヘルシンキ・ワールドでの羽生君のフリーは、皆さんもご存じの通り、ブライアンの指示通りに「練習を抑えた」ことで、実現したといってもいいと思います。

 もちろん世界選手権と五輪とでは日程は違ってくる部分はあるでしょう。しかし、このソチからたくさんの経験を積み重ねてきました。SP・フリーの二本を揃えたバルセロナGPFもあれば、ボストン・ワールドのようにSPの大量リードを守れなかったケース、あるいは、昨季(4CC、ワールド)のように、ミスの出たSPからフリーで追い上げる展開も経験もしました。そして、17-18シーズンの前半戦も待っています。すべての経験を力にして、堂々と、自信を持って戦ってもらいたいです。

 最後に、ソチの夜とバンクーバーのそれとを比較した、余韻の残る記述をご紹介しましょう(201~202頁)。

  「おかしな夜でした。オリンピック・チャンピオンのコーチだというのに、ユヅルはそのまま記者会見やドーピング検査があって深夜まで解放されなかったので、私は彼に会えなかったのです。私はハビエルやスペインチームの監督と、お酒を一滴も飲まずにその夜を過ごしました。みんながっかりして、悲しい夜でした」

  「ヨナがバンクーバーで金メダルを獲ったときは、宿泊先の部屋でシャンパンの乾杯をし、それぞれがスピーチをして、互いに感謝を伝え合い、ヨナは泣いていました。感動的な夜でした。でもソチのスケジュールは全体的に遅かったので、そんな祝勝会は不可能だったのです」

  「ユヅルとやっと会えたのは、翌日です。関係者でビールをあけてユヅルの勝利について語り合い、ユヅルの両親から感謝の言葉をかけられました。メダルの授与式は、コーチさえ関係者エリアに入れなかったので、観客に紛れて見学しました。そしてメダルを手元に見ずにトロントに戻りました。その数日後、ユヅルは日本に帰国後すぐにトロントに戻ってきて、メダルを見せてくれました。みんなの首に金メダルをかけて、ハグをして、それはチーム・ブライアンのみんなに対してのハグでした」

  「もっともっと笑顔のある祝勝会は、次のオリンピックのためにとっておきます。今度は盛大にやりますよ。ユヅルも成人になるのでお酒を一緒に飲めますしね。何よりもユヅルには、もっと感動的なオリンピックを経験させてあげたいと、心から願っています

  あの日本スケ連のことなので、ソチの「前例主義」で、羽生君に対して、ヨナのように別のホテルに泊まれるような許可は出さない予感がします。きっと「シャンパンでの乾杯」も難しいでしょう。

 「酒」といえば、GPシリーズやワールドのバンケだと、周りは未成年だらけですから、そもそもこれまで、羽生君がアルコールを嗜んでいる様子を私は見たことも聞いたこともありませんでした。五輪連覇の祝勝会であっても、お酒は飲まないような気がしますね。トロントでお母さんと二人で生活しているというのも大きいと思いますが、たとえ、プロ転向後であっても、羽生君がアルコールを飲む姿が私にはちょっとイメージできません。

 では、また明日!

 Jun

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 前回から少し空きましたが、この再読企画もついにソチ五輪まで来ました。過去の記事については「こちら」をどうぞ。プロトコル関係は「こちら」へ。

 団体戦のSPの動画を見ていたら、日本チームの隣がアメリカチームで、チャーリーとアシュリーが拍手でゆづの登場を迎えていました。演技直後、ブライアンと握手を交わしていた男性は竹内さんですね。先日発売されたextraの国別号でインタビューが掲載されていました。

 ノーミスの演技で97.98。団体戦男子シングルSPではもちろん一位。チームに貢献しました(チームの最終順位は5位)。よほどのことが無い限り、平昌の男子シングルは羽生君と宇野君になるでしょうが、どちらがSPでどちらがフリーか、楽しみですね。

 羽生君の出来はよかったですけど、団体戦のスケジュールについてブライアンは苦言を呈しています(190頁)。

  「本当ならば、団体戦は個人種目の後のほうがいいでしょう。重要な個人種目のわずか7日前に行われる団体戦男子ショートへ臨むのは、どうピーキングを持っていくべきか見極めが難しい。しかも団体戦の最後までスタジアムでチームメイトの応援をしなければならず、エネルギーを消耗します」

