宇都宮直子著『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』(4)

宇都宮直子著『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』(4)

彼が滑っているときは、呼吸をするのを忘れる。

羽生を見た瞬間、すぐに偉大なチャンピオンになるとわかりました。私の教え子、マキシム・コフトゥンが質問してきたのを覚えています。「なぜ、先生はそんなに感激しているんですか?どうして彼が偉大なチャンピオンになると言うんですか?僕にはそんなこと言ったことがないのに」って。

羽生には、豊かな才能があります。神によってもたらされたものが、です。性格もそう。子どもによっては、初めからすごく負けず嫌いな性格を持っている。たとえば、アレクセイ・ヤグディンは理想的でした。競うことが好きでたまらなかった。試合が好きでしようがなかった。試合をまったく恐れませんでした。羽生も同じですね。見るからに性格が強い。

その上、羽生はものすごく練習をする。気を失うぐらいしている。スケートをすることで、彼自身が多大な喜びを得ているのです。

身体が疲れないという意味ではありませんよ。疲れるのだけれど、その疲労について考えないでいられる。なぜか?目標に達すること、前に進むこと、上に昇ること。それらが、彼を絶大な幸せに導いているからです。

私は完全に、羽生に魅了されています。まるで麻酔をかけられたように、身動きが取れないのです。食い入るように見つめるしかない。私にとって、彼はそんな存在です。

コフトゥンかわいそう・・・とちょっと思ったのですが、そりゃ、世界のトップスケーターを指導してきたタラソワさんだからこそ、弟子に対して厳しいんですよね。真の天才、本物のスケーターというものを、ミーシン先生と同様によくご存じです。

しかし、まるでリンクで毎日羽生さんと顔を合わせているかのように、羽生さんのことを語るものですね。

この機会に、2018年のロステレ杯のOtonalの「タラソワ&ヤグディン解説」もどうぞ。「コメント表示」にすると、画面下に青(ヤグディン)とピンク(タラソワ)の字幕で二人の解説が読めるのですが、改めて見てみると、タラソワさんは、2018年秋の時点で、すでにハッとさせるような指摘をしています。

でも、ジャッジは彼に+4をつけるでしょう。

おそらく、彼らは人生を永遠のものと考えており、まだ別の天才を見ることができると考えているからです。

こんな大きな喜びを与えてくれて、本当にありがとう。

映像を見る限り、採点が出る前、VTRの段階でこう発言していました。だからこそ、字幕に表示されるタラソワさんの言葉をキーボードでこうやって打ち込んでいて、涙が溢れそうになりました。

結局、羽生さんは「スコアがこれ以上伸びない」と限界を感じて、Otonalからバラ1にプログラムを変更しました。もちろん、4CCのバラ1も素晴らしかったですよ。でも、心に傷を負って、崖っぷちの精神状態ゆえの判断だったと、私は思っています。私は、彼にそういう決断を強いた、ISUのジャッジが憎いし、悔しいですよ。

フィギュアスケートの歴史をつぶさに見てきた彼女だからこそ、人生は永遠ではない、つまり人生でこれほどのスケーターと出会うことはない、と言っている。それを分からない連中が採点している。このスポーツは何なんだ?と疑問は募るばかりですが、この話をしていたらキリがないし、前に進むことができないので、やめることにしましょう。

ところで、バンクーバー五輪で浅田真央ちゃんが銀メダルに終わったのは、「日本スケート連盟に邪魔をされたからだ」と、タラソワさんははっきり宇都宮さんに答えています。真央ちゃんのコーチだったタラソワさんは、オリンピックまでの数日間、朝にハードで重要な練習をさせて、夜は休ませる計画だったそうです。

ところが、スケ連の関係者が「夜にも練習させる」と勝手に決めて、スケ連とタラソワさんの間で、「頼まれて、断り」「頼まれて、断る」を繰り返し、結局、夜の練習を強行。フリー後半の2本のジャンプにミスが出たのは、「連盟に邪魔されたからだ。彼らはプロフェッショナルではなかった。失礼だったことは言うまでもありません」とかなり強い口調で怒っています。

やや意外だったのは、「タラソワさんと日本選手」ということで言えば、トリノ五輪の直前、代表を決める全日本の1週間前、荒川さんが急遽タラソワさんからモロゾフにコーチを変更した一件が、本書では触れられていなかいのです。城田さんが荒川さんに、タラソワさんへの詫び状を書かせたくだりは、城田さんの自著『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』(125頁)で読むことができます。

ただ、改めて城田さんの本をチェックしてみると、タラソワさんから「頑張って高みを目指しなさい。何をおいてもフリップの練習をするように」と便箋二枚にもわたる温かな返事が来たことも書かれています。なるほど、そういう意味では荒川さんとの別れは友好的だったと言えるかもしれません。

じゃ、バンクーバーの時のスケ連関係者って誰?と思ったのですが、実は、城田さんは例の「不正経理」の一件もあり、2006年にすでに強化部長を退任しています。後任はもちろん、あの男です・・・。

バンクーバー五輪のシーズンのヨナの状態については、後年『チーム・ブライアン』を通じて検討してみると、当時メディアが煽っていたほど真央ちゃんの金メダルは楽観視できなかったはずですが、きっと宇都宮さんはオフレコでタラソワさんと「それは誰?」という話はしているでしょう。だから、宇都宮さんは、本書ではギリギリのラインで頑張ってくれていると思います。

本章では、もちろんタラソワさんが語る奈加子さんとのエピソードも含めて、楽しい話も盛り沢山です。しかし、あえて、脱線しました。ぜひ、本書を手にとってみてください。

最終章は、世界ジュニアが終わってからご紹介しようと思っています。

では、また明日!

