On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:都築章一郎

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 今日も引き続きSportivaです。バックナンバーは「こちら」。今回は、「羽生結弦へのまなざし」という、次の3氏のインタを見ていきます。

 (1)都築章一郎 恩師が見守る成長

 取材は宇都宮直子さん。冒頭部分で都築先生が「昨日見てきたんです」とCWWのパンフレットを宇都宮さんに見せているので、先生が招待されたのが2日目の公演日だったことを考えると、取材日は4月15日(日)だったのでしょうか。

 まず注目すべきは、CWWの「裏話」が少し披露されている点ですね。記者によるレポートは本誌も含めて色々と読める状況ですが、「関係者の証言」は初登場だと思います。

  「羽生だけでなく、昔教えた子たち(佐野稔、川口悠子ら)も出演していて、皆の小さい頃を懐かしく思い出しました」

  「羽生は元気にしておりました。ジャンプは跳ばなかったですが、それなりにきちんと滑りました。・・・演技後は、足を氷で冷やしておりました。だから、まだ完全に回復したわけではないと思います。できる範囲を披露したという感じでした

  「会場から温かい応援をいただいておりまして、羽生も、勇気をもらえたのではないでしょうか。ファンの方々と、喜びを分かち合えているのが、とてもよくわかりました。見守られ、励まされ、また新たな気持ちになれたのではないかな」

 アイシングしていた様子は、今回のテレ朝チャンネルの放送でも映されていて、これを見てファンも心配していたようですね。ただ、FaOIの「全公演出演」も発表されましたし、あのアイシング自体は「ルーティン」ではないかなと思っています。むしろ、ジャンプを跳ばないショーであってもしっかりアフターケアをする、彼が自分の身体を大切にするということは、我々ファンのことを大切に思ってくれていることも意味します。個人的には嬉しく感じました。

 平昌五輪での羽生君についての先生の論評は、すでに他のメディアでも読んでいるので今回は割愛するとして、インタビューの最後のやり取りが印象に残りました。

 都築先生は、かつて羽生君が幼い頃に、「芸術家になりなさい」と語りかけたそうです。そして、今は次のようにお考えのようです。

  「文化というレベルまでフィギュアスケートを高めてもらいたいと思っています。そういうものを彼には追求してもらいたいし、挑戦し続けてもらいたい。この間会ったときは、期限については言わなかったですが、『もう少し、スケートは続けるよ』とは言っておりました。彼の持つ欲望は、挑戦をやめないという宣言ではないかと思います」

 「文化というレベル」というのは、大きな実績を残したマイナースポーツの競技者がよく言いますよね。私の記憶では「なでしこJAPAN」のどなたかがそう語っていた記憶が、瞬間的に頭に浮かびました。

 私見ですけども、私が考える「文化のレベル」というのはシンプルで、「より多くの人にとって、それが生活の一部になること」だと思っています。試合やショーがあればテレビをつける。ヤフーニュースにフィギュアの話題がなくともSNSでなんとなくつぶやく。ショーや試合の会場に足を運ぶ。

 よく、「羽生が引退したら、フィギュアブームも終わり」と言う人がいますが、たしかに私自身も「ゆづファン」というのは、平昌五輪の頃は、「これまで応援してきたファン」のことだと思っていました。

 だから、実を言うと、「ぴょん落ち」という方々がいたことにかなり驚いているのです。「なんで今まで知らなかったの?」って感じですし、そう考えると、いつ誰がハマるか分からない。もちろん、都築先生がおっしゃるように、羽生君が「特別なプロジェクト」をすることも大切だと思いますが、若手選手がどんどん彼に続いてくれて、スケートに打ち込めること。スケーターたちを我々がなんらかの形で応援しつづけること。そんな関係が「継承」されることも、「フィギュアスケートが文化となるため」に必要な要素なのかなという気がします。
 
 (2)ブライアン・オーサー 名伯楽の思い

 取材は野口美惠さん。最近、野口さんってブライアンにインタビューできてるの?と、心配していたんですが、新しい情報が含まれていました。2つご紹介します。

 まずは、羽生君が1月に氷上練習を再開した時の状況について。

  「ケガが再発しないよう、4回転ジャンプの本数は制限していました。結弦は若く、そして挑戦心に溢れているので、こんなケガを抱えた状況でも、ジャンプをたくさん練習しようとします。調子が悪い日にがむしゃらに練習したら、NHK杯と同じ悲劇が起こります。ですから私たちコーチは、結弦がうっかりたくさんジャンプを跳んでしまわないよう、彼のコンディションをよく見極めながら本数制限をしていました

