On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:男子フィギュアスケートメモリアルブック

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 さて、07-08メモリアルブックも今日でラストです(1)(2)(3)。まずは、FaOIにも来ているランビ先生の記事を紹介した後で、「この時代は、こんな記事が成立していたのか・・・」というものもピックアップしてみます。

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 イエテボリワールドでは、「SPは最初の3Aで転倒、つづく4Tもお手つきにより、悔いの残る内容で5位発進」という情報を頭に入れた上で、動画を見ました。

 まず、面白い衣装だなぁと思っていたら、スタートポジションでのポージングから冒頭の一連の動きがとにかく奇抜です。えっ!なにこれ?って感じです。

 現役時代の彼をほとんど知らない私にとって、プロスケーターとしてのランビさんといえば、恵まれた体格でダイナミックにジャンプを決めていく・・・それだけで雰囲気があって、日本人のファン目線からすると、敵わないよなぁ・・・という印象を受けます。

 だからこそ、こういう実験的なプログラムで「攻めていた」というのは驚きでした。この「カルネ・クルーダ」というプログラムについて、ランビさんはこう語っています。

  「今シーズンのショート『カルネ・クルーダ』はサロメ(・ブルナー)と一緒に作りました。そのあとショーで会ったアントニオ(・ナハロ)にいくつか手直ししてもらって、今の形になりました。とってもモダンで、トラディショナルじゃないタンゴでしょう?

  「『カルネ・クルーダ』は、『生肉』とか『新鮮な皮膚』とかいう意味で、いいこと、悪いこと、エモーションなどすべてのことを遺伝子的なところまで全部出しつくして表現します。特にストーリーがあるわけではないので、音楽を聴いて感じたことを表現する。純粋な気持ちを出しつくせるプログラムで、とても気に入っています」

  「フィギュアスケートは音楽と振り付けを使って、感情を人に伝えるスポーツです。『ママ、ノン、ホッケーじゃないよ、フィギュアスケートだよ』ってこのスポーツをやることを決めた7歳のときに感じたように、このスポーツはとってもクリエイティブで僕にフィットするスポーツだったんです。そういうものを、この『カルネ・クルーダ』で表現できることがうれしい」

 →→正直、先にこのインタビューだけを読んでいても意味がよく分からず、動画を見て、「カルネ・クルーダって何?なんかの作品だっけ?」とググったらイタリアの肉料理のレシピがヒットするので、もう一度読み直すと、そういうことですか・・・と。

 たしかに、このワールドではミスもあり、スコアも伸びなかったですけど、そういうものを抜きにしても興味深い、舞台芸術的な面白いプログラムだと思いました。こういうことやってたんだなぁと。



 フリーは『ポエタ』です。最近だと、山本草太君が15-16シーズンのSPに使っていましたね。

 こちらは、SPよりもさらにジャンプに苦労している感じです。ただ、さすがヨーロッパ開催だけあって、手拍子や歓声が凄いです。

 他に、本誌のインタの中で、興味深い発言がありました。トリノ五輪で銀メダルを獲得したランビさんですが、バンクーバー五輪について訊かれて、こう答えています。

  「バンクーバー五輪について?金メダルって言った方が、インタビューとしてはいいですよね(笑)。でも、そのあたりはちょっとまだ分からないのが本当のところです。これまでのキャリアの中でずっと、ベストパフォーマンスをすることを求めてきました。それが1番重要なんです。確かに試合では順位が付くけれど、それはジャッジの仕事。何が重要なのかと考えたら、やっぱり僕にとってはベストパフォーマンスが1番なんです。僕はいつでもベストパフォーマンスをしたがってることを、忘れないでくださいね。順位ではなくて、ベストパフォーマンス。それを、五輪という大きな舞台で見せられたらすごくうれしいです」

 ちなみに、この「金メダル」のくだりについて、記事の中ではこう補足されています。

  「あっさりと『金メダル』という単語を口にした彼に無理をしていないかとたずねると、『無理にサービスで言ってるわけじゃないです。ただ、こういう質問をよく受けるので、言っちゃった方がいいかなって最近思っていて』と苦笑い」

