(1)ジャンプの特徴
ループは右足で踏み切って右足で降りるジャンプですが、踏み切る前に、身体が内側へ回り込むような動きが出やすいんですね。タイミングをとるのがとても難しいんです。腰が開きやすいので、ループの4回転ジャンプを跳ぶ選手はそんなに多くない。体勢をきちんとキープできないと跳べないですから。彼はそれをきちんとコントロールできる選手なんですね。しかも、演技冒頭のジャンプですよ。ジャンプはリズムとタイミングが重要ですから、それがちょっとでもずれるとほかのところに影響します。そんななかで、ケガの要因となったジャンプを最初にもってきて跳ぶ。僕は本当に、静かに観ているというよりも、「ウォー!」と震えがくるような興奮がありましたね。
彼のジャンプの特徴は、構えて跳ばないところなんです。流れのなかにジャンプが組み込まれています。そして、スピードをうまく生かしています。だから大きなジャンプになる。滞空時間が長ければ回転も楽になります。彼のジャンプは放物線を描くジャンプなんですよね。スピードを生かして力をそのまま上昇力に変えていくので、降りた後も流れがあります。だから連続ジャンプもスムーズに跳べるんですね。ファーストジャンプとセカンドジャンプに極端な差がないし、詰まったような動きもない。それは彼の素晴らしい技術です。観ていて、難しさを感じさせない。簡単にできるのではないか、と思ってしまうような動きをするんです。本当に素晴らしい選手の滑りは、動きに無駄がなく、誰でもできるのではないか、と感じさせるものなんですよ。
(2)氷の影響への対応
氷の条件というのは、その日その日で、刻々と変わります。外気温や観客数によって室内の温度が変化しますし、いまは中継のテレビカメラも入っていますから、照明機材の影響などもあるんです。そうすると氷の状態が微妙に変わってくる。たとえば、「ジャッジ側は少しゆるんでいるな」とか、「あそこに行くとジャンプで足を取られるかもしれないな」とか。ジャンプの種類によっては、非常に難しくなったりするのですが、彼はそれにどう対応するかということを考えて滑っていると思います。ですから、ウォームアップのときに、ジャンプを跳んだあと、必ず自分が踏み切ったトレースを見て確認していますね。失敗したジャンプでも、必ずチェックしている。実際、先日の世界選手権の練習でも、4回転サルコウを失敗したときに氷を見ていました。サルコウジャンプはエッジでしっかり踏み切らないといけないのですが、氷の食い込みが強くなると、感覚が変わってきてしまうのです。
彼はそういった跳びにくい状況になっても逃げない。自分でやると決めたら必ずそれに向かっていく。氷の状況を判断して、踏み切りを調整して跳んでいると思います。それに対応する技術を持っていることもすごいのですが、やはりそういうことをきちんと考えて分析している。その素晴らしさですよ。彼の人一倍の負けず嫌い、向上心、分析力。つまり、ひと言でいうと頭がいいんですよね。
(3)喘息の克服
羽生選手は小さいとき、小児喘息を患っていました。うちの息子も同じ病気ですごく悩んだからわかるのですが、小児喘息の子は苦しくなると、背中が丸くなってしまうんです。スケートで猫背になると、身体の軸がまっすぐにならないから、どうしてもミスが出やすくなる。それもあって、彼は小さいころ、試合の調子に波がありましたね。でも、滑りそのものは非常にナチュラルな動きをしていましたし、柔軟性もありました。ですから、身体のポジションさえきちんと直せば、絶対に上に行くだろうなと思っていました。
彼は僕の顔を見ると、「背中!」って言うんですよ(笑)。当時、僕がよく「背中!」と言ってアドバイスしていたから(笑)。いまのようなレベルになる、ずっと前のことですけどね。お母様も大変だったと思います。喘息の発作が出ているときは、もう、かわいそうでかわいそうで、どうしようもないですからね。いまでも少し出るみたいだけど、克服して素晴らしいですね。
(4)何十年に一人の大選手