Jun


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コメント

  1. ととちゃん より:

    ロステレ杯の動画をリンクして下さり、ありがとうございます!初見でした。
    タラソワとヤグディンからこんなにも絶賛されていたなんて、胸が熱くなりました。

    私はソチ落ちなので、当時タラソワが「誰にも金メダルを与えるべきではない」と発言したことに少なからず傷ついていました。にわかファンでさえそうだったのですから、羽生選手本人はどれほど悔しかったでしょう。

    それが今ではこの評価です。悔しさをバネに自分を磨いてきた結果です。歯に衣着せぬ発言ながら、人を成長させる批評だったのですね。対して、人の自信を奪い、混乱させるジャッジ達…junさんの思いに心から同意します。

    真央ちゃんの練習にまつわる話にはびっくりしました。その時のメンバーが今もスケ連を牛耳っているのですね。本当に1度解体して欲しいです。

    • Jun より:

      ととちゃん さま

      ソチのことや、ノッテ・ステラータという楽曲の意味も含めて、タラソワさんに対してはいろいろと意見が分かれる所もありますが、これだけの評価をしてくれるのは喜ばしいですよね。

      そして、羽生さんは「プルさんの弟子」でもあるのに、ヤグディンの評価が高いのも嬉しい。

      真央ちゃんの件は、私も当時の関係者の発言や行動に精通してはいないので断定的なことは言えませんが、一つの貴重な証言として、今回のタラソワ発言は価値があるなぁと思います。

  2. Fakefur より:

    タラソワさんは、感情に任せて話しているように聞こえる解説のせいで(ロシア語がわからないので)、困った大御所のように見ていたのですが、こういう豊富な語彙を持った、頭の回転の速い方だったのですね。

    ロステレの羽生さん演技中のタラソワさんとヤグさんの解説席だけをとらえた映像を見たのですが、二人とも演技半ばで興奮して立ち上がって、演技終了後に感動のあまり泣き出すタラソワさんをヤグさんが抱きしめるシーンが印象的でした。

    • Jun より:

      Fakefurさま

      私も、たぶんノッテ・ステラータを提供してくれる前は、ロシアのご意見番の「偉いおばちゃん」ぐらいにしか思ってなかったんですけど、彼女の羽生さんへの愛情は本物ですよね。

      そして、本物のスケーターに対して、国籍の違いや忖度とは無関係に、その愛情を言葉にしてくれる。こんなに嬉しいことはないですよね。言葉にしなきゃ伝わらない!ということを、彼女のほとばしる情熱から、私も学ばせてもらっていますよ。

  3. そぼたん より:

    いつも楽しみに拝読しています。
    今回初めて紹介してくださって日が 私がこの本を丁度読了した日の夜でしたので思わず
    「わあー!」と声が出てしまいました。
    私財を投げ打ってということは聞いていましたが このように詳しく知ることができ 改めて なんと凄い情熱をもって続けてくださったんだろうと感謝しました。 そして
    スケ連の冷たさは 今に始まったことじゃない 伝統的に冷たいんだと認識しました。
    また Junさんも言及されていましたが 羽生選手のセカンドキャリアを 私も読み終わってすぐ思いました。  羽生選手はもしかして 都築先生の後を継ぎたいと思っているのでは・・・
    オリンピックの前年 横浜市神奈川区90周年スケート教室に赴いたとき 都築先生が
    「将来は 誰かのコーチという限られた仕事より プロデューサーのような立場で環境づくりをしてほしい」と言ったら「先生 3年待ってください」という言葉がかえってきたという話や オリンピックメダル受賞後の会見インタビューで「世界中でいろんな所をまわりながら スケートを本気で1位を目指している人に 何か手助けをしたいなと思っています」といった言葉を考えると そう感じました。
    羽生選手なら そういう力はあるだろうし 例えばこの日本のフィギュア村の改革を
    期待もしたくはなりますが ただし現実問題 日本で普通に歩くことさえままならない羽生選手には 別の意味の困難さがあるように感じられます。 それらを受け入れ 
    愛するフィギュアのために敢えていばらの道を歩む覚悟をしてしまうのか・・・
    ついそんなことまで先走り気味になって 勝手に複雑な気持ちになってしまいました。
    とりとめもなく ダラダラと駄文を書いてしまいました。
    失礼しました。 

    • Jun より:

      そぼたんさま

      まぁ、スケ連は今も昔も「事なかれ主義」というか、「責任を取りたがらない」ことが伝統になっているのでしょうね。そりゃ、偉い人が好き放題やってるわけですよ。

      羽生さんのセカンドキャリアは、コーチや振付師ではなく、政治家への転身でもなく、もちろん芸能人や解説者になるはずもなく、スケート界への貢献と「変革」ということをイメージしているんじゃないかな?と、そう思います。

      都築先生が苦労された数々の努力を思えば、羽生さんであれば、できることはたくさんあると思いますね。なんとなく「ロシア」というのは一つの鍵になるような気がしています。北米よりも、ロシアに若手を武者修行に行きやすくするようなチャンネルの構築とか。夢は広がりますね!