 平昌オリンピックの公式練習で、ブライアンとブリアンがリンクサイドで練習を見ていたように、1月のクリケットのリンクでも、「監視の目」を光らせていたのでしょうね。ケガによるブランクを猛練習で埋めたいと思う競技者と、それにブレーキをかけようとする指導者という構図。ただ、昨日の記事でご紹介したソチ直後の羽生君の「身体のケアについての見解」を思い返すと、いくら「無茶した前科」のある彼であっても、今回は大事な試合ですから、「うっかりたくさん」という気持ちは起こらなかったのでは?と思います。

 もうひとつは、17-18シーズン前の「準備」の部分です。

  「結弦の勝因は、なんといっても、シーズンの早い段階から仕上げていたことに尽きます。まだ昨年夏のことですが、結弦とハビエルとは『夏のうちに練習を貯金しておくこと』を話し合いました。そうすることで、ケガや何かしらのハプニングがあって練習を休み、氷から離れて過ごすようなことがあったとしても、練習の貯金が使えるのです

  「オリンピックシーズンは誰もが普段以上の緊張感のなかで過ごし、無理もしますから、通常のシーズンよりもケガをするリスクが高いのです。これは私の長年の経験上、多くの選手を見てきてそう感じています。ですから夏にいったん仕上げておいたことが、彼の何よりの心の支え、自信になっていたことでしょう」

 これを読んでふと感じたのは、エテリコーチにはこういう発想は無かっただろうな・・・ということですね。「出る試合は全部勝ちなさい」「強い者が勝つのです」という調子で。後輩からの突き上げもある。

 メドちゃんは、羽生君と同様にNHK杯の時から明らかにおかしくて、大阪で精密検査をしていましたよね。その後、休んだのはGPファイナルとロシアナショナルだけで、年明けのユーロは出場しました。練習再開時期と、練習量はどうだったのか。チームも移籍したし、本人も「悪口は言いたくない」と語っていましたが、この辺りの事実も今後明らかになるかもしれませんね。

 (3)吉岡伸彦 4回転半の可能性

 最後に、吉岡さんのインタを。「羽生君の4A挑戦」については、地上波番組でも吉岡さんの見解は紹介されていましたので、省略します。

 一点だけ、男子と女子の比較で興味深い発言があったので、ご紹介します。

  「男子のトップクラスの選手はみんな、これがいいフィギュアスケートだ、というのを目指しているように見えます。ただ女子、特にロシア勢はどうなのか。アリーナ・ザギトワの演技を見たときに思ったのは、あのプログラムは高得点を取るための要素を全部寄せ集めたものなのではないかということです

  「もちろん、現行のルールのもとで勝つために何をすべきかを研究して、それに合わせて作ったという意味では正しいんです。ノーミスだからジャッジも点数を出さざるを得ない。でも、そうやって寄せ集めたのは、本来のいいフィギュアスケートとは少しずれてしまった、フィギュアスケートに似た何かになってしまったような気がしてなりません

 もし、平昌五輪の男子で優勝したのがネイサンだったら、「男子のトップはみんな、いいフィギュアスケートを目指している」と吉岡さんはおっしゃるのか、女子で優勝したのがメドちゃんだったら「寄せ集め」と言えるのか、そこはやや疑問です。

 ただ、ザギちゃんは、ジャンプ全後半というだけでなく、あのせわしない振付によって「寄せ集め感」を覚えてしまうのは否めません。エテリ組の他の選手もジャンプは後半集中型でしたが、すべての選手に「寄せ集め感」があったかというと、少なくとも私はそういう印象は無かったです。

 そもそもここ数年の女子シングルは、「勝つために3Aは必要ない」ことから、4回転必須の男子と比べたら「完成度重視」と言われていたはずなんです。でも、ジャンプの技術的な部分は3回転+3回転で頭打ちになっていたことから、「エテリ組のスタイル」が「頭ひとつ抜け出すための優位性」となり、他方で、クワドの種類・本数で選手によって幅(個性)の生まれた男子よりも、女子の方が「画一化」したように見えてしまいました。

 ルール改正によって、GOEの11段階制導入と、ジャンプ後半化への制限が新たに付け加えられると言われています。もしかりに、女子がジャンプのGOEをもらうために、今まで以上にジャンプにタノが必要になる事態になったら、嘆かわしい限りです。そうなってもらわないでほしいですね。

 そこにくると、やはりクリケット移籍後のメドちゃんがどんなプログラムを滑って、どんな評価を得ることになるのか、ひとつの基準になるような気がします。

 では、また明日!

