On the Back of the Flyer

TOEICテストメモ、羽生結弦選手、日々のアレコレを綴ります。

タグ:11FaOI

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 2011年11月25日発行(11月12日発売)。今さら説明の必要のない、フィギュアスケート専門誌の老舗。本号が第50号で、創刊号は1999年秋、ミシェル・クワンが表紙を飾っていました。

 羽生君情報の前に、まずは表紙のこの方ですよ。以前レビューしましたが、Number PLUSの「灼熱の銀盤」(2013年11月発売)で、マツコ・デラックス、伊藤みどり、樋口豊の3名による「マニアック鼎談」なる企画がありました。その中で、マツコさんはこう言ってたんですね。

  「顔だけで言えば以前の(エリザベータ・)トゥクタミシェワが好きだったんだけど、今は凄いことになっちゃっているわね」

  「キャシー中島さんみたいになっちゃってるじゃない!驚いたわよ。どんなクールビューティーになるのかと思ってたのに」

 おいアンタ、自分のことを棚に上げてそりゃ言い過ぎだろ!いまだって美人さんじゃないか!と思ってたんですが、後日購入した本誌を見て、ちょっとだけ、ぐぬぬ・・・という感じです。でも、いまのリーザも私は大好きですよ。



 さて、羽生君です。震災から8カ月。練習場所を確保するのも大変だった羽生君は、まさに男子マラソンの川内優輝選手が「レースを練習替わりにして」大会に出まくっていたように、アイスショーに多数出演することでコンディショニングを行っていたことは、皆さんもご存じかと思われます。

 この号での羽生君は、ジャパンオープンへの「サプライズ・ゲスト」にはじまり、「カーニバル・オン・アイス」、「フレンズ・オン・アイス」、「ファンタジー・オン・アイス」と出演しており、その様子がリポートされています。

 画像で貼ったジョニー・ウィアーについては、第49号の「ジョニー・ゆづ対談」(2011年7月FaOI福岡)を以前の記事で紹介しました



 こちらは9月の新潟のFaOIでの単独インタビューです。ここでも、彼は羽生君を高く評価しています。

  「ユヅルに感心するのは、彼はまだ若く自分のスタイルを模索している最中だけど、その滑り、パワー、エモーション、すべてが純粋なところです。彼のように自由な子がいることは本当にすばらしいと思う

  「(将来若いスケーターたちにプログラムを振付てみたいかと訊かれて)もちろん!ユヅルとやってみたいな

 ゆづが「自由な子」って?と思われる方もいるでしょうが、この前の部分も素晴らしい内容なので、引用してみます。

  「ぼくのキャリアはまるでジェットコースターのように浮き沈みが激しかった。ぼくに投げかけられる批判的な言葉が心配だった人も多かったと思います。でも、ぼくはまったく気にしていない。だから、エディット・ピアフ(※プログラム)でもそうした声をそのまま流したんです。むしろそうした言葉がぼくを強くしてくれる。「お前には無理だ」「お前はもうおしまいだ」と言われたって、「いいや、ぼくには未来がある」「ぼくは最高だ」「みんなぼくのことを決して忘れない」ということをいつも示してきた。そうした批判すらもすべて自分のものにしてきたんだ」

  「(「ウィアーさんは本当に強い人なんですね」と訊かれて)それこそぼくが若いスケーターたちに見せたいものなんです。ぼくはオリンピック・チャンピオンでも世界チャンピオンでもない。それでも人々はぼくのことを決して忘れないでしょう。それはぼくが強い人間だからであり、強い個性を持っているからです。「こうしなければいけない」という力に何から何まで従う必要はないんですよ。いい演技ができれば、気にする必要なんてない。音楽や衣装の選択やら政治的な馬鹿げたことでたくさんのプレッシャーがあると思うけれど、ぼくは若いスケーターに自由であってほしい。自分がそのことを示せていたらと願っています」

 私の読む限りでは、ジョニーのいう「自由な子」とは、周りの雑音に惑わされることなく、自分の個性を信じて純粋に演技に没頭できる若者、という意味に受け取りました。そして、羽生君もそんなスケーターであると。

 またジョニー?と若干飽きがきてる方もおられるかもしれませんが、現代の日本人に対する金言でもあると思います。みんな自己評価が低すぎるだろ!他人に振り回されず自分のやりたいようにやれ!と。少なくとも私は、彼のインタビューにはいつも励まされますね。彼の自伝も揃えてみようかと考えちゃうほど。

 最後に、クリケットクラブについて。羽生君が移籍する前、野口美惠さんがクリケットに取材に行かれていて、ブライアンとデイヴィッドのインタビューも収録されています。現地リポートの中で、やはりこの二点が目を引きます。

 ・氷の質は、日本では類を見ないほどなめらかでよく滑る。蹴らないでも進むため悪い癖がつかず、正確なエッジワークを身につけるのに最適な質を、毎日保っている。

 ・日本の場合は、1人のコーチが技術指導から精神ケア、試合戦略まですべての面倒をみて、他のコーチとは交流しないのが原則。カナダでは複数のコーチに習う選手もいるが、全コーチ(21名)と全選手が交流するスタイルは、オーサーオリジナルの手法だ。

 実を言うと、ハビもクリケットに参加したのはこの2011年の夏だったわけで、翌年のワールド後、羽生君がクリケットに加入するというのは、この時に取材している人もされている人も、みんな想像すらしていなかったことが、この記事から伝わってきます。
 
 二人のインタビューからは、ソチの「ソ」の字も出てこないので、運命的な出会いというのは突如、劇的に訪れるものなのかなと感じますね。

 では、また明日!

