「羽生結弦の忘れ難き思い出『Origin』」(REALSPORTS 3/27)

「羽生結弦の忘れ難き思い出『Origin』」(REALSPORTS 3/27)

羽生結弦の忘れ難き思い出『Origin』見る者の心を揺り動かす“原点”の続きは来季へ…」(REALSPORTS 2020.3.27)沢田聡子

TLに、見慣れない媒体の、読んだことのない記事が流れてきたので、チェックしてみました。「いまOriginについて何を語るのだろう?」と読んでみました。

結論から言うと、私の期待していた「Originに対する新解釈」はなかったのですが、「世界選手権の名場面を振り返る」というシリーズのようなので、その中にこのOriginを含めてくれたことは嬉しく思います。

まぁ、しかし、さいたまでネイサンに負けた直後の心境と、4CCからプログラムを戻したそれと比べて、「継続している部分」といえば、「外的要因(氷の状態)の影響を受けにくいトウ系のジャンプ(4Lz)を武器にする」という部分のみで、それ以外はまったく変わりました。

Originや、あるいはOtonalは、羽生さんが子どもの頃に憧れたスケートという意味では「原点」だったけれども、でも、羽生さんの中で「より深いレベルでの原点」である「勝ちたい」という目標を、OriginとOtonalでは達成できないことを痛感したのが今季の戦いでした。

それは、OriginやOtonalのプロに問題があるというより、意図的なミスジャッジに依るところが大きい。だから「これで勝てなかったらしょうがない」と腹を括って、バラ1とSEIMEIに回帰した。私の見立てはこうです。

このライターさんは、「さいたまで原点に気づいた」と書いているんですが、さいたまでの負けは決定打ではありません。「採点の問題」を避けて通ろうとするからおかしな解釈になっているのであって、 トリノファイナルでの誤審、コンディション最悪で臨んだ全日本で負けたことで、「プロを戻してでも勝ちたいという」ところに立ち返ったのです。

まぁ、プロのライターさんには「業界のタブー」があるのでしょう。そして、このエッセイの主旨が「ワールドを振り返る」だから、こういう解釈になるのも仕方ないですね。

どうも、日本の専門家の間では、トリノのファイナルは「無かったこと」になっている風潮がありますが、私はしつこいですから、忘れないですよ!だって、「カルチュラルブック」で、あのマッシさんが、わざわざ日本のファンに向けて謝罪してくださったほどです。

日本人はすぐに過去のことを忘れて、気が緩みますからね。私はしっかり覚えておこうと思っています。

では、また明日!

Jun

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コメント

  1. レモンパイ より:

    こんにちは
    2019世界選手権が「勝ちたい」という原点に立ち返った新ステージのプロローグであったことは、そうだと思います。
    ただオマージュプロでそれをやろうとして、それが下げ採点をさせる絶好の隙を生んでしまった。あの二つのプロがどうこうというより、完璧主義者の羽生くんは新しいプロですぐにはノーミスにならない。バラ1だって初年度は1度も、二年目のNHK杯までノーミスできなかったのです。
    完璧ノーミスでなければ、羽生くんは不当に下げられる、それに対して、勝ちたい相手は、少々のミスでもバンバン上げられる。それが彼の「最大の苦悩」でしょう? それに触れず前半戦は苦戦とする報道が多くて、イライラさせられました。
    日本の専門家たちは、何に縛られているのでしょうね? ほんの一部を除き採点のおかしさに触れませんね。それを避けたら踏み込んだ記事にも論評にもならない。
    トリノファイナル、4大陸後にようやく見返す余裕が出でました(;´∀`)が、4lz、4lo を含む完璧な4回転を次々に5本決めミスは最後の3A コンボだけ、それであの点はあり得ません。と再認識しました。
    『氷上の創造者』は従来の雑誌と一線を画していて、ガンバレと思っています。

    • Jun より:

      レモンパイさま

      私も、さいたまワールドでの「復活のOrigin」は心震えるような名演だと思っています。完成度で言えば、2019年スケカナOriginですけど、思い入れはやはりさいたまです。

      日本のフィギュアスケート村にはジャーナリズムというものが皆無で、異常ですよね。一切の批判が許されない。例えば、トリノのネイサンのコレオの採点が誤審というのは知られていますが、岡部さんにその件でリプを送った一般ユーザーがブロックされてました。ブロックするぐらいならTwitterなんてそもそもすんなよと。他にも過密日程はどうなのか?とか、誰も声を上げませんね。

      その点、コロナをめぐる言論ははるかに「健全」で、「和牛券?なめんてのかコラ?」とネットで大騒ぎになって、安倍さんも土曜の会見でそんな話はしませんでした。

      まぁ、狭い世界だと言論空間が濁る、という典型的なケースがフィギュアスケートかと。羽生さんという伝説的なスケーターが現役選手として活躍しているのに、皮肉なものです。

  2. ととちゃん より:

    沢田さんが四大陸前に書いた、プログラム変更についての記事も併せて読みました。
    羽生選手がフィギュアの理想を体現する選手であると褒めてはいるんですが、「常勝の呪縛から解放されて」その理想を追求していく、と述べている点に違和感を感じました。

    私も、junさんの見立てのように、羽生選手はあくまで勝つためにプロ変更をしたと思っています。その背景には、オータム、ファイナルでの偏向ジャッジがあることは間違いなく、そこをスルーすると辻褄が合わなくなるんですよね。

    カルチュラルブックには、マッシさんの寄稿以外にも、リンク不足やAI導入の必要性など、他とは違う切り口の記事があり、読み応えがありました。よく書けたなあと感心しましたが、出版社の力が大きいのかも知れませんね。

    • Jun より:

      ととちゃん さま

      今回の記事を批判してるわけじゃないんですが、19-20シーズンは羽生さんはもちろん、私たちも本当に悔しい思いをしましたから、「ちょっと呑気すぎません?」と言いたいですよね。

      カルチュラルブックは、松原孝臣さんが関わってはいますが、彼の署名記事ではありません。そこがもしかすると「鋭い記事」が揃った要因かもしれません。内容さえよければ、私たち読者にとって大した問題ではありません。ぜひ来シーズンも、この形態で続編を出してもらいたいですね。