 Jun

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 田村さんの『挑戦者たち』については、すでに二本レビューを書いているので、そちらの方もぜひどうぞ(「1」「2」)。

 なぜこの本をまたご紹介するかというと、「Continuesも、もう間もなくだし、そういえば、この本には、都築コーチの章があったな・・・。読んでおくか」と、開いてみたのです。すると、この章の内容は、都築コーチのパーソナルストーリーではなく、「都築コーチの見る羽生結弦像」でした。

 田村さんが都築コーチを取材したのは、昨年8月17日。羽生君が横浜銀行アイスアリーナでレッスンイベントを行った翌日でした。

 (1)佐野さんへの指導経験が基礎に

  「佐野が誕生していなかったら、羽生(という選手)は生まれていなかったかもしれない。佐野によって、新しいものが誕生した。ある意味で羽生の存在は先輩たちが残してくれた結果が力になっていると思います」

 以前、宇都宮直子さんのSportiva連載の佐野さんについてのテキストをご紹介したことがありますが、都築コーチが佐野さんを指導していた1970年代は、全てが試行錯誤だったといいます。

  「当時の合宿は山梨だったのですが、羽生(の環境)に比べれば何もないところ。その中でしゃにむにやってきた。教える技術も、日本には手本が何もなくて、そんな中で無駄のある練習の仕方をさせました。当時の佐野は1日8時間も氷の上で練習をしていた

  「それに比べると、羽生の練習量はその3分の1。私には佐野の経験があったので、短期間で吸収させることができたんです

 佐野さんに3回転を教えてきたことが、羽生君を指導をする上での大きな基本になったそうです。

  「特に羽生の正確性を持った3アクセルは、彼が小さいときに2アクセルからやったことが基本になった。まあ、一応私が教えたような気がします」

  「羽生が世界に出ることができた武器は、あのすばらしい流れのある3アクセルだった。あれを武器にして、強豪を相手に勝ってきました。それが4回転の基礎になったんです」

  (2)羽生君の技術習得の特長

   「羽生の場合は最初から覚えがものすごく早い、という生徒ではなかった。でもできあがったときは、どんどん並行してほかのものもマスターしていった」

  「羽生は4回転をやるようになってから、あっと言う間に2種類か3種類の4回転ができるようになった。早いですね。その高いレベルに挑戦できるような精神的、肉体的なバランスをとっていくのが課題になると思います」

  「羽生は小さいときから、イメージというものを大事にするスケーターでした。何かを習得するときにはまずイメージ作りをしてから練習をすると、確率の高い仕上がりになるんです」

  「目から入ってくるものを感覚的にとらえて、それを自分の動きに取り入れるような能力を持っているんです」

 子供の頃に羽生君がよく見ていたのが、プルシェンコのビデオ。そして、現役時代のプルシェンコは、驚くほどミスが少ない選手だったそうです。羽生君は繰り返しそのイメージを焼き付けることで、羽生君の中にあったもともとの能力が覚醒していったと、本書では書かれています。

 そして、このイメージトレーニングというのは、平昌五輪を「ぶっつけ本番」で、ベストパフォーマンスを披露する原動力になったのだと、私は思います。当時、プロスケーターや医療関係者は、本番のどれぐらい前に氷上練習を始めて、どれぐらいの時期からどんなジャンプを跳べていないと間に合わない、そんな持論を展開していましたよね。あとは、フィジカルトレーニングやスタミナの話等々です。

 ただ、彼らの口から「イメージトレーニング」という言葉を聞いた記憶が、私にはほとんどありません。リンクの上でやることが練習。バレエレッスンを受けることが練習。ジョギングやエアロバイクのような有酸素運動が練習。しかし、これらを行うにはしかるべき環境が必要です。

 もしかすると、日本のフィギュアスケーターにとって、リンク不足というハンデに風穴を開けるのが、徹底したイメージトレーニングにあるのかもしれませんね。リンクを貸し切って何時間もダラダラと練習できる環境があっても、汚いジャンプをコケてばかりの選手もいれば、一方で、羽生君のような氷上練習を制限された中でも、本番できっちり決められる人もいる。

 リンクはカネがかかる。でも、イメージトレーニングはタダです。羽生君は一刻も早くこのイメージトレーニングの方法を体系化して、しかるべき時期に、ぜひ指導の現場で役立ててほしいですね。オーバートレーニングによる怪我も防げます。良いことずくめではないかと。

 (3)羽生君を王座に導いたもの

  「彼はかなり精神的に強くて、負けず嫌い。負けるということが嫌いな人間です。環境づくりをしてあげれば、必ずできるようになるので、コーチからするとものすごく安心するんです」

  「彼は自分というものを、かなりしっかり持っている。それだけある意味ではコーチから見るとわがままに見えるかもしれないけれど、私から見ると、それは彼が持っている能力。モチベーションがものすごく高いんです。ジャンプにしても、表現にしてもかなりのモチベーションから創り上げてくる。それは素晴らしいものだと思う

 いわゆる、都築コーチが佐野さんに課したトレーニングというのはスポ根的な指導方法なんですが(宇都宮さんの本にその辺りは詳しいです)、イメトレの重要性をこのように語ってくださっていたり、だからこそ、まもなく80歳にして指導現場に立っている理由のような気がします。

 「結弦が怪我がちなのは鍛え方が足りない」なんて絶対に言いません。むしろ取材時の昨年8月、こう心配していました。

  「羽生は(精神的な)強さを持っていると思うんですが、彼の場合は体がダメージを受けるときがあるので、それがぶつからなければ。いつも大会のたびに何かが起きてるから、それがなければいいなと思っています

 恐れていたことが現実になったわけですが、それももう過去の話です。本書の都築コーチの章はわずか20ページほどなんですが、面白い話が随所にありました。もしかすると、Continuesでの佐野さんとのフリートークでは、この辺りのさらなる裏話も出てくるかもしれません。楽しみですね!

