ずいぶんと読了するまで時間がかかりました。発売日の昨年11月27日に入手はしていたんですけど、買っただけで、長らく「積ん読」状態。なぜなら、発売後に、トリノファイナルがあり、全日本があって・・・。年をまたいで、最初のレビューが1月10日でした。その後、4CCで中断したり、他の雑誌のレビューを経て、ようやく完結です。
分厚くボリュームのある本で、しかもマガジンの「完全収録」を毎号読んでいる人間からすると、本書の7割ぐらいはすでに知っている内容なだけに、なかなか手が伸びない時期がありました。今回、ラストの2章(平昌五輪・さいたまワールド取材記)をまとめて読んでみて、ふと思ったのは、
羽生さんが、SP・フリー、2本ノーミスを揃えられたのは、2015年11月のNHK杯(長野)と同年12月のファイナル(バルセロナ)の2戦が最後だったのだな!
ということなんです。そこから4年半、試合後の会見では「悔しい」「練習したい」というような反省の弁がつねにあって、加齢があり、怪我があり、でも、そんな苦境の中にあっても「獲れるものはすべて獲った」。彼が現役を続けていることは、改めて驚異的だなと感じます。
いわゆる「ライト層」という方々は、おそらく「オリンピック連覇」「国民栄誉賞」という「若くして成功したアスリート」という彼の表面的な部分しか知らないはず。そんな「成功者だからこそ彼を追いかけている熱狂的なゆづファン」という「誤ったイメージ」も、残念ながら世間は抱いているはずです。
しかし、本書でこれでもかと綴られているのは、「悔しい」「練習したい」という彼のストイックな部分なんですよね。それを書籍という、一般層にも比較的手に取りやすい形で、彼の実像を伝えた、山口さんの功績は本当に大きいなと、改めて感じます。
そもそも、「なぜページをめくる手が遅々として進まなかったのか?」を自問自答してみると、こんなに頑張っている人が、失敗と反省の連続に喘いでいるのを見て、辛くなる部分があったんですよね。
私なんて、たいして努力もしないにも関わらず、物事がうまくいかないと、すぐに「現実逃避」するような怠惰な人間ですから、羽生さんのような「努力の人」が辛い経験をしているの見ると、自分自身が嫌になるし、人生の辛さというものを思い知ります。本書では(意図的に拾っていない)採点の件や、捏造記事やアンチの暗躍も含めたら、なぜ彼はこんなに苦しまなきゃいけないのだろうと、悲しくなりますね。
でも、どうしてこれだけ多くのファンが彼をサポートするのか?成功者だからじゃない。どこまでもスケートに対して純粋だから、というのが明確な答えなのかなと思います。世の中、ズルしている連中ばかりだから、なおさら彼の純粋さに魅せられるのでしょうね。
もし、私のように、「知っていることばかりだし・・・」と読書が滞っている方がいらっしゃったら、第6章の平昌五輪の「取材後」の部分や、第7章のさいたまワールドの「取材前」の部分は、山口さんのプライベートな話も含めて、初登場の情報もかなり盛り込まれています。また、序盤の第1章や第2章(後半部分)も、ほぼ「書き下ろし」ですから、これらを優先的に目を通してみてもいいかもしれません。
とっても良い本なんだけど、読んでいて辛い部分もあります。その「辛さ」が現在進行形で続いていますからね。モントリオールで勝ってくれたら、また印象は変わってくるかもしれませんが・・・。
では、また明日!
Jun
コメント
今では本のタイトルにさえ切なくなってしまいます。
ヘルシンキの逆転優勝に対して、「奇跡なんかじゃない、そういう練習をしてきた」と胸を張って言った言葉を書名にされたわけですが、あの頃から羽生選手を取り巻く環境は本当に悪化してきました。
平昌前は、こういう練習を積めばこういう結果が得られる、とほぼ計算が出来、実際その通りになっていた。でも今は、全日本後のフジインタで吐露していた様に、逆に(ジャッジに対して)奇跡を願わずにいられない状況です。
それでも、junさんが仰るようにスケートに純粋で、正攻法で挑み続けるから、応援していたいと思うのです。それはきっと山口さん達も一緒ですよね。
どうか、バルセロナ以来のSP、FS共ノーミス、ワールドで達成出来ますように!と祈らずにはいられません。
ととちゃん さま
おっしゃる通りです。もはやちゃんとした採点がなされるのは「神頼み」というか「奇跡」としか思えなくなってしまいました。
採点結果にそれだけ客観性がないという現状を鑑みると、これはまさに、神にでもなったつもりのISUの幹部およびジャッジの大罪ですよ。
だから、そういうものを超越した羽生さんを見守りたい。数字は嘘をつく。でも、羽生結弦は嘘をつかない。ゆえに、私たちは彼をサポートしたくなるんですよね。