前回のレビューは「こちら」。
本号では、「『GIFT』の証言者たち」というインタビュー企画が本当に素晴らしくて、MIKIKO先生、野村萬斎さん、武部聡志監督、松岡修造さん、4名の方々が登場します。順番に見ても良いのですが、今日は「観客」として『GIFT』を目撃した野村萬斎さんのインタからピックアップしてみます。
「僕はMIKIKOさんに誘われて『GIFT』を見たのですが、彼女から『羽生選手といろいろ話をしているとき、僕(萬斎さん)と話しているときのことを思い出した』とうかがいました。MIKIKOさんとは、東京オリンピックのことなど、これまでいろいろと話し合ってきましたけれど、オリンピックのコンセプトとして、世界観とか宇宙観とか、そういう言葉をずっと彼女に言っていたのです。羽生選手も、『天地人』の考え方とか、非常に哲学的なコンセプチュアルなことを話していたそうで、(萬斎さんと羽生さんの2人に)非常に近いものを感じられたということでした」
オリンピックのお話を聞くと、あのゴタゴタが頭をよぎりますが、東京五輪の開会式は「一回きり」だとしても、この『GIFT』をきっかけとした、特にMIKIKO先生と羽生さんのコラボは、今後ますます進化するプロジェクトになるはずです。そこに萬斎さんが加わるかもしれないし、夢は膨らみますよね。『GIFT』のストーリーは、個人の内面、そして個人と社会の関係という部分にフォーカスしたものでしたが、まったく別のストーリー、例えば「人間と自然との関わり」みたいなものでも、羽生さんには「ホプレガ」のようなプログラムがありますから、まったく違った演出のプロジェクトが動き出しても面白そうです。
「20代まではどうしても体力というか、たとえばジャンプの高さとか回転の数というものが、大きなものを占めるのでしょう。けれども年を取ってくると、トータルに描く世界観というもの、技と技がある種の必然を持って繋がっていること、ひとつの意図でちゃんと一筆がきになるようなことが、意義として占めうるのではないかと思います。美しさを極めることに、実は高さはそんなに関係なくて、もちろん、高かったり難易度の高い技を1個やったりしたら、それはそれで皆さんびっくりはされますけれど、そのもっと奥にある、描こうとしている世界が深ければ深いほど、見飽きることのない世界になってくるということですかね。多分そういうことを、彼は目指してくれるのではないかと思うのです」
「4回転が3回転になり、3回転が2回転にしかならなくなってくる。そういうなかで何を見せていくかというところで、美的センスや人間性がにじみ出てくるというか、人間として美しくあるといったことに、だんだんなっていくものだなあと感じています。自分自身、体を痛めつけるまでやれたのは、50歳までかな。50を越えたら『あ、このままやっていたら、もう体壊れるな』と思いました。そのなかで、やれるだけやっていくと、『意識が据わっている』というか、『纏(まと)う』というか、『何かやってやろう』ではなくすでにそういうオーラを纏っているような、1回転を跳んでも5回転したかと思えるくらいの(笑)、そういう世界が、実際に芸事にはあるわけです。・・・そういう意味で、羽生選手がどう変化していくのか、ジャンプを跳べなくなる分どうするのか、何を見せるのかということに、非常に興味がありますね」
まぁ、ここでの「1回転を5回転に」というのはあくまでもモノの例えで、羽生さんの場合、3Aを跳べなくなったらプロスケーターから身を引くような気がします。もちろん、あくまでも私の想像です。
でも、もう師匠が弟子を見る眼差しというか、萬斎さんがそれだけ羽生さんのことを評価してくれていて、嬉しいですよね。萬斎さんの「ジャンプを跳べなくなる分どうするか」という問いに対して、おそらく羽生さん自身は「跳べなくなったとき」のことは考えてなくて、ジャンプを跳べる今から、スケートとは別ジャンルの表現技術から学び、これを習得し、表現の幅を広げることで、「誰も見たことのない世界」を表現してくれるんだろうなと思っています。
ところで話は戻りますが、「技と技のある種の必然を持って繋がっていること、ひとつの意図でちゃんと一筆がきになるようなこと」というのは、すでに競技者時代から羽生さんは拘ってきたことですよね。でも、ISUのジャッジはそういうものを評価しないで順位をつけるわけで、彼が追求してきた「美的感覚」がより正当に評価されるステージとして、プロを選んだと私は見ています。
「30歳の羽生結弦」というのはすぐ目の前の未来ですから、これまでと変わらず進化していくことでしょう。35歳になっても、エネルギッシュで好奇心旺盛で、ストイックな生活をある種楽しんでいるような気がします。私たちも同じように年をとりますから、自分自身を律しながら、彼の成長を引き続き見守りたいですね。
では、また明日!
Jun