SEASON PHOTOBOOK撮影メモリーズ(2017-2018 前半)

SEASON PHOTOBOOK撮影メモリーズ(2017-2018 前半)

17-18シーズンは、オリンピックですから、田中さんと新村さんの話もがぜん熱気を帯びてきています。各大会の写真のマニアックな紹介だけでなく、「平昌五輪裏話」という部分にも話が及んでいます。五輪関係の話は、マガジンや山口さんの著書があるので、みなさまも入っていきやすいかなと思います。

すべて記載してしまうと動画を見る意味がなくなってしまうので、いくつかピックアップします。

・17年のFaOIで、羽生さんはバラ1を滑りました。もちろん、FaOIの段階で、17-18シーズンにバラ1をやることは発表されていませんが、カメラマンの間で色々と噂になったとか。とはいえ、バラ1と言えば、「カメラマン泣かせ」のプログラム。オープニングはほぼ無音状態で始まりますが、当時まだミラーレスのカメラではなく、バシャバシャとシャッターを切らないといけない。試合ではそこを泣く泣く強行するのだそうですが、FaOIは客席も近いですし、自重したと語っておられます。だから、FaOIのバラ1ショットは8・9頁のみに留まっています。

トロントメディアデーでの、田中さんの「ファインプレイ」。14・15頁のウェアは左にブルー、右にレッドで、別日の練習のショット。トロントの取材日は2日間開放されますが、初年度のメディアデーの時に、田中さんが「別のウェアを着てくれない?」とお願いして以降、羽生さんはそれを守ってくれているのだとか。テーブルの上にICレコーダーを並べたり、記者思いの羽生さんならではの新たなエピソードですね。

・平昌五輪で優勝が決まった後のゆづハビの抱擁。41頁のお写真、なぜ羽生さんが背中なんだ?という疑問があって当然なんですが、田中さんも「できれば顔を撮りたかった!」と回想されています。なぜ背中からになったかと言うと、その直前に、日の丸を背中にまとってのフォトセッションがあって(カバーを外した本体表紙のショットがまさにそれです!)、それをバシバシ撮りながら羽生さんを追っていたら、背中からになってしまったと。逆に、サッと先回りした他のカメラマンはハビの背中側から抱擁を撮れたようですが、そもそも抱擁するなんて、前もって分からないですからね!

平昌五輪では、日本のカメラマン・記者に配布されるパスも限られていて、他の試合以上に頼れるのは自分の身一つだけ。連射しすぎてメモリーが無くなった話とか、本当に大変です。

以前も話しましたが、グラビアアイドルの写真集じゃないので、カメラマンが一人で被写体を独占できるわけじゃない。トロントメディアデーでも、各社カメラマンが羽生さんにリクエスト撮影できるのは1分のみ、しかも撮影順をくじ引きで決めるとか、けた違いのハードルの高さですよ。

ふと思ったのは、羽生さんがプロに転向した後も彼の写真を撮り続けるカメラマンは何人残るのだろうか?・・・ということです。スポーツ紙のカメラマンは厳しいと思うので、やはり、フリーカメラマン、田中さんや能登さんだけになってしまうのでしょうか。そこはちょっと寂しいですね。

では、また明日!

Jun

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コメント

  1. Sennin より:

    毎週更新してくれるのはありがたいですね?チャンネル登録しているのですぐ観れて助かります。
    写真のことでは知らないことも多くて聞いてて楽しいです。
    田中さんはFaoiのカメラマンリーダーのためこの辺からソニーの音無を他のカメラマンにも要求したようですね?自然と試合でもそれが常識になったのでしょうか?
    とにかく選手には気を使ってくださる田中さんです。
    記者会見にペットボトルが置いてあると邪魔なので結弦くんにどかして?と頼んだらそれ以来寝かせてくれると「いい子でしょう?」と講座で田中さん言ってました(^.^)
    ところが、なんと今年の4CCでペットボトルがそのまんまでしたがシャボン玉みたいに映ってすてきでしたね?小海途カメラマンなどのしゃしんで観れました。カメラマンは凄いわ

    次回も楽しみに待ちます❣️

    • Jun より:

      Senninさま

      田中さんも長年羽生さんを撮り続けていますから、そういう「リクエスト」が気軽にできる関係で、その点では貴重な動画シリーズだなと思います。

      興味深いのは、羽生さんにとって、能登さんや田中さんのような「信頼しているカメラマン」はいるけれども、そういうノンフィクションライターはいないんですよね。喋った内容をパパっと本にしてくれるようなライターさんは必要なくて、自分で発する言葉に責任を持っているとも言えます。だから、マガジンのような「完全収録」が支持され、雑誌として成立しているんですよね。