 いまの指導者としての温和なランビ先生の人柄が、この辺りの発言にすでに出ているような気がします。当時22歳。そういえば、いまの羽生君と同年齢ですね。

 ラトデニ君との関係を見ていると、いわゆる「管理して、ハッパをかけて」という感じではなく、コーチというより兄貴分というか、いい経験を積ませながら、伸び伸びと成長してもらおう、という考え方なのかなと。

 さて、他の記事から、いくつか写真を紹介しましょう。

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 かの有名な、トマシュの黒歴史、「勇名トラ(?)」ですが、実は07-08シーズンのSPの衣装でした。イエテボリワールドでももちろんこの衣装です。動画で見ると、背中の龍の模様はなかなかのもの。だからこそ、なぜこんなことに・・・という感じですが(汗)。

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 岳斗さん、いまと全然変わってない!むしろ、長久保先生は、どこの具志堅さん?(爆)と。所属が邦和になっているので、すでにこの時期は、仙台から名古屋へ移られているようです。

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 こちらは、「2ページ・5段組み」のレイアウトで、男子シングルの有力選手について語り尽くす、という主旨の企画です。

 当時、日本女子シングルのトップ争いをしていた二人が、男子とはいえ現役スケーターを批評するという、そんな企画が成立していたんですねぇ。

 かりにいま、「本田真凜&樋口新葉が語る男子シングル」なんて記事が出ようものなら、すぐに英訳されて世界に発信されてしまうから、難しいでしょう。

 ちなみに、村主さんは、トマシュとランビ推しで、もちろん大ちゃんも高く評価してるんですが、最後の一節が彼女らしい。

  「私はやっぱり、練習相手に男子選手が欲しいんですよ!髙橋選手の追い込みを目の当たりにして、自分も一緒に引きずられて調子を上げていけたし、男子と一緒に練習すること、女子選手にとってもすごくいい影響があると思います。やっぱり欲しいな!男子の練習仲間、募集中です!

 中野さんの場合、完全にスケオタ的な目線で話してくれてますね。

  「私は男子の試合を見ていて、日本人以外に誰を応援するかと言ったら、実はステファンなんです(笑)。彼の演技、滑りには、いつもどうしても目が行ってしまう。もう一般のスケートファンの方と同じ目線で、上手だなあ、って見入ってしまうんです。特に私のスピンのお手本はステファンなので、彼の演技を見る機会があるときは、いつも絶対に見逃さないようにしています。だから今回はほんとに……残念でしたね」

 現役選手は言うまでもなく、プロスケーターの方でも、いまこんな感じで、海外スケーターを褒めると、「けしからん!なぜ日本の男子選手を応援しないのか!」とSNSに凸する人が必ず出てきますからね。

 現在、羽生結弦という絶対的なスターがいますし、10年ぐらい前の雑誌をこうして眺めてみると、いまの雑誌ってかなり制約があるのかもな・・・と痛感します。

 では、また明日!

 Jun

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 昨日の記事に対して、特にジョニーのファンの方から反響をいただいたので、もう少し分厚くご紹介したいと思います。

 こちらの雑誌は、2008年3月にスウェーデンのイエテボリで開催された世界選手権の特集号です。順位等はwikiをご参照ください。プロトコルも見ることができます。





 まず、ジョニーのこのワールドの演技を見て、上半身の動き、とくに肘から指先の使い方に特徴があって、現役選手だとアダム・リッポンがジョニーから相当影響受けてそうだなぁ・・・と感じました。ただ、ディスリじゃないですけど、アダムってもう少し動きが細かい印象があって、つまりジョニーの方がゆったりしていてスケールが大きく感じます。

 で、「意外」と言っちゃファンの方に怒られそうですけど、ジャンプもいまの基準で見てもすごく上手い!フリーのクワドこそDGを取られましたが、他はどのジャンプも高いし着氷も安定している。フリー後半はちょっとスピードが落ちてますが、それでもしっかり滑りきっています。