  「まずは普通の試合のショートのように臨み、その後2日間はチームの応援をし、1日休む。気持ちを切り替え、別の試合として個人戦に向けて集中する。そんなプランです」

  「団体戦に出る唯一のメリットは、他の選手よりもメインリンクで多く滑れることでした。試合の雰囲気をつかむことができます。パトリックやジェレミーも団体戦で滑るので、ユヅルだけのメリットではありませんが」

 そっかぁ・・・と今さら気づいたのですが、団体戦は自分の種目を終えればお役御免ではありません。タイムスケジュールを見ると、羽生君が出場した男子SP(2月6日)は、団体戦初日の最初の種目で、その後、2月7日の休養日を経て、8日と9日にチームの応援をしていたようです。

 国別のように、シーズン最後の「お祭り」のような試合ならいざしらず、その後に、4年に1度の重要な試合が控えています。

 そして、国別を現地観戦したからこそ、ふと「疑問」に思ったのは、私が見に行った3日目は、羽生君がボックスにいる時間ってけっこう少なかったんですよね。

 ソチの団体戦の応援って、正直あまり覚えていないんですが、五輪だし、そんなに取材陣も入ってこれないはずだから、ちゃんと着席して応援してなきゃいけない気が・・・。

 他書(『蒼い炎II』128頁)から、羽生君のこの時の発言を拾ってみます。

  「すごく気持ちよかったです。まだ(五輪が)終わったわけではないですし、基本的にはガッツポーズしないタイプなんですけど、日本のためにと思ったので(ガッツポーズしました)。僕だけのスケートじゃないので、本当に緊張しましたし、日本のために全力を尽くせてよかったです

  「最初の公式練習の時、まったく身体が動かなくて、『これが五輪なんだな』と思いました。ただ滑っているうちに、日に日に『普通の試合だな』と思いましたし、実際に全力で最後まで滑ることができたので、非常にいい感覚で個人戦までいけるなと思います」

  「個人戦の前にショートを滑ったことはプラスですね。他の選手との比較というより、今の自分がどうかというのが自分でわかったことがプラスかなと。個人戦まで1週間あることも僕にとってはプラスです。いいオフになるかなと思いますし、別の試合として考えられると思っています」

 「応援」の件は語られていないですが、現地の氷に慣れることができたことを、かなり肯定的に捉えていますね。よくよく考えてみると、今年の四大陸選手権が「プレ五輪」的に位置づけられていましたが、SPとフリーの2本のみだったこの四大陸選手権よりも、平昌五輪ではより長期に渡って現地の氷に慣れることができるし、試合でもう一本余分に滑るチャンスもある。団体戦に「懐疑的」だったブライアンも、いまは考え方が多少変わっているかもしれません。この辺り、新シーズンに向けて、また記者の方に質問してもらいたいですね。

 『王者のメソッド』の方では、団体戦後、羽生君は取材にこう答えています(193~194頁)。

  「(メディアから『自信があったか』と尋ねられて)自信があるないは重要ではない。自信なんて言ってると、試合前に急に不安になった時に何も出来なくなる。ただ全力を出すと考えれば良い」

  「(7日後の個人戦について聞かれると)1月にインターハイから国体が続く時みたいに、別の試合が近い日程にあるだけだと思えばいいと思います」

 いま改めてこれを読んでいたら、けっこうピリピリしてるなぁ・・・と感じました。記者に応えるというより、自分自身に言い聞かせているような印象です。来年の五輪本番では、ライバル国のジャーナリストから意地悪な質問も飛んでくるはずで、そこはブライアンも想定していると思いますが、少し心配です。

 ソチは記事一本で終えるつもりが、妙な所が気になって長くなってしまいました。まぁ、ゆっくりやりますので、お付き合いください。

 では、また明日!