 では、また明日!

 Jun

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 2018年2月5日発売。定価「1728円」。宇都宮さんの書籍やエッセイについては「こちら」も参照。

 平昌五輪後の新刊雑誌ラッシュも小休止という感じなので、五輪前に購入して積んだままになっていた本書を開いてみました。

 今日は「第四章 羽生結弦のいる時代」について、ご紹介します。

 発売日が2月5日で、しかも今季の羽生君は、昨年11月のN杯での怪我の後、2月中旬の平昌五輪まで公の場に姿を見せていませんから、内容的には既知のものばかりです。しかも著者は、SportivaやSPURなどで精力的にフィギュアスケートのエッセイを発表していて、「どこかで読んだことあるなぁ・・・」という記述もけっこうな部分を占めていました。

 大まかな内容としては、羽生君のヒストリーを、4歳でフィギュアスケートをはじめた頃から現在まで駆け足で見ていくものですが、単なる歴史の記述ではなく、関係者への取材に特徴があります。

 その肝になっているのは、都築章一郎コーチです。日本のメディア相手に、羽生君について多くを語ってくれるのは彼しかいませんから、五輪前に出た本書の都築先生のインタに新しい情報なんてあるのかな?と思っていたら、私の知らなかったお話もいくつかありました。

 (1)震災直後の「相談」(169~171頁)

 以下、都築コーチの発言を引用します。

  「羽生は、仙台に強いこだわりを持っていました。それは、彼のプライドでもあったと思っています。大震災のあと、羽生は横浜へ来ました。ここ(神奈川・横浜銀行アイスアリーナ)で練習して、チャリティショーへ参加するという日々でした」

  「そうやって、スケートへの気持ちを取り戻していったのですが、ほんとうに徐々にという感じでした。ダメージは大きかった。傷ついていました。仙台は、彼の支えだったと思います。『絆』という言葉がありましたけれど、心の中で、深く絆を結んでいたのではないでしょうか。仙台を愛していて、絶対に離れたくないと言っていました」

  「ただ、ご両親は彼の将来について、いろいろと考えておいででした。仙台に残るか、新しい環境か、そういうことです。正式な相談をお受けしたのも、あの頃だったと思います

  「私が羽生のコーチだったのは、小学六年生までとなっているようですが、事実ではありません。週末に、彼が横浜に通うという形で継続していました。練習には、いつもお母様が同行されていました。ご両親は、いろんな環境を与えてやりたいという考えをお持ちでした。その選択肢のひとつが、私の存在であったかと思います」

  「これまで、誰にも話さずにいたのですが、仙台で練習できなくなった頃、ご両親からこういう話がありました。指導を、私と長久保先生に託したいという申し出です。『ふたりで協力して、育ててほしい』と言っていただいた

  「私もできれば、そうしたかった。日本のコーチは優秀です。長久保先生も、とてもいい。実力があります。ご両親も、良さを感じていらした。ただ、環境が許さなかった。日本に足りていないのは、いろんな要素を総合的に満たす環境です。教えられる自信があったとしても、子どものためにならないのなら送り出す。そういう覚悟は必要です。いい選手を作ろうと思うとき、プライドは邪魔になります。邪魔なだけです。どれほどつらくても、捨てなくちゃいけない」

  「ご両親とはよく話し合いましたし、信頼もしていただいたと思っています。提言は、今日の結弦の姿を見れば、方向性としては間違っていなかったのではないかと思います。少しですが、自負するものもあります」

 以上、都築先生の証言です。ここでいう提言とは、都築先生がなさった「(羽生君が)世界に羽ばたくための、次のステップへの提言」で、つまり海外移籍ということですね。

 ここで、城田さんの著書の内容を思い返すと、そこでは、彼女が、11年夏に羽生君のお母さんから練習環境の窮状を聞いて、「デトロイト、コロラドスプリングス、トロント」の「三つの行き先を提案した」と書かれていました。

 ここからは私の推測ですが、羽生君のお母さんも最初は都築先生に相談をして、まずは国内での練習拠点の移籍を考えたんじゃないかと。ただ、移籍がすぐに決まらないので、城田さんにも相談をした。そして、城田さんは、「ならば結弦は、私が何としてでも、海外に行かせる!」と、彼女がその剛腕で一気に話をまとめたんじゃないかと・・・。結果的にブライアンの所に行って大正解ですから、もはや誰も文句は言わないですよね。