 実は、FaOI幕張で披露したHow it endsを見た際、とくに曲の後半部分は、意外性がありつつも難しい曲調で、衣装のことをよく言われる彼だけど、曲選びからして普通じゃないよなー!と、感心していました。こうやって世界のトップで戦っていた頃のプログラムを見ても、どこかフィギュアスケートの定番を外した選曲で、見ていて楽しいです。

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 さて、以上を踏まえて、雑誌の中身の方へ。この世界選手権では、クワドを跳ばなかったジェフが1位、クワドを降りたものの2位だったジュベール、クワドにトライしたがほとんど得点はもらえなかったジョニーが3位という結果だった、ということは昨日も触れました。

 で、ジュベールという人は、けっこう思ったことを口にしちゃうタイプなんだなぁと、本誌を読んでいて感じましたね。フリー後の記者会見ではこう不満をぶちまけています。

  「ジェフリーはSP、フリーとも完璧な演技でした。でも彼は4回転に挑まなかった。ステファンは2度挑み、ダイスケも挑んだ。この採点方式では、難しいことに挑戦するよりも、シンプルなプログラムをノーミスですべった方が高く評価されることに、失望しました」

 これだけではなく、他のインタでも、プルシェンコが復帰することについて聞かれると、こんな感じです。

  「ショーで会ったけれど、体重が増えていたしジャンプもあまり跳べなかった。本当に復帰するなら大変だと思う」

 そういうわけで、プレカンでは、ジェフに対して「4回転なしで勝ったことに謝罪の必要性はあるか?」という、まったくもって意味不明な質問まで投下されたりして(※しかもそれはカナダ紙の記者からだったそうです。日本の青なんとかさんや高なんとかさんがマシに思えます)、もちろんジェフは「全くない。このスポーツは一つのジャンプではなく、トータル的なものです」と反論していたようです。

 じゃ、ジョニーはどうだったか?

  「4回転ジャンプは、プログラムの中でかなりの武器になるとは思う。でもそればかり考えてしまうのは良くないね。ジャンプだけじゃなくて、スピンやフットワークもできなきゃいけないと思うんだ。だからクワドは、できるに越したことはないけれど、スケートの中で一番大切な要素だとは思っていない。僕も今回はフリーにクワドを入れたけど、練習であまり調子が良くなければ、無理して入れるつもりはないよ」

 プレカンでジュベールの上述の発言が始まると、隣に座っていたジョニーは「所在なげに用意されていたミネラルウォーターを口にした」と本誌では描写されています。

 また、こうも書かれています。

  「・・・ジョニーは4回転について聞かれると、いつもあまり興味がなさそうな答えをする。『もう何度も何度も聞かれて、うんざりだ』という発言もしている。ジュベールのように、このジャンプに強いこだわりを持っているわけではない。ただ、『跳ばなきゃしょうがないから練習してるし、試合でもチャレンジするんだ』とでも言いたげだ」

 さて、昨日は「ジョニーと日本」という部分にフォーカスしましたが、今日は、「振付」について訊かれた部分を拾ってみます。

  「大好きな振付師は……やっぱり僕が一緒にプログラムを作ってきた、タチアナ(・タラソワ)とマリーナ・アニシアかな。タチアナが作ったナンバーの中で一番好きなのは、ヤグディンの『ウィンター』!その次に好きなのは僕の『スワン』だよ。僕が頼んだことのない振付師だったら、サーシャ・ズーリンもいい振り付けをすると思うし、ニコライ・モロゾフもいい。こうしてみると、ロシア人振付師ばかりだけれど(笑)。ニコライの作品で好きなのは、大輔の『ロクサーヌのタンゴ』だね。でも美姫や大輔のステップなどを見ると分かるけれど、彼の振り付けって、どのプログラムもけっこう似たところがあるかな……。でも、彼が素晴らしい振付師であることに、変わりはないけれど!」

  「僕もこれまで、プログラムの上ではいろいろな試行錯誤をしてきました。去年、マリーナと一緒に作ったスタイルも、今までの僕とは違うことができて、うれしかった。でもやはり、僕の理想のプログラムは、オリンピックのショートプログラムで滑った『スワン』なんだ。いつも、あれを超えるようなプログラムを作っていかなきゃ、と思ってる



 →→ご存じのように、羽生君にNotte Stellataの楽曲をプレゼントしたのはタラソワさんですが、そのタラソワさんが「スワン」をジョニーのために、しかも大事なトリノ五輪のシーズンのSPとして作り上げていたとは知りませんでした。

  ほれ!やっぱり!タラおばちゃんも、羽生君にはジョニーに通じるもんを感じとるんやで!