 Jun

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 2011年9月15日発行。震災から半年という時期。羽生君関係では、アイスショー(THE ICE)への出演、夏季強化合宿への参加、FaOIのために来日していたジョニー・ウィアーとの対談が見所です。

 また、別の注目ポイントとしては、6月にドイツで行われたISU国際アダルトフィギュアスケート競技会なる大会に、日本からは伊藤みどりさんをはじめとする8名の選手が参加。なんと、野口美惠さんが選手として出場しています。サッカーボールを日常的に蹴ったことすらないようなサッカーライターが跋扈することを考えると、野口さんは競技者ですから、やはり頼りになる存在だなと再認識しました。

 この雑誌、私は超キレイな中古品を「1円+送料」で購入しましたが、現時点でもアマゾンのユーズド最安価格が97円と、これまでブログでレビューしたどの雑誌のバックナンバーよりも安い値段がついています。

 しかし、ここでの、ジョニーと羽生君の対談は最高の内容です。対談というより、実質ジョニーから羽生君へのエールなんですが、そうであっても、ジョニーの言葉がとにかく温かくて必読です。

 それは、対談相手の羽生君が震災を経験したからという、ややもすると「同情心」からのリップサービスではなく、ジョニーは、正真正銘の人格者で、私自身、何度も読み返してしまいました。

 私はこのブログの様々な記事でブライアン・オーサーコーチの人柄について絶賛してきましたが、ジョニーの発言は、これに勝るとも劣らない、素晴らしい内容です。

 新刊だったら「書店で手に取って読んでくれ!」と言いたいですが、すべての方が入手できるとも限らないので、少しご紹介します。大先輩相手の「対談」なので、羽生君はどちらかというと聞き役の部分があるので、ジョニーの発言のみ、以下、引用しましょう。

  「ぼくがユヅルを初めて知ったのは、世界ジュニア選手権の映像をYouTubeで見たときです。当時の彼はまだ14歳なのにきちんと個性があり、自分のスタイルを持っていたので驚きました。また日本人の選手にしては珍しく、情熱的な滑りだと思いました。あの年齢にして、すでにアーティストでした

  「日本は米国と同じように、選手のレベルが高いので世界選手権の代表に選ばれるのは大変なことです。でもぼくから見ると、本物の表現力と個性があり、同時に質の高いジャンプを跳ぶ日本男子は現在、ユヅルとタカハシ(大輔)だけです。他の選手たちは長所と短所がある。でもユヅルはスケートもスピンもジャンプもうまい。本当にバランスのとれた選手だと思います」

  「ぼくのアドバイスはシンプルなものです。「強くあれ」ということ。みんながあなたを負かそうと挑戦してくるわけだし、いろんな人が「ここが悪い」「あそこがよくない」と意見を言ってくるでしょう。ぼくは五輪チャンピオンではないけれど、強かったからあれだけの演技を見せることができた。もし競技に戻る日が来たら、同じ表彰台に立てたらいいなと思っています。そしてミスを冒すことを恐れないこと。成長するためには、失敗も経験しなくてはならないのだから」

  「震災のニュースを聞いたとき、すぐに彼のことを思ったし、仙台は彼が住んでいる場所だとわかっていました。だからいろんな人たちにコンタクトをとって彼が生きていたとわかったときは、本当にほっとしました。自分はニューヨークで快適な椅子に座っているのに、入ってくる映像はシュールリアルで信じられなかった。世界中の人たちと同じようにショックを受けました。ぼくは普段は教会に行かないのですが、震災から毎日、教会に通って祈りました。ユヅルはまだ若いのにこんな目に遭うなんて本当に大変だったと思う。でも彼が生き延びたということには意味があるのだとわかってほしいです。彼は何か偉大なことをやり遂げるためにこの世に残されたのに違いないのだから。それは彼に対してですが、被災者の皆さんには本当に心を痛めています。でもこんな悲劇から立ち直ってより強くなることができる国が世界にあるとしたら、それは日本をおいてほかにはありません

 自分とは国籍も違う、シニアに上がって日の浅い選手に対して、ここまでポジティブな言葉をかけられる人がいるでしょうか?しかも単に「褒める」だけじゃなくて、「これから外野からの様々な批判も受けるだろうけど・・・」というニュアンスも込めつつ、ジョニーはゆづ君に対して「強くあれ!」と声をかけてくれているわけです。

 このようなジョニーの発言から、私は、自分自身の言動・行動をもっとちゃんと考えなきゃなと思いましたよ。自分なりの「根拠」があれば、他者を批判・批評してもいい、ざっくり言うと叩いてもいい、それが自己主張だ、というマインドが、私の頭の中には常にあるんですが、別に辛辣な言葉を装わなくとも、自己を表現できるし、ポジティブな言葉で人を元気にすることこそ大事なんじゃないかと。

 というのも、いざ自分自身に批判的意見が向けられたとしても、それをどう取り入れるかというよりも、評価・共感・励ましの言葉を自分のエネルギーにして前進を続けることの大切も、ジョニーから学んだような気がしたからです。

 ジョニーの発言に対して、この対談の中で実際に羽生君も同意を示しているんですけど、特に、「成長するためにはミスを恐れず、失敗も経験しなければいけない」というジョニーのアドバイスって、まさに現在進行形で、例えば、15-16シーズンの羽生君が、ボロボロだったスケートカナダの後にあえてSPの難易度を上げたことにも現れていますよね。

 この11-12シーズンを終えて、羽生君はクリケットに移籍します。彼が海を渡った理由に、単にスケートの技術を磨いて結果を出したいという競技者としての欲だけでなく、この対談でジョニーのような様々な意味でスケールの大きい考え方に触れて、成長するためには外に出なくては!という発想が生まれたんじゃないか、そんな気がするのです。

 では、また明日!

 Jun

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