 このような情報が明らかになる前は、「阿部奈々美先生の意思は?教え子を取り上げられて、かわいそう」という意見もあったようですが、なにより、羽生君のご両親が練習拠点の移籍を積極的に考えていたというのは、抑えておくべき事実だなと思います。

 (2)質こそが要求される四回転時代(191頁)

  「現在、世界のトップ選手は、複数の種類を四回転で跳ぶ。それが、当たり前になった。だが、ほんの数シーズン前までは、そうではなかった。四回転トーループだけで、勝負になった。二種類持てば、勝てた。コンポーネンツをまとめることで、高い得点に繋げることができた」

  「たとえば、カナダのパトリック・チャンのスケートは、とても美しい。ずっと見ていたいような滑りをする。あの時期まで、彼のコンポーネンツは最強だった。しかし、今はその差がつまってきている。コンポーネンツでは、ジャンプの差を補うのが難しくなっている。彼は二種類しか四回転を跳べないのだ

  「疾風怒濤の展開を見せる現在、二種類では苦しい。平昌では、おそらく勝負にならないだろう

 おそらくこの部分は昨年中に執筆されたもので、手直しせずにそのまま出版という形になったのでしょうね。

 結果的に4Sと4Tで羽生君が金メダル、同じくその2種類のハビも銅メダルを獲りました。来季のルール改正がどうなるか不明ですが、GOEの11段階制が導入されれば、若手選手も、基礎点の高い4Lzや4Fをがむしゃらに目指すのではなく、自分の得意なクワドを高いクオリティで跳ぶ方向性に落ち着くような気がします。

 Pさんに関して言えば、たとえ2種類であっても完璧に降りていたら、平昌五輪でもメダル争いに絡んでいたと思います。彼の問題は、クワドもそうですが、3Aの成功率も落ちていて、ジャンプの精彩を欠く場面が目に見えて多くなりました。PCSも(いろいろ意見はありますが)、地元カナダ開催のスケカナで宇野選手より低いスコアになったり、ジャンプも含めた総合力という部分でシビアに見られたのかもしれません。

 (3)欧米と日本のフィギュアスケート人気(194頁)

   「欧米のフィギュアスケート人気は、低迷している。たとえば、アメリカでは過去、三大スポーツ(フットボール、バスケットボール、野球)に次ぐ人気と言われていた時代があった。試合はもちろんゴールデンタイムに放送されたし、二万人規模のアリーナは観客で埋め尽くされていた

  「状況は、現在の日本に似ている。そっくりだ。つまり、フィギュアスケートは、国民的な競技だった。だが、現在は違う。録画放送が一般的だ。視聴率もよくない。むろん、会場は満席にならない。状況は、過去の日本に似ていた

 アメリカでそんなに大人気だった頃って、誰がいた頃?ジョニーとか?もっと前?と、私はいまいちイメージできないのですが、今回の平昌五輪の北米向けの競技時間の変更は、まさにその人気回復のために狙った策が完全に不発に終わった感がします。

 ところで、ザギちゃんの優勝が、後半ジャンプ固め打ちに対するルール変更や、ワグナーのツイなどによってケチがつけられていますが、ルール変更があってもロシア勢はその新ルールを綿密に研究・分析して、まだしばらくは勝ち続けるだろうと思います。

  ロシア女子の特にエテリ組の子たちは、それこそ羽生君のように、フィギュアスケートに命懸けで取り組んでいて、そこが決定的な差になっている!

 彼女たちの強さに秘密なんてなくて、答えはこのようにシンプルだと私は考えています。アメリカの女子も、グレイシー、カレン・チェン、マライア・ベル、あるいは今季もっとも期待されたテネルと、彼女たちもポテンシャルは十分なはずなのに勝ちきれないのは、いまの米国の指導現場は選手の自主性を尊重しすぎているのか、どうも演技がユルイんだよなぁという印象です。

 日本のフィギュアスケートも、欧米のように衰退してしまうのか?・・・いやいや、私はあまり悲観していません。

 なぜかと言うと、私は将棋も好きで見ているんですけど、藤井聡太君が登場する前の将棋界というのは、フリーソフトでさえプロ棋士よりも完全に強くなり、スマホカンニング疑惑もあったり、将棋連盟の幹部が総退陣する事態になっていました。どん底の危機的状態でした。

 あれを思えば、すでにフィギュアスケート界には、紀平梨花ちゃんがいるし、山本草太君や須本光希君もいる。もちろん、我らが羽生結弦も、クワドアクセル挑戦への道という、独自の進化を遂げてくれることでしょう。未来は明るいですよ!