 Jun

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2017-05-14-16-08-40

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 今日は、羽生君とチーム・ブライアンが、さいたまの全日本選手権からソチ五輪まで具体的に何をしていたのか。その部分を、本書から引いてみようと思います。

 それは、全日本選手権の試合後、大会最終日の深夜からすでに始まっていました(185~187頁)。

  「試合後はすでに深夜でしたが、日本スケート連盟といろいろな打ち合わせをしました。橋本聖子会長にも『パトリック・チャンに勝てるのは世界でユヅルだけだ。ユヅルのために、これとこれは準備してくれ』と、チーム・ブライアンの希望を伝えました。オリンピックの会場に入るコーチIDをトレーナーの菊地さんにも発行すること、練習後にくつろげる部屋や食事に対する配慮、通訳の手配などです。オリンピックという特殊な環境で、どんなことが1日24時間に起きるかを想定し、ユヅルが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えたのです。全部の要望は通りませんでしたが、折衝をしました」

 はやくこの人、会長辞めてくんねーかなと思いつつ、でも、いまは荒川さんが副会長ですから、リクエストは通りやすくなるんじゃないか?という気がします。

 どういう要望が通らなかったか、さすがに、具体的にどれとどれ、という書き方はされていませんが、バンクーバーでのヨナの状況と比較して語られているので、ある程度想像できます。

  「ヨナのときは韓国のトップ選手がヨナひとりでしたので、ヨナを特別扱いしてもらうことは簡単でした。選手村に宿泊せず特別なホテルを準備してもらい、欲しいだけの関係者パスを発行してもらえました。しかし日本にはメダル候補がたくさんいたので、多少の譲歩をしたうえで『そのかわり現地で何かあれば柔軟に対応してほしい』と念押ししました。ユヅルが直接言うとワガママに聞こえますから、チーム・ブライアンの希望として強く連盟に主張しました。その後、私はカナダへと戻りました

 全日本の後、羽生君は仙台に戻ってそのまま年を越します。年明けにトロントに戻り、羽生君、ハビ、ブライアン、トレーシーで「最後の作戦会議」をしたそうです。オリンピックとはどういうものなのか、二人の経験を伝え、このように声をかけたそうです(187頁)。

  「私たちはチームだ。試合ではスペインと日本のユニフォームを着て、2人のそばにいる。滑走順次第では2人の演技が近くなることもあるが、必ず本番の瞬間はリンクサイドにいる。そして2人を心から誇りに思う。あとはオリンピックを楽しむことを忘れないように」

 ブライアンは本書の中で、「このとき、ああチーム・ブライアンは男の子が2人いてよかったな、とつくづく思いました。ヨナのときとは違う雰囲気です」と語っています。

 平昌ではどうなるのでしょうね。17-18シーズンのGPシリーズのアサインも発表され、これにより、ジュンファン君も平昌五輪には出場するでしょう。コーチも、ジスラン・ブリアントさんもいないと、ケアが行き届かないんじゃないか?という気がします。女子シングルも、ツルシンちゃんやデールマンもいるし、かなりの大所帯になるでしょうね。

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 ソチに着いてからも、見ておきましょう(188~189頁)。シングルのみの出場のハビよりも一足早く、羽生君とブライアンは2月4日に現地入り。トロントからミュンヘンを経由し、ブライアンはミュンヘンで日本代表の制服に着替えたという話です。ちなみに、ハビは開会式でスペイン選手団の旗手を務めたそうです。

 現地入り後のブライアンの配慮も細かいです。「ハビエルは、ユヅルよりもちょっとばかりメンタルの世話が必要」ということで、ブライアンはスペインの選手村の方に宿泊。

 開会式は、日本とスペイン、どちらに参加しても不公平になるとブライアンは考えて、当初は選手村のテレビで見る予定だったとか。しかし、羽生君が団体戦出場のために開会式を欠席したため、スペイン選手団と一緒に出たそうです。

 ちなみに、ブライアンはカルガリー五輪で旗手を務めていますが、「長時間待たされて疲れました。(直後に試合がある選手には集中の妨げになり・・・)ユヅルの欠席は賢明な判断でした」と語っています。

 4年前の五輪で、しかも、結果も知っているのに、上のソチ入りの画像を貼って、ブライアンの「回想」をPCで打ち込みながら、はやくも妙な緊張感におそわれている自分がいます。

 平昌五輪が来てほしいような、来てほしくないような・・・。それは結果がどうあれ、羽生君の引退の時期が近づくことも意味していますから、こんなことを考えてはいけない!と分かってはいても、ちょっと複雑な気持ちになりますね。

 では、また明日!

 Jun

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