 なんて、ドヤ顔で言うつもりはないですが、そんなことよりも、この06年のスワンも、08年のワールドに負けず劣らず、まずジャンプが素晴らしい。ジャンプが高くて、実はジャンプの人なの?と思ってしまうぐらい。

 さすがに競技用のプロなんで、Notte Stellataとは違って、キビキビとした作りですが、衣装も含めて、どっちが良い悪いではなく、こういう感じで作るんだなぁ・・・と、両者を比較することで見えてくる特徴もあって、面白かったです。

  「僕なら振付師になれそう?そうだね、今も小さい選手に振り付けをすることはあるし、それもすごく楽しい。いつかはいい振付師になりたいな、と思ってる。でもそれは、競技を引退するまでお預けだよ。今の僕には振り付けは無理。だって……ほかの選手のために何かいい振りを思い付いたら、それを人に教えたりしないで、僕は自分がやりたくなっちゃうから(笑)。とにかくどんなプログラムを作るにしても、今持てる自分の力をすべて発揮して作り上げたいと思ってるんだ」

 ジョニーのwikiでプログラムをざっと見ていると、彼が絶賛しているタラソワさんとの作品は、スワンも含めてクラシックが多いですね。その中、おっ!と目を引いたのは、04-05シーズンの「ロンド・カプリチオーソ」です。



 なぜかというと、昨季大活躍を果たし、FaOIでは神戸から参加している三原舞依ちゃんのSPだったからです。舞依ちゃんの振り付けはマッシモですが、舞依ちゃんは、ジョニーがこの曲を滑っていたことは知らないかもしれませんね・・・。

 今晩、ジョニーの雄姿を集中的に見ましたけど、10年以上前の演技であっても、いいものはいいですね。日本の若手スケーターも「表現力」とか「芸術性」ということを口にするなら、ぜひジョニーを見てほしいなと思います。

 では、また明日!

 Jun

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 07-08メモリアルブックの続きです。今日はFaOIのゲストスケーター勢に注目したいと思います。

 まずは、ジェフから(38~43頁)。本誌が発売されたのは08年4月ですので、ちょっと当時の情報を補足しておきます。ジェフは06年のトリノ五輪で銅メダルを獲っています。世界選手権は、05年大会から四大会連続で出場し、08年のイエテボリ大会で金メダルを獲得。イエテボリ・ワールドでは、クワド持ちの有力選手がフリーで崩れる中、クワドを入れない構成のジェフが優勝したのでした。

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 実を言うと、この雑誌が発売された5ヵ月後、08-09シーズンの開幕前にジェフは引退しました。本誌の中では、

  「オリンピック……前回はブロンズメダルでした。次のオリンピックは僕の国で行われるスペシャルなゲームです。やっぱり、頑張りたいな!」

 というコメントが紹介されているんですけど、まぁ、もしバンクーバーまで続けていたとすると、27歳で迎えることになるので、コンディションの維持は大変だろうなと想像します。

 インタの中から、特にデイヴィッドとの関わりや振付について言及した部分を拾ってみました。

  「僕の振付師は15歳のときに初めてプログラムを作ってもらってからずっと一緒に組んでいるデイビッド・ウィルソン。彼とは先生と生徒、って感じはしない。友達と一緒にアイデアを出し合って、一緒にプログラムを作っていくって感じだ。僕たち、ほんとにいい組み合わせだと思うよ!僕らの関係は年々親密になっているし、プログラム作りもどんどん楽しくなってきている。デイビッドの、僕のスケートへの関わり方も、10代のころ以上に深くなっているんじゃないかな?僕と関わったことで、また僕が彼のプログラムをすべって世界チャンピオンになったことで、デイビッドが高い評価を得るとしたら……それはすごくうれしいことだよ!」