いちばんの心配はケガのことですよね。大げさかもしれないけど、彼は日本の財産ですから。僕はそう思っています。自分の力を絶えず出していける、そういう力を持つ選手は、簡単には出てこない。羽生選手は、そういう意味でも何十年に一人の大選手なんですよね。僕なんかは、自分が元気でいる間に、2回もオリンピックで優勝し、世界チャンピオンになった選手と言葉を交わすことができたのは、自分の人生において、本当によかったなと、スケートをやっていてよかったなと思います。いろいろな意味で歴史をつくったわけですからね。それも日本だけの歴史じゃないですから。僕がスケートを始めたころのことを考えたら、夢のまた夢ですよ。当時、世界チャンピオンを見て、「こういう滑りをしないと世界で通用しないんだ」と衝撃を受けて、「練習を頑張ろう!」と思ったものが、現実に目の前で見られるなんて。もう嬉しいなんてものじゃないですね。
僕らが、世界に通用しなかった時代に夢見ていたことを、現実として彼がやってくれた。感激ですよ。「ああ、よかったな」と心から思います。同じ世界にいられるというのが嬉しいし、幸せだなと思いますね。
実は、これだけ引用しても全体の半分ぐらいです。ToshIさんとはまったく違うベクトルで、でも、これだけの賛辞とリスペクトを示してくれて、嬉しいですね。
日本のフィギュアスケートの黎明期にたいへんなご苦労をされていた大先輩だからこそ、本物が何かが分かるし、羽生君に対して真っ当な評価ができるんですよね。フィギュアスケートを小遣い稼ぎのネタにしか思っていない連中が、安易なsage報道に加担するのとは訳が違いますよ。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm17769584
杉田さんのJスポ解説といえば、やはりニースロミジュリを外すことはできないでしょう。ニコ動ですが、アカウント無しでも見られますので、そのままリンクを踏んでください。多少、BGMの方が大きめなので、イヤホンでの視聴をオススメします。
Quadrupleの解説を読んでから、このロミジュリを改めて見てみると、一本目の4Tはやっぱり「入り」の所でスピードあるなぁと分析的に見ていたんですけど、途中からは不覚にも涙を堪えながらの視聴になりました。杉田先生の解説がとにかく温かいですよ。皆さんも思いっきり泣いてください。
では、また明日!
Jun
コメント
杉田先生…ジャッジがこんな方ばかりなら、と思いながら読んでいました。
ただ、羽生選手の凄さは本当にこれほどの人にならないと 分からないものでしょうか?素人でさえ、はっきりと実感出来るのに…。
実際、みんな分かっていながら、そのままジャッジして、羽生選手の一人勝ちになることを避けているのでは、と思うこの頃です。変なルール改変もそのためかな、と。それが本当にスポーツなのかと考えると疑問ですが。それでも、あの頭脳をフル回転させ、勝ちにいくのが、羽生選手なんですよね。
今動画を見れない状況なので、後日ニースの解説、是非視聴します!とても楽しみです。
ととちゃん さま
万難を排して、すぐに見た方がいいです。さいたまワールドを見た後だと、いまと変わってないなぁという部分もあるし、成長したなぁという部分もある。
ニースの演技自体は何度もご覧になっていると思いますが、この素晴らしい解説を読んだ後、7年前杉田先生はどのように羽生君を見ていたのか・・・。私は心から感動しました。
Jスポーツ4は未加入のため、初見でした。杉田先生の素晴らしい解説で、羽生選手の演技がより一層輝いて見えました。ニースの解説としては、勿論イタリア解説が有名なわけですが、日本人でもここまで詳細に説明しつつ、選手に寄り添った解説をしてくれるんだなと、とても感動しました。目線がとても優しいですよね。難しさを熟知しているが故の優しさなんだと思います。
杉田先生に迫る解説をいつか期待出来るのは、現状では織田くんでしょうか。フィギュアの良さを、難しさを含めて正確に視聴者に発信できる解説者の育成も、将来に向けて必要だとしみじみ思いました。動画の紹介、ありがとうございました。
ととちゃん さま
杉田先生の場合、冷静な語り口だからこそ、「がんばった!」と噛みしめるように語っていらして、それがますます胸にグッときました。
織田君は地上波の人のテンションなので、杉田先生と方向性はまるで違いますけど、解説の正確さでは間違いのない人ですから、もう次の五輪は本田さんではなく織田君でいいのでは?と密かに期待しています。