BBMフォトギャラリー第15回(2020.7.31)

BBMフォトギャラリー第15回(2020.7.31)

前回から約1か月ぶりですね。前回が「氷を降りた羽生結弦・厳選オフショット10」というコンセプトでしたが、今回は「エキシビション特集」とのこと。

掲載されているのは、19年スケカナのパリ散、N杯の春よ来い、そしてGPFのスワンです。撮影は、マガジン専属カメラマンの毛受亮介さん。

こちらの企画は「BBM写真部」というクレジットなんですが、文中には「私たち取材陣(二人でしたけど)」という記述もあります。その二人とはもちろん、山口真一記者と毛受カメラマンを意味するわけですけど、テキストを読むと、あの「コテコテさ」とは無縁の爽やかな文体なので、毛受カメラマンが執筆されたと見て間違いないでしょう(笑)。

まず注目は「パリ散」ですよね。このプロをスケカナのEXとして滑ったこと自体、当時我々の間ではかなりのサプライズでしたし、その後、あんまり雑誌で写真を見かけることが無いのです。それは競技プロのOtonal/Originとの比較ではなく、他のEXと比べても、明らかにそう思います(報知の矢口亨カメラマンが取材できていないことも大きいですが)。

ソチ・オリンピックの時は19歳だった羽生選手。あれから約5年半、大人っぽいこの曲が、さらに似合うようになったと思います。ピンスポが追いつかなくて、ズレてるよー!と叫びながら撮ったのを思い出しますが、この瞬間はバッチリ当ててくれてます!

演技が終わって引き上げるところです。静かな佇まいと、顔に光る汗と衣装のスパンコール。背景が暗く落ちて、カッコよく撮れました!ピンスポのおじさんありがとう!さっきは文句言ってごめんなさい!

臨場感たっぷりのこの「文句」を読めただけでも、今回のコラムの価値はあるというものです。なるほど・・・だから、パリ散は各誌で採用数を減らさざるをえなかった(良いショットがたくさん撮れなかった)ということなんですね。

大会が始まる前、私たち取材陣(二人でしたけど)は、震災の爪痕が残る北海道・厚真町を訪ねました。この数ヶ月前、羽生選手がチャリティー番組で訪れたところです(詳細は「フィギュアスケートマガジン・シーズンハイライト号」」参照)。『春よ、来い』の演技が、いつも以上に胸に突き刺さりました。

いま、何かに苦しんでいる人たちに「春」が来るように。そのすべての人に向け、スケートで表現する羽生選手。全身から感情があふれ出し、力をみなぎらせてこちらに迫ってきます。この羽生選手に見合う写真が撮れるのか、いつも戦いです。勝ったことない。たぶん無理。でも頑張ります!

ユーモアある〆ですけど、名文ですよね。先日、読売の若杉カメラマンの講座を見るにあたり、このN杯の「春よ、来い」の映像を見直す機会がありましたが、「全身から感情があふれ出し、力をみなぎらせてこちらに迫ってきます」というのは、本当にその通りの、エネルギッシュなプロなんですよね。

このプログラムは平昌オリンピックのエキシビションでも演じられたのですが、羽生選手の出番の数分前、私は会場を後にしなくてはならず、非常に辛かったことを思い出します。いまでも悔しい!まだお見せしたい写真があるので、これ以降は次回に持ち越しです!

トリノGPFのスワンについてより、毛受カメラマンが平昌五輪のスワンを撮影できなかったというエピソードにビックリでした。で、確かにマガジンを開いてみても、スワンの写真はない。ジュエルズの大判の平昌五輪のフォトブックにもない。軽く本棚を調べた限り、スポニチの「Dancin’ on The Edge-平昌フィギュア報道写真集―」「FIGURE SKATERS Vol.10」ぐらいです。

あの大会のスケジュールを改めて調べてみると、バラ1が2/16、SEIMEIが2/17、そしてスワンは2/25に滑っていたので、さすがによほど大手のメディアで、しかも他の競技を取材する予定でも無ければ、EXを見るためだけに現地に残れないってことだったのかもしれません。でも、ここでは「数分前までいた」とのことですから、ちょっともったいない話ですね。

「次回に持ち越しです」というメッセージ、忘れませんよ。「マガジン」の発売が8/18と告知されていますが、それより先になるでしょうか?楽しみに待っています!

では、また明日!

Jun

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