 世界ジュニアも間もなく始まります。2022年の北京五輪の女子のメダル候補は、トゥルソワとコストルナヤが中心になると私は見ていますが、これから4年間、梨花ちゃんがどれだけ戦ってくれるか、楽しみですね。

 そういえば、某匿名掲示板で、

  「ハビもスペインに帰るんだし、紀平をオーサーの所に送りこめ!」

 という書き込みを見かけましたが。たしかに彼女はジェフのプログラムも滑っているし、いやぁ、まぁ、そりゃ分かるけどさぁ・・・。城田さんが一仕事してくれることを密かに期待してますが、濱田先生が出すわけがないし・・・。

 では、また明日!

 Jun

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 昨日の続きで再びSportivaです。なぜLifeの第5号を並べているかというと、「日本フィギュアスケート 挑戦の歴史」という宇都宮直子さんの連載企画が、Life5号の「コーチの肖像 Vol.4 都築章一郎」と深く関連しているからです。

 私のように、Lifeの都築先生のインタビューをすでに読んでいる方にとっては、今回の企画は「知ってることが多い」のは事実なんですが、主旨がやや違います。

 ・ Sportivaの方は佐野先生との師弟関係にフォーカスしている

 ・ Lifeの方は佐野先生以外のお弟子さんたちにも言及している

 ここだろうなと思います。で、いつもだったら、このLifeの都築先生のインタを画像としてすべてアップする所なんですが、もし、Sportivaの次号以降の内容とかぶるようだと、ちょっとなぁ・・・と思いまして、今回の宇都宮さんの記事を補足する形で、「コーチの肖像」の方にも触れたいと思います。

 (1)佐野先生の下宿の件――77頁3段目辺りから、都築先生が当時小学5年生の佐野少年を自宅に引き取ったという話があります。コレ、Lifeの方だと、「お兄さんと一緒に東京に出てきて、私(都築先生)のところに下宿するようになって」とありますね。

 (2)都築先生ご自身の競技者時代――76頁2段目~3段目で、日大に入学し、1958年にフィギュアスケート部を創設。その2年後、全日本ジュニアで優勝し、シニアに上がったとあります。元々、スケートを始めたきっかけは高校生ぐらいだったと。Lifeでは、この高校時代について言及があります。実は、先生の出身は愛知県で、名古屋スポーツセンターのリンクでスケートを開始されています。あの山田満知子先生と同じ頃で、誰に教わっていたかというと、小塚君の祖父にあたる、小塚光彦さんの指導を受けていたようです。名古屋のリンクの指導者の中に日大出身の方がいて、その方から「日大に来ませんか」と声をかけられたようです。

 (3)教え子たち――佐野先生の他に、長久保裕コーチ、無良隆志コーチという二人のお弟子さんとの思い出について、Lifeで語られています。Sportivaの方でも長久保コーチについては、1972年の札幌五輪に長久保選手がペア競技で出場した件が触れられていますね。

 Lifeの方で興味深かったのは、都築先生が拠点としていたリンクの変遷です。Sportiva(77頁2段目)では、都築先生が東武百貨店に就職したことで、佐野選手を「池袋のリンク」で指導したとあります。しかし、このリンクは1年で閉鎖となり、川崎球場近くのリンクに指導の拠点を移します。

 川崎球場といっても、たぶん若い方はわからないと思いますが、現・千葉ロッテマリーンズ(千葉マリンスタジアムは、FaOIの「幕張イベントホール」から近いんですよ!)が、ロッテオリオンズと名乗っていた頃の本拠地で、落合博満さんが三冠王を獲った頃が、まさに川崎球場全盛時代(!?)かもしれません。でも、つねにガラガラで、カップル(というか当時の呼び方でいえば、アベック)が、外野席の上の方でイチャついている様子が、よく「珍プレー好プレー」のような番組(ナレーションはみのもんた)で抜かれていました。

 Lifeによると、その川崎のリンクも結局閉鎖され、その後、品川のリンクを経て、新松戸へと移ります。この新松戸というのが、当時ダイエーの中内功社長が『オリンピック選手を育てろ』ということで作ったリンクだそうです。そして、その新松戸の10年後に、仙台にダイエーのリンクがオープンします。

 この仙台のダイエーのリンクが、現在のアイスリンク仙台です。

 アイリンについてはここで私が言うまでもないでしょう。田村岳斗さん、本田武史さん、荒川静香さん、そして羽生結弦選手。そう考えると、仙台のレジェンドスケーターたちの成長において、ダイエーが果たした役割は無視できませんね。

 ANAさんとかロッテさんとか東京西川さんとかバスクリンさんとか、ちょっと頑張ってくださいよ!と思いつつも、・・・てか、羽生君はきっとそこまで先を見据えて、未来のフィギュアスケーターたちのことを考えて、いま大企業の「広告塔」になることを引き受けてるんだろうなと思うんです。

