ダンスのプロが分析する羽生さん(Precious.jp)<バラ1>

ダンスのプロが分析する羽生さん(Precious.jp)<バラ1>

こちらの「Precious.jp」は、女性向けのファッションニュースサイトのようですが、いやぁ、面白かったです。振付・演出家の菅沼伊万里(すがぬまいまり)さん は、「コンテンポラリーダンスカンパニー The Bambiest(ザ・バンビエスト)を主宰し、宝塚歌劇団やミュージックビデオ、アイドルの振付など、幅広く手がける」という経歴の持ち主。

非常に興味深い分析なので、バラ1とSEIMEIを2回に分けることにします。

冒頭から動きが音にぴったり合っているのは、さすがですね。音の一番アクセントの強いタイミングと、ジャンプの一番高い瞬間が重なるようになっていますし、そうなるために踏み込む前のターンでも、音と足首の動きを合わせています。ご本人がおっしゃっていた「曲と一体化することを目指す」というのは、そうした音のアクセントを意識していることがまず言えると思います。

スピンの入れ方もおしゃれですね。あえて、音の緩やかなところを4倍速で刻むような感じ。いい意味で観客を裏切るし、ここで緩急が生まれているので、次の盛り上がりへの伏線にもなっています。もちろん前半にこの技を入れなきゃいけないとか、フィギュアスケートのルールも鑑みていると思いますが、こういう工夫が観客をエクスタシーに導く要素なんです。

この最初の部分を読んだだけでも興味深い!日本のフィギュアスケート関係者(プロスケーター)は「忖度」が激しくて、いくら「プロ」を名乗っていても、アテにならない所があるんですよ。

そこに来て、忖度を強要されない、他のジャンルのプロの視点は興味深い。特に、スピンの「4倍速」の所は、3Aを降りた後の「足替えシットスピン」の所を言ってるのだと思いますが、そういう視点で見たことが無かったので、新たな「気づき」を得られました。

普通のスケーターなら入れないようなところにも、細かく音に合わせて腕を一振り入れるとか、それだけで全体の印象が全然違いますから。技と技の間も流れがあり、物語を表情でも伝えられる選手は少ない。でも羽生選手はアスリートとしての技術と、芸術家としての表現の両方をコントロールしています 。

ただ曲にカウント通りに踊っても、「音と一体化」はできません。カウントはただの指標なので、一度体に叩き込んだら、今度はそれを忘れなくてはならないんです。羽生選手も最終的にカウントから解放されて、彼自身が音楽になっています。ショパンという波に乗って、音符と音符の間で遊んでいるようなイメージ。まるでショパンとジャムっているかのようです。彼の演技はそういう境地にいっているから、見ていて気持ちいいですよね。

羽生さんが、14-15シーズンに最初にバラ1を滑って以降、15-16、17-18、そして、今季19-20シーズンの途中からと、約3シーズン半。私たちは、ジャンプ構成や順番だけでなく振付も何度もブラッシュアップされたバラ1を見てきました。

「ここにこれを入れてきたのか!」という発見が常にあって、「破壊と再生」じゃないですが、プログラムとして私たちの目に触れるまでには、その都度、振付やつなぎを吟味して、新たに加えたもの、除いたもの、様々あると思います。

それこそ、この曲を使って、あらゆることを羽生さんがやり尽くしてきた結果が、この4CCのバラ1なので、 菅沼さんが、これまでのすべてのバラ1をご覧になっているかどうかは不明ですが、「カウントから解放されて、彼自身が音楽になっている」という感想を持たれたのかなと思います。

こういう斬新な感性で、その道の一流の方が羽生さんのバラ1を評価している。他方で、ISUのジャッジはこの名演にケチをつけて、彼の足を引っ張ることしか考えていない。やはり、マイナスなものを見るよりも、プラスのものを見ていく方が、気分が良くなりますし、新たな視点を得ることができる。心の平穏を維持する上で、「マイナスなもの」との付き合い方も考えなきゃいけませんね。

では、また明日!

Jun

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コメント

  1. おの より:

    流石だなと思う記事でした
    羽生選手を語るには他のジャンルの方の方がいいのかも知れませんね
    リズムや間の取り方が気持ち悪いとイライラすると思います
    羽生選手はピタリとはまり気持ち良い
    ピアノをやってる方がいるのですが、感性が素晴らしいと言ってました
    昨日の私のコメントで、唯一無二のタグですが呟く前におかしな方向に行ってしまい呟くのは止めました
    感情のままに書くと良くないですね

    • Jun より:

      おのさま

      フィギュアスケートは、音楽に合わせて演技する競技のはずなのに、「音を身体で表現できる選手」って、男女合わせても、片手で足りるぐらいじゃないでしょうか?

      難しいジャンプを跳ばなきゃいけないから大変なのは分かるのですが、とはいえ、それ以前に、「ジャッジはちゃんと判定して!」と言いたい。正しい技術を身につけることで、表現面にエネルギーを傾ける余裕ができると思うのです。いまのようにイイカゲンな判定だから、「一か八かで4回転を跳ぶ」という無茶をする選手が後を絶たない。すべての元凶はジャッジだなと、つくづく感じます。

  2. ととちゃん より:

    菅沼さんの分析、良かったですね。

    フィギュアスケートに近過ぎず、かと言ってズブの素人ではない故に、とても説得力があります。例えば高山さんの著書には専門用語が散りばめられているために、私などは少し身構えて真剣に読まなければ分からなかったりするんですが、今回はスっと頭に入りました。その上で いちファンには気づかない様な視点があり、読み応え充分でした。

    こうした方の発する言葉だけを受け止めていられたらいいのですが、まずプロトコルありきの競技なのが悩ましいです。羽生選手も何か評価に関しては達観してきている様子ですが、ジャッジの能力が羽生選手に全く追いつけていない、ということですね。

    • Jun より:

      ととちゃん さま

      高山さんはマニアックすぎてね・・・。好き嫌いがはっきり分かれる叙述方法かなと思います。

      「ジャッジの能力が追いついていない」というのは、まさにその通り。資格を持っているのだから、我々素人とは比べようがないほど、はるかにルールに精通しているはずなんです。でも、採点結果は奇妙なことになっている。能力が足りないと同時に、あきらかにジャッジとしての人間的な適正の無い方々があそこに座っていると言わなきゃいけない。嘆かわしい限りです。