今日はこの話に触れないわけにはいきません。すでに、ネット、新聞、地上波番組等で、羽生さんから寄せられたメッセージの全文を、ゆづファンのみならず多くの方が目にされたかと思います。朝日新聞の遠藤啓生カメラマンがスライドショーを作成してくださっているので、こちらをご紹介します。
あの日、私はというと・・・いまと同様に都内に住んでいまして、激しい揺れにビックリしたことを覚えています。その後、都内では、計画停電の実施によって、様々な影響が出ました。特に電車は大きく影響を受けて、時間帯によっては「走らない区間」もありました。その頃の「記事」はいまでも読むことができます。
被災された地域の方々に比べれば、この程度の不便で済みましたので、こうして健康に生きていられることを感謝したいと思います。
羽生さんからのメッセージの中で、個人的に印象的だったのは「傷」のくだりでした。
でも、たくさん考えて気がついたことがあります。
この痛みも、たくさんの方々の中にある傷も、今も消えることない悲しみや苦しみも…
それがあるなら、なくなったものはないんだなと思いました。
痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思います。あの日以前の全てが、在ったことの証だと思います。
とても普遍的なメッセージのように感じました。私自身、特に大学を卒業した後は、とても人様に言えないような回り道をたくさんしてきて、思い出したくもないようなこともあります。その意味で、傷を抱えています。
これまでの私は、その傷を思い出さないために、そこに関わるあらゆるものを切り捨て、消し去ってきました。つまり、傷から逃げつづけてきたからこそ、いまの自分自身を保っていられるとさえ思います。
しかし、羽生さんは、傷があること、その傷の痛みを覚えているということは、「それ以前の全てが在ったことの証」とも言っている。どうも、トラウマのようなことがあると、その出来事以前の自分の全てを否定してしまいたくなるんですが、そうする必要はないんだよ、というエールのようにも感じました。
もちろん、震災で欠けがえのないものを失った方々にくらべたら、極めて個人的で、ちっぽけな傷です。しかし、10年越しで新たな視点をいただいたというか、過去の自分を「責める」ことなく、前向きに生きていくために背中を押してもらった気がします。羽生結弦さんのファンで良かったなと改めて思います。
このメッセージを羽生さんは、いつどこで書いて、そしていまどこにいるのでしょう。すでにストックホルムに入っているのでしょうか?あるいは、「すぐに飛べる」ように成田か、羽田の近くに滞在しているのでしょうか?ワールドの開催は不透明ですが、羽生さんが怪我なく、健康で、シーズンを終えられることをファンの一人として祈っています。
ところで、藤井二冠と芦田愛菜ちゃんとの対談で話題になっていた「おみくじ」を引きました。最初、どこに書いてあるのか分からなかったのですが、見事に「大吉」を引きました。無事に、藤井さんも順位戦を全勝で終えましたし、良かったです。
伊右衛門については、「スッキリしているけど、しっかり苦い」という印象です。甘みのある「生茶」とはまったく違います。ちなみに、伊右衛門を飲んだ後に「お~いお茶」を飲んでみると、「より緑茶緑茶した味をしていながら、苦みは伊右衛門と同じぐらい」でしょうか。つまり、私の中での伊右衛門は、「軽い飲み口だけど苦みはある」という位置づけです。ぜひこの機会に飲みくらべてみてください。
では、また明日!
Jun
コメント
Junさんが傷を抱えていたなんて全く想像もしていませんでした。結弦君の傷とJunさんの傷は違うでしょうから、Junさんは傷から逃げていいと思います。乗り越える必要もないですよね。それも含めて私達が楽しみに読ませて頂いてるブロガーJunさんです。
結弦君のメッセージは心から純粋に自然にでている言葉で私は胸が熱くなりました。友人からも羽生君はやっぱり違うねと言われました。スポニチとスポーツ報知を買ってきまして後生大事にしたいと思います。
私は子供の頃に大きな地震を経験していて、世の中で地震と雷が1番怖いです。震災の時は職場で会議中でした。私は東京が震源地だと思いましたよ、携帯は家に忘れる職場はTV見れないで子どものお迎えが来る夜9時まで備蓄食品でおにぎりを作って食べさせて、保護者をまちましてその日は職場に泊りました。それからが毎日大変な日々が続いたので忘れようもありません。東京の私がこれですもんね、結弦君の思いは一部でしかないと思います。私の友人のお姉さんも津波で亡くなられました。共に前を見にったときは感慨深いものが友人にもあったようです。新聞には佐々木朗希選手の記事もデカかったですよ。
さっき、高橋成美さんと都築先生の動画きたので見ました。
Senninさま
嫌な経験やそれに関わる諸々のことから「離れる」ことは大事ですが、それ以前の自分自身を否定しまうのは良くないなと、気づかされましたね。
昨日の夜7時のNHKのニュースで津波の映像が流れていましたけど、当時東京に住んでいて安全だった私でさえ、10年経った今でも「二度と見たくない」と感じました。
災害対策に関して改めて警鐘を鳴らすのが目的だったとアナウンサーは説明していましたが、非常に不愉快でしたね。個人レベルでできることはグッズを備えておくぐらいですよ。コロナ対策と同じで、個人の努力を促す前に、報道機関として政府の対策をマジメに検証したら?と思いますね。