  「今後もプログラムは、ずっとデイビッドと一緒に作っていくつもり。デイビッドは、もし僕が他の振付師と組んでみたいなら、遠慮しないでほしいって言ってくれる。でもそんな気持ち、僕にはさらさらないんだ!彼と一緒にプログラムを作るのが、今はほんとに楽しいからね」

  「僕自身が振り付けをすること?そうだね……以前キム・ヨナ(韓国・世界選手権3位)の振り付けをしたけれど、あれはすごく楽しい経験だったな。だって彼女は、僕がやってほしいと思うことを、その場でなんでもやってしまうんだもの!なるほど、振り付けとは、試行錯誤しながら能力のある選手と一緒に、その人の持っている才能を引き出していく作業なんだな、と思ったよ。うん、自分が滑ることに優るとも劣らない楽しさが、振り付けにはある。そうだね、将来、振付師になるってことも興味のある選択の一つかもしれないな。選手をしていて、振り付けに関するさまざまなことは、今まで学んできたし。デイビッドを見ていても、振付師って職業、いいなあ、と思うこともあるんだ

 →→ヨナのwikiを見ると、04-05(05-06にも持ち越し)のフリープログラムにジェフのクレジットがありますね。ただ、デイヴィッドと組む前に、ジェフがプログラムを提供していたのは意外でした。

 しかし、2017年のいま、世界で5本の指に入る売れっ子振付師になろうとは、当時のジェフ自身も想像していなかったように思えます。

 そして、デイヴィッドとジェフの二人のDNAを受け継いでいるといえば、それはやっぱり羽生君なので、羽生君自身にプログラムを誰かに提供するようなアイデアはあるのか?という質問を、だれかに投げてもらいたいものです。少なくとも雑誌・書籍において、私は羽生君とインタビュアーとの間でそのようなやり取りを見たことがないです。スーパースターなんで忙しくてそれどころじゃない部分もありますが、べつに訊くだけならタダでしょう(笑)。

 今日はもう一人。ジョニーも見ていきましょう(62~67頁)。

 ジョニーはジェフより2歳下で、五輪はトリノ(5位)とバンクーバー(6位)に出場。ジェフが金メダルを獲ったイエテボリ・ワールドでは銅メダルを獲得。

 本誌は、このイエテボリの特集号という意味合いもあって、実は、クワドレスのジェフが金、クワドを降りたジュベールが銀、クワドにトライしたが両足着氷で銅だったのがジョニーということで、プレカンでの「緊張感のあるやり取り」も紹介されていました。その辺りは、今日の記事では触れません。

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  「日本のファンの皆さん、今年も応援してくれてありがとう。アイシテマス!・・・日本は僕の大好きな国の一つだから、日本ですべることも大好き。いつも僕の大きなバナーを作って応援してくれるし、温かく迎えてくれてるのがわかるからね。・・・僕は日本でのパフォーマンスの後は、日本式のお辞儀でお客さんにあいさつしている。誰がそんな日本の伝統を教えてくれたかって?僕自身で身に付けたんだよ!日本には何度も来ているから、日本人の素晴らしさや伝統は分かっているつもり。僕の国……アメリカにはあまり伝統というものがないから(笑)。僕は日本の人々や伝統に敬意を表したいんだ。日本語も、もちろん流暢に喋れはしないけれど、いくつか知っているよ。ドウモアリガトウ、サヨウナラ、チョウカワイイ、とかね」

  「刺身も大好きで、だいたい日本に行くと、2回はすしを食べにいくんだ。それから日本では、買い物も外せないね!日本の物は何でもコンパクトなところが気に入ってる。それに比べたら、アメリカの物って、何でもかんでも大きいんだもん……。そして興味深いのは、日本独自のパフォーマンス。伝統芸能では、和太鼓と歌舞伎を見にいったことがあるよ。歌舞伎は、一つの芸術としてとてもきれいだと思った。とにかくスケートとは全く違う世界……。そういうものを見て、感じて、インスパイアされて、僕はすべてをスケートに生かしたいと思っているんだ

