Figure365バックナンバーチェック!

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日刊スポーツのフィギュア専門ツイ垢の「Figure365」ですが、スタートは今年の7月1日だったんですね。

ツイートだけをチラチラ流し読みしているだけでも、知らないことがたくさんあって勉強になります。その中で、おっ!と思ったのは、こちらの記事です。

ブライアンが地元開催のカルガリー五輪で金メダルを獲れなかったことは私も知ってますし、『チーム・ブライアン』の中でも、当時ものすごい期待と重圧の中でこの五輪を戦ったエピソードが回想されていました。

ただ、同書の中で詳しく言及されていなかった部分があります。以下、引用してみます。

その時、平松は審判席にいた。9人の審判の1人として、技術点と芸術点を6点満点で採点していた。

「会場の盛り上がりの記憶はあまりなく、とにかく目の前の演技に集中していました。ジャッジとしての信念を貫いて、自分が見たままの得点を付けました。私は疑いなく、ボイタノでした」

平松はボイタノに技術点5・8点、芸術点5・9点。オーサーに技術点5・8点、芸術点5・8点をつけた。合計点でボイタノが優勢と評価した。9人の審判のうち平松を含む3人がボイタノ、他の4人がオーサーに高い得点をつけた。残りの2人は両者に同じ得点。しかし、当時は同点の場合は「技術点」が高い方の選手を評価するルールだった。2人は共に技術点でボイタノを優勢としており、ボイタノが5人、オーサーが4人。わずかに審判1人の差で、ボイタノの金メダルが決まった。

今(の採点方式)と比べて、ジャッジ1人1人の責任が大きかったです。もちろん、オーサーを上につけていた人もいました。ジャッジ1人で、選手の人生が変わる。私も現役時代に採点で悔しい思いをしたので、選手に対して『絶対に公平に、冷静に判定する』と誓っていました」

オーサーは2大会連続の銀メダルとなり、カナダは76年のモントリオール夏季五輪に続き、自国開催で金メダルなしに終わった。このシーズン限りで引退し、以降は振付師、コーチで第2の人生を歩んだ。教え子の金妍児(韓国)を10年バンクーバー五輪金メダルへ導き、羽生結弦(ANA)は五輪2連覇。名コーチとなったオーサーを、平松はISU技術委員、理事といった立場から見つめてきた。

「これは私の想像ですが、彼がこれだけのコーチになったのも、あの時の“ブライアン対決”の結果が大きいかもしれません」

32年前の記憶と重ね合わせると、こうも言い切った。

「ジャッジとしては、今も『信念を貫けた』と思っています」

02年ソルトレークシティー五輪を契機に、平松も尽力した新たな採点方法が採用された。審判の役割や評価の付け方が細分化され「相対評価」は「絶対評価」へと変わった。カルガリーの名勝負は、2人のブライアンによる好演技と、当時の採点法が生んだドラマだった。

太字にした部分をご覧いただくだけでも、当時の雰囲気と、ルール変更に至る経緯が垣間見られると思います。そして、おっ!と思ったのが、この部分。

「今(の採点方式)と比べて、ジャッジ1人1人の責任が大きかったです。」

もちろん、旧ルールにも問題があったはずですが、これは、平松さんなりの、現行のルールとジャッジに対する痛烈な批判でもあるなと感じました。責任が軽いからやりたい放題なんだと。まぁ、あくまでも、私の感想ですけども。

「絶対評価」になったから、だから何だ?と、私も思いますが、かつて悔しい思いをしたブライアンがコーチになったからこそ、彼の影響が、羽生さんのいまの緻密なスケートと不撓不屈の精神に生きているんだろうなと思います。

羽生さんは、いったいどんな指導者になるんだろう・・・。ふと、そんな想像もしたくなります。

では、また明日!

Jun

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