 小遣い稼ぎにCMに出てるんじゃない。磯田道史先生のご著書じゃないですけど、羽生君の言動と行動を見れば、まさに平成の「無私の人」「無欲の人」ですよ(あの映画では、殿というより妻夫木君の役にこそ近いと私は思うのです)。だから彼を応援するんですよ、私は。

 ちなみに、Lifeの5号ですけど、今年の3月28日に発売された本ですが、いまパラパラめくってみると凄いですね。

 シニア&ジュニアのGPファイナルの特集号なんですが、やはりこの時もジュニアが面白い。男子シングルで優勝して、先のフランス杯でも衝撃を与えたネイサン・チェンのインタビューを収録。女子のシングルは、2015年も日本とロシアが3枠ずつ占めていて、1位ツルスカヤ(今年のGPFも出ます)、2位ソツコワ(先日のフランス杯で2位)、3位が真凛ちゃんでした。ちなみに、日本代表は他に、5位に白岩優奈さん、6位にあの三原舞依さん。4位のフェディチキナも含めた、女子のファイナリスト6人全員のインタビューも読めます。

 ちなみに、この時の三原さんのインタビューを読んでみると、

  「全日本ジュニアの4日前くらいから両足が急に痛くなって、両方とも水がたまっているんですけど、水がたまる理由がわからなくて、(日本で)病院に行ってしっかり治したいです」

  「『日本代表として行くのにちゃんとした演技ができなかったら申し訳ないから、棄権も考える』と先生に言われたんですけど、シリーズを頑張ってファイナルに出させていただけることになったので、諦めずに『自分を信じてやろう』って決めてました。痛み止めを飲んだり、注射してもらったりしました」

 もう、これを読んでいて、胸が苦しくなりましたね。スケアメの動画を貼りますけど、とてもこんな大病をした選手とは思えない、スピードとキレのある演技、そして笑顔が最高です。




 ※SPの演技後のキスクラで、スコアが出て、先生の「すごくない?」「すごくない?」を、バッチリ拾ってるのが微笑ましいですね。

 周囲は(というか私も)、やれ中国杯に勝ってファイナルや!、全日本で3番に入ってワールドだ!とか、色々と騒がしくなってくるかもしれませんが、とにかく無理だけはしないでほしいです。

 さて、Sportivaに話を戻してあと、二つだけ。

 ・真凛ちゃんへの力の入れ様が凄いですね・・・。確かに彼女は、もはや演技が始まる前から独特のオーラが出ていますけど、頼むからゲスなマスコミ連中は粘着しないでほしい・・・。まぁ、濱田先生がいるから心配ないと思いますが。そして、紀平さんと三原さんもしっかり1ページずつあって、Sportivaよくやった!という感じです。

 ・鈴木明子さんの「シリーズ展望」企画。宮原さんについて、「あえて課題をあげるとすれば、観客やジャッジを驚かせる爆発力」と指摘していて、その通りなんですよねぇ。素人意見では、それはもう3Aしかないんじゃないの?と思うんですが、メドベあるいは北米勢もこのまま平昌まで絶好調かどうかは分からないし、そこは濱田先生がどう考えているかでしょうね。

 ・ハビについて鈴木さんは、興味深いと同時にわりとぶっちゃけ気味なコメントをしていますね。

  「フェルナンデス選手は何でもうまくこなすように見えますが、意外と不器用で、振り付けを覚えるのに時間がかかったりするようです。努力家というタイプではありませんが、羽生選手の存在を意識してかなり練習するようになったと聞きます。どんなときでも『楽しそうに滑る』ことができるのは大きな才能です」

 これは、ミキティ情報ですか?・・・んなわけないか、と思いつつ、鈴木さんはアイスショーでハビと一緒になることもあるはずで、本人がフランクにそう語っていたのか、関係者から漏れ伝わってきたんでしょうね。こういうのは、記者やライターとのやり取りでは(ましてや外国人相手に)、なかなか話してくれないでしょうから、非常に貴重ですね。

 明日はたぶん、ユーリの第7滑走のレビューになると思います。幸い、新刊雑誌は続々と発売されるので、しばらくはネタ切れに悩まされず、しのげそうです。

 では、また明日!

 Jun

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 2015年4月2日発売。こちらも昨日に続いて、切り抜きしたNumberです。

 冒頭の野口美惠さんの上海のワールドのレポートに目を通しながら、この14-15シーズンの記憶を再び辿ってみました。衝突事故とお腹の手術。羽生君は2月に練習を再開すると、今度はオーバーワークで右足を捻挫。まさに満身創痍です。そりゃ、このワールドは勝てなくてもしょうがなかったわな・・・と感じつつも、あれ?っとページをめくる手が止まりました。

 1位ハビ→273.90(92.74/181.16)、2位ゆづ→271.08(95.20/175.88)

 こんなに僅差だったっけ?と、本棚の別の雑誌を手に取って、16年のワールドの成績を調べてみます。

 1位ハビ→314.93(98.52/216.41)、2位ゆづ→295.17(110.56/184.61)

 確かに、いずれのワールドも羽生君は万全の体調でなかったとはいえ、じゃ、なんでハビエルは1シーズンきっちりコンディションを維持して戦い抜けるのか?と考えたときに、

 もしかしたら、ハビエルは、もともと羽生君クラスの構成にすることは可能だが、試合・練習含めて、身体にダメージを蓄積させることを極力避ける内容に留めているんじゃないか?