 →→FaOI幕張(土曜日)を見に行った際、バナーの気合いの入り方という意味では、羽生君を外すと、ジョニーのファンが掲げていたものは特に凝っていた印象です。それが、至る所で見られました。

 私がジョニーを初めて生で見たのは、14年6月のゼビオアリーナ仙台のTogether on Iceでしたが、コレ、プル様も来ていたショーでしたけど、個人的には、

  羽生君に最も影響を与えているのはジョニーじゃないの?

 というほど、鮮烈な印象を受けましたね。五輪の金メダルとか、クワドとか、「絶対王者」とか、そういう枕詞で共通点を語るなら、プル様なんでしょうが、単純にその所作やたたずまいを見ると、ジョニーでしょやっぱ!と思うのです。

 そういえば、ジョニーのTwitterを見ていると、幕張でも神戸でも、蕎麦ばかり食べている印象ですが、さすがに生モノは控えているのかもしれません。せっかく日本に来ているので、ショーが終わったらお寿司も食べてほしいですね。

 では、また明日!

 Jun

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 2008年4月19日発売。いつも拍手コメントをくださるKさまにお教えいただき、入手しました。アマゾンでは凄い値段になっていますが、私は別のユーズドストアで数百円で購入できました。

 表紙の面々を見ただけでお分かりのように、ジェフ、ランビ先生、ジョニーと、まもなくFaOI神戸に出演するメンバーの若かりし頃の写真が満載です。

 そちらは明日以降じっくり見ていくことにして、今日は「氷上を目指す少年たち」(104~108頁)に集中したいと思います。

 この企画の主旨は、2008年当時の日本男子シングルの若手選手にフォーカスするもので、ジュニアでは町田君、村上君、佐々木彰生君、そして無良君などが紹介されています。

 そして、「吹き荒れた“ノービス旋風”」として、羽生結弦、日野龍樹、田中刑事の3選手も大注目されています。

 まず、田村岳斗さんのノービス三人衆に対する温かいコメントが紹介されています。

  「結弦すごい!スピンも上手だし、見た目もすらっとしていて、いいですね!13歳?バンクーバー五輪には年齢が足りないの?」

  「惜しいなあ。結弦なんて、あと2年あれば日本の代表争いに加わるのに。でもほかの二人も中学一年生?すごい、度胸がありますね。もうちょっとびびったらかわいいのに、みんな堂々とすべっちゃうんだ。彼らは次の次、ソチオリンピックでは19歳?うん、一番いいときですね

 →→「とにかく絶賛!」という感じです。そして「一番いいとき」という予言がピタリと当たりました。もちろん、羽生君に限らず、龍樹君も刑事君も、いまだに進化を続けているのは素晴らしいですよね。

 つぎに、「阿部奈々美コーチ 羽生結弦を語る」から。

  「私がコーチとして本格的に彼を見るようになったのは、06年の全日本ノービス直後。まだ教え始めて1年と少しなのですが、彼はとにかく面白い選手ですね!いろいろな才能を秘めていて、これからどんなスケーターになるのか、見ていてわくわくさせてくれます

  「スピンやスケートも高く評価していただいていますが、それは彼が、以前の先生たちが教えてくれたものを、一つ一つ反復練習して、積み重ねてきた結果。やれば何でもできて天才肌かな、とも思うけれど、できないものに対しては、かなりの努力をしている。自分の才能を持て余すのではなく、自分で才能を生かしていけるタイプですね。本当にどんな選手に育っていくのか、私も楽しみですが……。どうか彼には、彼自身が思い描く、羽生結弦が理想とする、なりたい選手になってほしいと思っています

 →→奈々美先生は「06年から教え始めた」とおっしゃっていますが、「かなりの努力をしている」という部分は、以下の羽生君の「ショートインタビュー」を読むと、なぜ練習に対する意識が変わったのか?がよく分かります。

 ――スケートを習い始めたきっかけは?

  「最初は姉がスケートの短期教室に入ったんです。それで気に入って、本格的に習うって決めて、そこに僕も一緒についていきました。小さいころの思い出は……ヘルメットかぶって何回も氷に頭をぶつけたこと。何回も何回も転んで……痛かったなあ。それに始めたころの先生が、すごく厳しい女の先生で、ほんとに怖くて……。僕、毎日リンクから放り出されてたんですよ。なんでかなあ?自分なりに頑張ってたのに、先生の話を聞いてなかったみたいで(笑)

  「・・・スケートの練習、ほんとに嫌いで、つらかったし泣きだしたいことも何度もあったから。でもスケートの試合は好きだったんです。お客さんがいっぱい見てくれる試合は、大好きだった」

 →→実を言うと、この「厳しい女の先生」の他誌でのインタを、ブログで紹介したことがあります。他誌とは、Number 875で2015年4月に発売されたものです。

 画像を拡大するとこの山田真実先生のインタは読めると思いますので、ぜひ併せてご参照ください。山田先生が厳しく当たったのは「羽生君の恐るべき才能を認めつつも、だからこそ、どう指導したらいいのか・・・」と悩まれていたのかなと、私は思いました。でも、そんな彼女が、都築章一郎先生に「バトンを渡した」ことは英断でしたね。羽生君のインタに戻りましょう。

 ――試合があるから、スケートをやめなかった?

  「はい。それから僕の通っていたアイスリンクが、一度つぶれてしまったんです(旧コナミスポーツクラブ泉。04年12月に閉鎖)。それで遠いところにあるほかのリンクに通わなくちゃいけなかったんですが、練習時間はすっごく少なくなってしまった。貸切時間もなくて、自分のプログラムもほとんどリンクでかけられない。プログラムの練習もできないから、力も全然伸びなかったんです。その時が、一番大変だったな……。同じクラブの選手には、その時やめちゃった子もいました。男の子が3人くらいやめたかなあ。それから、練習って大事なんだなって思い始めて。で、だんだん練習も好きになってきた。だからほんとうに最近なんです。スケート、楽しいんだなあって思いだしたのは

 ――07年3月に、無事リンクは再開されましたね。練習環境も少し上向いてきて、これからジュニアの試合にも出場していきます。目指すところは?

  「オリンピック1位です!」

 ――ただの出場ではなく、1位!

  「はい(笑)。でもまだ、僕のいいところは身体の柔軟性くらい。ジャンプの確率は、刑事君や龍樹君の方がやっぱり高いです。彼ら、全然転ばないじゃないですか!僕は、結構転ぶんですよ……。試合では難しいルッツやフリップに集中してしまうので、得意なはずのほかのジャンプで気を抜いてしまって、失敗することが多いんです。だから、ほかの選手のいいところを見ならって、もっとまねして、ジャンプの確率を上げていきたい。それから、トリプルアクセルの練習もしています。だいぶ回るようになったけれど、まだ一回もちゃんと降りてはいなくて……。もちろんジャンプ以外にも、いろいろなことを頑張りたいです。スピンももっと速く回りたいし」

 以上、少しカットしましたが、13歳の頃の羽生結弦少年の声でした。いまの羽生君と変わっていない点といえば、自分自身に対して厳しく、一方でライバルの長所を評価しているという所ですね。

 当たり前ですけど、まだ練習でも3Aは降りられていなかったわけですね。当然ながらクワドの話なんてまったく出てきません。先日ご紹介した壷井達也君がいま14歳ですが、「次シーズンまでに3Aを降りられるようにしたい」と語っていました。

 なんでしょうね・・・。羽生君のノービス~ジュニアの頃って、それこそ、この後バンクーバー五輪を迎えるわけで、今ほど「ジャンプが跳べなきゃ話にならない!」という圧力がなかった時代ともいえます。

 そう考えると、やるのは選手たちなんだから、本人が大好きなスタイルを追求してもらったほうが伸びるのかな、という気もしますね。

 では、また明日!

 Jun

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