 つまり、極限まで難易度を上げて、自己ベストの先に挑む羽生君と、自分の実力を重要な試合で確実に出し切ることを目指すハビエル、理想主義者と現実主義者の戦い?・・・そんな構図が頭に思い浮かびました。羽生君がひたむきに限界を超えようとする理由の一つに、昨日も触れましたが、「弱い金メダリストだったこと」が関係している、というのは私も感じるところです。

 私が切り抜いたこのNumberの記事には、ハビエルの勝因について分析する部分は無かったんですが、今後続々と発売されるであろう各誌から、その辺りも読み解けたらなと思います。

 さて、個人的に楽しめた記事は「ユヅルが初めてリンクに立った日」ですね。これはなかなか貴重ですよ。

  「まるでX JAPANのYOSHIKIさんがドラムを叩いているときのように頭を振り続けるんです。まだ、手足を自由に使って表現する技術がなかったんですね。最初からすっと自分の世界にはいってしまうので驚きました。『そんなに振っていると、頭が痛くなるわよ』って言ったのを覚えています。』

 5歳の羽生君に初めてスケートを教え、振り付けをしたときの、山田真実先生の印象だそうです。

 メタラーの端くれとしての意見ですが、痛くなるのは頭ではなく首なんですよね。ファンがライブで勝手に頭を振るのは自己責任として、本当にヤバい音楽のドラマーは、安定したフォームで叩いています。参考例として、私の大好きなカナダのデスメタルバンド、CRYPTOPSYの凄腕ドラマーのフロ・モーニエ。ガタイからして違います。



 話を戻しまして、「もっと思い切って体を動かしなさい!」と山田先生が指導すると、羽生君の感情表現は「過剰」に映ったといいます。

  「自己陶酔できるというのでしょうか。けがをしたときは悲劇の主人公になりきるし、私に怒られたときも『あなたに怒られて、僕は今、ものすごくダメージを受けています』という態度をアピールしてくるんです。彼の表現が真実なのか演技なのか、見極めるのが大変でした。」

 このインタビューでは、もちろん羽生君のジャンプの才能についても触れられていますけど、「何歳でどんなジャンプが跳べた」という話は、ぶっちゃけ、どのスケーターの回想記事でも読めるわけで、羽生君の子どもの頃の感情表現についての「証言」が残っているのは興味深い。

 そして、この山田先生が都築章一郎先生を紹介したという経緯は知りませんでした。非常に重要な役割を果たした功労者と言ってもいいと思いますね。

 この記事の最後、羽生君がトロントに渡った後、カナダで再会した時の山田先生と羽生君のそっけないやりとり。そして、金メダリストになった羽生君には直接声もかけていないという話。複雑でほろ苦いような、私にはちょっと理解できないものも感じます。

 話の次元は違いますけど、たとえば、中学校でものすごいやんちゃした卒業生が、母校を訪れて、「やあやあ」みたいな感じで先生と和気あいあいとしてる光景ってあるじゃないですか。

 当時あーいうのを見ていて、こいつら在学中にさんざん迷惑かけたくせにどのツラ下げて来てんの?という気持ちと、なんで教師はこんな風にして迎えてるの?と、日々、授業や様々な指導等で小言を言われてる在校生の立場の私は、「けっきょく目立てばいいのかよ」と不満を感じていました。

 これは、大学のゼミにも言えて、OB会のような集いでも、「目立っていた学生ほど教授に温かく迎えられている」、しかも、「『子どもができたから名付け親になってくれ』と教授に頼んでいたり」もして、そんな、私からすると厚かましい光景に、はぁ?意味わかんない!と、勝手に怨念をため込んでいる自分がいましたね。でも、そもそも教師が、在学中の生活態度関係なく、卒業生を迎えるのは「大人の対応」として当然なんですけどね。

 つまらない脱線話をすみません。でも、そこに来て、ビッグになった教え子に対してのこの複雑な距離感は、けっこう驚きなんですよね。阿部奈々美先生がまったくメディアに露出しないことを勘ぐる記事なんかは、ネットで検索すればわりとヒットしますけど、やはり私のような凡人の住む世界とはまた違った深い事情があるんでしょうね。

 まったくNumberの記事の紹介になっていませんが、記憶と思考の寄り道・脱線がいろいろできたことが、私にとっては収穫だったのかなという気がします。

 では、また明日!

 Jun

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